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閑話 侍女見習いアンジェリカのお仕事1

 閑話です。

 主人公が周りからどう思われているかとか、主人公の知らないところで何が起こっているかなど、閑話では基本的に他者視点でストーリーが進みます。


 今回は主人公と一番関わることになる侍女見習いのお話です。


 閑話は本日12時から1時間おきに全5話が公開されます。


 私はアンジェリカ。

 公爵様の御子息の侍女見習いを勤めております。

 こちらに来たのは、一二歳の時。

 デビューしてすぐの事でした。


 実家は男爵家で、私はその六女になります。

 お姉様達は伝のある所へ一通り嫁に出すなり婚約させるなり、あらかた片付いた所ですから、私の行き先は残っていませんでした。

 さすがにこの歳でお父様と同じ年回りの方に嫁ぐのは憚れますし、かと言って歳の近い者となると、お姉様達のどなたかと同じ方の元へ嫁がないといけないことになり、それも少し世間体に問題があります。


 そして何よりお金がありませんでした。


 嫁と嫁の子供は、嫁の実家が面倒を見るのが慣習になっていますので、お姉さま達を結婚相手の元へ送り出した後は、家の家計は大変な事になっていたようです。

 すぐに破綻する程では有りませんが、他家へ送り出した娘の援助は、その子供が成人し、独り立ちする位まで続けられます。場合によってはその後も。

 逆に嫁を貰えば、資金的人材的支援がありますが、お父様は三人しか娶っていませんし、弟もまだ嫁を娶れる年ではありません。

 子育てが終われば支援も打ち切りですから完全に赤字です。

 そして今後十数年に渡ってお姉様たちを支援するお金が必要になるのですから、大変なのはこれからと言っていいでしょう。


 そんな中での六女のデビューです。


 本来面倒を見切れない子供は、教会などに送られるのですが、運がいいのか悪いのか、寄り親の伯爵家のお嬢様が公爵家に嫁ぎ、その子供に世話人が必要になったとかで、私が出仕する事になったのです。

 私の生活費は公爵家から出ますし、見習いではありますがちょっとしたお小遣いも貰えるようです。

 何より立派に勤め上げれば、正式な使用人となりお給料も貰えますし、箔がつくというものです。


 普通嫁と言うのは押し付けるものなので、出す方が立場が弱く、面倒を実家でみることになるのですが、ごく少数ですが、求められて嫁に行く場合は逆になります。

 嫁いだ先が、嫁の実家を援助する事になります。

 基本、爵位持ちの男性より貴族家の女性の方が多いのですから、買い手市場になるのは仕方がありません。

 王家の女性が降嫁するときなどは、貢ぎ物合戦になるそうですが。


 なにそれうらやましい。


 話がそれましたが、私の場合は公爵家のどなたかにお手つきとなれば、そのまま嫁入りなり愛妾なりになれますし、そうでなくても、公爵様に気に入られれば、公爵家の御墨付きで他家へ嫁入りできます。

 もちろん立場はこちらが上。

 お金を出すのは向こう側です。

 というか、そういう状況にならなければ、貴族家へ嫁入りするのは不可能でしょう。

 何としてもここで頑張って、有用だと思っていただけないと、平民落ちか教会行きです。


「メルクール男爵の六女となりますアンジェリカです。この度はお目にかかれて大変光栄に存じます。奥様、よろしくお願いいたします」


 私は習い覚えた挨拶を完璧にこなし、雇い主となる奥様へ、カーテシーを決めます。

 もちろん一分の隙もありません。

 六女ともなれば普通、教育も手抜きになりがちですが、父様も母様も嫁に出すお金は無いけどせめて自力で生きていけるようにと、教育だけはしっかりお金も手間もかけて頂きました。

 両親の愛に感謝です。


「ええ、よろしくね。私はあなたが世話をすることになるアルカイトの母で、ルミナリエです。そんなに堅くならないでいいのよ? ここを自分の家だと思って、気楽に過ごして下さってかまわないから」

「いえ、そういうわけには参りません。あくまで私は使用人。立場が違います」


 奥様は優しそうな方でしたが、さすがに社交辞令に甘える訳には参りません。

 向こうだってそれを承知で言っているのでしょうから、本当に言葉通りにしたら、首になることは間違いありません。物理的な意味で。


「んー、大丈夫かしらこの子」


 完璧な受け答えと自画自賛していたところへ、奥様は首を傾げ、不安げに私を見つめます。


「何か失礼がありましたでしょうか?」


 私は不安になって問いかけます。

 公爵様は国王陛下のご子息の中においては三男という微妙な地位ではありますが、万一があれば王位に着かれる事だってあり得る方の奥方です。

 世が世なら王妃様です。

 王家に連なる方々しかわからない、作法や礼儀が有ったのかもしれません。


「ごめんなさいね。そういう訳ではないのよ。何というか家の息子は、真面目というか生真面目な方とは相性が悪いようなのよ」


 あれか?

