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破滅の行軍

今回も第1王子リュドヴィック視点です。


 我らは目的地へ向けて粛々と森の中を進む。


「森の奥と聞いていたのでもっと走り難いかと思いましたが、意外と走りやすいですね」


 私は馬上から、傍らを征く軍団長に話しかけた。

 彼はこの軍を編制するにあたって私が抜擢した騎士だ。

 なんでもこの辺りを縄張りとしている上級魔物の討伐に参加し、更に奥地の状況を確認したことがあるという猛者だ。


「はい、リュドヴィック殿下。この辺は巨木が多く陽の光が届きにくいので下草があまり生えないのです。また、落ち葉が深く堆積し木の根もその下に埋没しているため、行軍には支障ありません」

「なるほど。ならばこのへんで魔物に遭遇しても十分戦えるということだな?」

「はい。木々が邪魔ではありますが。足場に不安はないかと。ただ、何しろ昔の話ですので状況が変わっている可能性はないとは言えません」

「それは致し方ないでしょう。ここまで踏み込んだのは数十年ぶりなのですから」


 まあ、原生林など数十年規模ではそうそう変わることはないと聞いているので、そこまでは心配していない。


「それより問題はオークの集落がこの先に存在しているか、どの程度の規模なのかですね」


 我らが向かうのは昔確認されたオークの集落。

 二足歩行の豚などと言われている魔物であるが、足は遅いが力は強く、簡単な武器を作れるなど知能も高い。

 足が遅く中級の個体でも、多くは遠距離攻撃を持たないため、騎士が戦う場合、相性がいいと言えます。

 基本的に遠距離から一方的に叩くのが基本的な戦い方ですね。


「はい。五〇体ほどの集落で、オークジェネラルと思われる個体がいたことは確認していますが、あれから四〇年近くたっておりますからなぁ。今は増えているのか減っているのか。それとも移動してしまっているのか」

「移動している、減っているのであれば問題ないのだがな」

「はい。このへんの下流域からは砂鉄や鉄鉱石が採取されることがあります。恐らく鉱脈がこの上にあるものと。上級魔物を倒さずとも十分な功績となりましょう」

「そうだな」


 鉄は利用価値が高い割に産出量が少ない。

 もし十分な産出量が見込めるようなら莫大な利益を出せるであろう。

 商人に独占的に扱わせれば業績も上向きになるだろうし、文官だって鉱山開発で計算以外の仕事を回せるし、実際の給与も計算仕事などよりずっと高額になるはずだ。

 うまくすれば商人と文官の人心も元に戻せるであろう。


「問題は増えていた場合ですね」

「オークは比較的倒しやすい魔物と言えます。家を作ったり武器を作ったりと知能が比較的高いといいますが所詮それだけ。力は強いですが動きが鈍く、弓兵や騎士の魔法による遠距離攻撃でほぼ殲滅が可能でしょう。万が一抜けてきたのがいれば大盾隊が防ぎ長槍隊でとどめを刺します。オークジェネラルは討伐記録がございませんので、どの程度の能力があるかはっきりとはわかっておりません。その点だけは注意する必要があるでしょう。基本、上位個体は下位個体の特徴に準ずると言われていますから、動きが鈍くて力が強いという特性は変わらないかと思いますが」


 教本にあるとおりだが、それだけに堅実な手法でもある。

 今回は騎士を百人。兵士を千人用意した。

 近年まれに見る規模の軍事行動と言える。


「もうそろそろオークの生息領域です。まずは斥候を出し、巣がどの程度の規模か確認させましょう。ある程度以上大きくなっていれば撤退も視野に入れておく必要があります。軍団長をお引き受けしましたときにお約束したとおり、撤退の判断についてはお任せ願います」

「わかっています。無理に戦って無駄な損害を出すつもりはない。だめなら別の方法を考えるさ」


 とは言うものの、ここほど条件のいい場所はあるだろうか。

 あるとしても間に合うか。

 私の予想通り、商人の方は破綻が先延ばしになっただけで、いずれ膝を屈するであろう。

 文官の方も手持ち無沙汰で、王宮に遊びに来ているのかと揶揄される始末だ。

 日が経つにつれて例の魔導具についても詳細がわかってきた。

 計算が一瞬で終わるどころか、項目ごとに抽出したり並べ替えたりなど、これまで手作業ではとても出来なかったことまで出来、文章が書けてそれを簡単に修正できる。

 更には手紙を瞬時にどこへでも出せて、声や映像すらもあらゆる場所に届ける。

 こんな物を出されては手の打ちようがないのは明らかですね。

 声や映像を瞬時に届けられるということは、この軍隊を王宮から見て指揮できるということ。


 そんな悪魔のような魔導具に太刀打ちする手段などありはしない。

 お抱えの魔導士爵に尋ねて見たが、一様にどうやっているかわからない、不可能だの答えばかり。

 どれかひとつだけならまだしも、三つ同時に、しかもまだ調べきっていない機能があるかもしれないというのだから、信じられない。

 そしてもっと信じられないのは、全て例の化粧箱の機能だという。

 それはすなわちあの特許の記録が正しいとすれば、すべてアルカイトが作ったことになります。


 やつは悪魔か何かですか?