 わがまま放題に育ったから、融通の利かない従者に当たり散らすとかだろうか。

 それで何人も辞めていって、遠縁の六女なんかまでに話が来たのだろう。


「大丈夫です。頑張りますから首にはしないでください。ここから追い出されたら、もう行くところがないんです」


 子供のわがまま位耐えてみせます。


「頑張ってくれるのは嬉しいのですけど、そういう子ほど耐えられなくて辞めていってしまうのよ。私が、辞めさせているわけじゃないのよ?」


 ええー、どれだけわがままなのよその子。

 いじめていびって、辞めさせているんだろうか。

 私は恐ろしくなって身震いしていると、奥様が優しく声をかけてくださいました。


「いじめたり暴力を振るったりなんかはしないから安心して頂戴。ただ何というかあの子と話していると、常識が覆されるとか、自分がとてつもなく愚者に思えてくるとか、精神的に来るみたいで、真面目で頭のいい子ほどダメージがあるらしくて。なので適当に聞き流したり、わんこがきゃんきゃんわめいてる、くらいの扱いでちょうどいいのよ」

「……つまり何か言われても適当にあしらえと?」

「そうそう、そんな感じでいいのよ。何か危ない事をしようとしたときや、授業や、食事など時間が決まっているものに遅れそうなときは、これを使って頂戴」


 そういって奥様は私に、なにやら波打った物を手に取り見せてくださいます。


「これは何でしょう?」


 それは初めて見る物で、どう使うのかすらもわかりませんでした。


「これはこうするのよ!」


 奥様はそれを思いっきり振り上げると、そのまま一気に振り下ろします。私の頭に!


 スパーン!


 大きな音が私の頭の上で鳴ります。


「痛! ……くない?」


 奥様のいきなりの暴力と大きな音にびっくりして、思わず声を上げてしまいましたが、実際のところ、まったく痛みはありませんでした。


「いきなりでごめんなさいね。痛くはなかったでしょ?」

「はい、それはいったいなんですか?」

「『はりせん』、と言うものらしいわ。厚めの紙を互い違いに折って、片方を綴じただけのものなのだけど」

「『はりせん』ですか?」


 聞いたことのない名前です。


「ええ、コレで叩くととても大きくていい音がするので、思わず痛いと叫んでしまうけど、全く痛くないし、注意を引くにはもってこいだそうよ。『つっこみ』には必須の『あいてむ』だとか。何に突っ込むのかよくわからなかったけれど」


 まるで頭をかち割られたかのような音がするのに全く痛くないのですから、注意を引くには最適でしょう。


「息子はなにかに夢中になると時間を忘れて没頭するくせがあって、前はげんこつでごちんとやってたのだけど、あの子は意外に石頭でね。私の手のほうが痛いと言ったら、息子がコレを作ってくれたのよ」


「え? 息子さんがコレを? 確か五歳と伺ったのですが?」


 この優しそうな人がげんこつごちんも驚きだが、五歳の子供がこんな見たことも聞いたこともないものを作っただなんて。

 私、五歳のときって何をしていましたっけ?


「間違いなく五歳よ。でもただの五歳だと思っていると痛い目を見ますよ。自分より年上の、そうね、知識はあるけど生活全般がダメダメな先生、みたいな感じで付き合うといいかもしれないわね」


「先生、ですか?」


 五歳の子供を先生だなんて、ちょっと思えそうにはありません。


「これでもあの子、礼儀作法やダンス、剣術とかいった体を使う勉強以外ほぼ終わらせていますからね。先生たちからもう教えることはない、逆に自分が教えを請いたいと、さじを投げ、いえ、お墨付きを頂いていますから」


 今さじを投げたと言いかけましたよね? 奥様。

 それにしても先生方が教えを請いたいとかどんだけですか。

 公爵というのは王の予備あるいは次期の王となられる方のための爵位です。

 ここの公爵様は三男ですから王位を継ぐ可能性は殆どありませんが、それでも万が一を考えて教育には超一流の方々を招いたはずです。

 それが五歳で教えることはないどころか、教えを請いたいとか、驚きを超えてあきれればいいやら、あぜんとすればいいやらわかりません。逆に笑いがこみ上げてきそうなほどに。


「えっと、マジですか?」


 驚きすぎて庶民言葉も出ようというものです。


「ええ、マジです」


 奥様もそう返してくださいます。

 意外に気さくな方のようです。


「生活面は本当にダメダメですから、これで調教、もとい矯正してください」


 驚いたのはそっちじゃありません。それに調教って、仮にも自分の息子でしょ? そんなのでいいのか公爵家。

 そして調教しないとだめなくらいダメダメなのか、ここの息子は。


「……なんとか頑張ってみます」


「さっきも言ったように頑張るのは調教、いえ矯正のときだけでいいですからね。危ないことをしそうになったらとか、時間に遅れそうな時、それから矯正の遅れている礼儀作法全般でなにかしでかしたらコレでスパーンとやって、後は放置でいいですから」


 そう言って私に『はりせん』なるものを手渡してくださいます。


「じゃあ、ちょっと練習してみましょうか。それで私の頭をたたきなさい」

「ええ! そんな不敬なこと出来ません」


 マジでやったら物理的に首だ。


「そんなのでは息子の頭は叩けませんよ? 法的に言えば息子のほうが地位が上ですからね」


 そうでした。

 仮にも王のお孫さんです。

 公爵の嫁とはいえ伯爵家の娘とでは法的に認められた地位に隔絶した違いがあります。


 基本、女性の地位は低いですからね。


 あくまで夫や父親の地位に準じる扱いをされるだけで、彼女自身には全く地位はありません。

 夫や父親が死ぬか離縁や勘当されれば地位は露と消え去るものです。


 それに対し、男子なら子供でも地位があります。

 父親が死のうと、跡継ぎや跡継ぎとなれる可能性がある限りその地位は保証されます。

 勘当でもされない限り、貴族籍を抜かれてもそれは変わりません。

 つまり将来、王となる可能性もないとは言えない子供の頭を叩くのですから、公爵の奥様ごときすぱーんと出来ないようでは話になりません。


「真面目な子はこれが出来なくて、言葉でなんとかしようとするので、無視されるかあっという間に言い負かされて泣きながら帰っていきます。あなたにはできるかしら?」


 あの優しそうな奥様が真剣な目で私に問いかけます。

 ある意味王孫に手をかけるなど不敬の極みです。

 将来その子が王位に着き暴君と化せば、私は腹いせとばかりに処刑される可能性だってあります。

 私にその覚悟があるのかと奥様は問いかけているのです。


 実際のところそんなリスクを負うくらいなら、実家に戻って教会に保護を求めるなり、平民として市井に紛れて暮らすなり、私にはまだ選択肢が残されています。

 結婚だって、ちょっと、いえ結構年配で幼い子が好き――主に性的に――な方なら喜んでもらってくれるはずです。実家への援助付きで。

 私は絶対に嫌ですけど。


 実際にいるらしいです。

 成人年齢は決まっていないのでデビューと同時に成人させて、嫁にやるとか。

 当主が成人と認めたときが成人ですからそういう荒業が使えるのです。

 私も年の割に小さい――身長がですよ? 本当ですからね?――ですから、一定の需要はあるはずです。

 貧乏な家で暮らすよりお金持ちで地位もある家で暮らしたほうがいいという方も少なからずいますので、双方にとってメリットがあるのならそれはそれでかまわないのですが、無理やりというのはいただけません。


 そうなると私の取れる選択肢は多くありません。

 教会は基本清貧が尊ばれますが、実際のところ実家からの喜捨の多寡で生活水準が決まると言って過言ではありません。

 喜捨の幾ばくかがその子供に回って来るのですが、当然家でそんなお金が出せるはずもなく、最低限の生活となるでしょう。


 平民落ちも大変な事にはかわりありません。


 平民女性の仕事と言えば、掃除洗濯家事が主なもので、貴族家出の私はしたこともないしできるとも思えません。

 早々に野垂れ死にする未来しか見えません。

 比較的ましなのは、家と取引のある商家に嫁ぐことでしょうか。

 貧乏とはいえ、家は男爵家ですから、繋がりを求めて来る商人には事欠きません。

 そこの息子なりに嫁げれば、今の生活とあまり変わらない待遇で過ごせるでしょう。

 下手な貴族より裕福な商人もいますから、逆にもっといい暮らしが出来るかもしれません。

 ただし実家にはその分便宜を図るように圧力がかかるでしょうが。

 どちらにしろリスク無しに手に入れられる物など無いのです。


「……奥様、いきます。よろしいですね?」

「ええ、良くてよ。おもいっきりやって頂戴」


 私は手にしたものを振り上げ、一気に振り降りします。

 すぱこーん。

 ものすごい音となんとも言えない手応え。

 なんかこれ気持ちいいかも。


「痛! …くない」


 痛くないはずなのになぜか涙目の奥様を見てちょっと背筋がゾクゾクしました。

 私、いけないものに目覚めたかもしれません。


「合格よ。これほど容赦なくたたけるのであれば大丈夫でしょう」


 奥様は容赦なくはたかられたのに満面の笑みで私を抱きしめてくださいます。


「息子のこと、よろしくおねがいしますね。あの子には寂しい思いをさせているのはわかっているけど、今は娘のマリエッタのことで精一杯で、息子まで手がまわらなくてね。お友達として姉として、ときに厳しい指導者として接してくれると嬉しいわ」

「はい、精一杯務めさせていただきます」


 私は大きな胸に包まれながら、ここへ来られてよかったと思いました。

 貴族家の娘とはいえ使用人にここまで優しくして下さる方など早々いらっしゃらないでしょう。

 期待に応えるためにも、ここはひとつぶちかまして差し上げなくてはなりませんね。

 私はこの時まだ舐めていたのかもしれません。

 奥様の息子のことを。


 イタイケな少女がなにやら変な性癖? に目覚めてしまいましたw

 彼の一番近くにいる故、そのとばっちりを最も多く受ける一人となります。

 今後の彼女の行く末が忍ばれますw

 って、まだ死んでませんけど。

 って、死ぬ予定はありません。今のところはw


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