 七歳かそこらの子供が、こんな悪魔じみた魔導具を作って、私をここまで追い詰めるなんて。

 誰が想像できたでしょうか?

 背中がゾクリと震える。

 これまでの行軍では一度も起こらなかった悪寒がやつのことを思い出しただけで起こるとは。

 私はこの先に控えるオークどもよりやつを恐れているというのか。

 オークはわかる。

 脅威ではあるが想像できる脅威だ。

 しかしやつは得体がしれない。

 瞬時に声や映像を届けられるのであれば、やつ自身も瞬時に移動できるのではないか?

 すぐ私の後ろに現れ、気が付かないうちに首を刈っていくのではないかと想像するだけで恐ろしい。


「まさかな」


 二回めの暗殺未遂の時、上級精霊使いがこっそり護衛していたのではないかと言う話になったが、この結果を踏まえるにやつが作った魔法で撃退したのではないか?

 そんな馬鹿な考えが思い浮かぶ。

 あれだって上級精霊使いなら出来るのではないかというあくまで想像であり、確信があるわけではない。

 陛下が上級魔石を与えるとは思われないし、ならば少なくとも中級魔石であの奇跡を起こしたことになる。


 ありえない。


 報告を聞いたが、何度聞いても納得がいかなかった。

 魔法は思考によっても制御されるため、思考する生物の体内で魔法を発動させるのは非常に困難です。

 それこそ密着して大量の魔力を消費し少しだけ干渉できる。

 その程度です。

 聞けば頭の中から破壊されていたとか。

 七歳の子供が狼の魔物に接触し頭の中から破壊する?

 不可能だ。

 だがもし声ではなく魔力を遠くに飛ばすことが出来たとしたら?

 声を飛ばすのはその副産物でしか無かったとしたら?

 今私の頭の中に火球や爆発の魔法を撃ち込めるとしたら?


「詮無きことを考えた。やれるのであればすでにやっておろう」


 やれないのかやるつもりはないのか。

 私が不審死すれば、フラルークやその周りの者が疑われるから控えているのか。

 まあいい。

 私はやれることをやるだけだ。


「変ですな。斥候が戻ってきません。もう戻ってきても良さそうなものなのですが」

「巣が見つからず、奥まで行っているのではないですか?」

「それならそれでいいのですが」


 軍団長が首を傾げた次の瞬間。


「ぎゃぁあああああ」


 どこかからか悲鳴が上がる。


「うわぁあああああ」


 出どころを探る前に更に別の叫び声が。


「オークだ! オークの群れに囲まれている!!」

「馬鹿な! さっきまで気配すらなかったぞ!! どこだ、どこにいる」

「軍団長! 上です!!」


 私と軍団長は揃って上を見上げます。


「うっ!」


 巨木の上にたくさんのオークが弓を構えてこちらを狙っていました。

 豚が木に登ってるだと!?


「オークアーチャーだ! しかももこの数。一体何頭いるのだ!?」


 木陰に隠れてよく見えないが一〇や二〇では済まない数が木の上に見て取れた。


「今度はオークの群れがァァァ!」


 前方から数一〇頭のオークがなだれ込んできたのだ。


「盾構え! 弓と魔法を放て!! 近寄らせるな!」


 軍団長の激であたふたと大盾を構える。

 その後ろに弓隊、その後に騎乗したままの騎士が並ぶ。


「うてー!!!!」


 号令とともに魔法と弓が一斉に飛び出す。

 オーク共は粗末な盾ではあるが、そのおおよそを防いでいた。

 多少体にあたったとて、その丈夫な皮膚と脂肪筋肉に守られた体には影響がないようだ。


「弓じゃほとんど効果がないか。弓隊は頭上のオークを狙え。盾隊騎士を守れ。森を燃やして構わん。騎士はでかいやつを噛ましてやれ!」


 次々に出される指示に、さすが訓練された騎士と兵士たちだ。

 命に的確に従い、オークは順調に数を減らし始める。


「どうなるかと思いましたが、なんとか持ちこたえられそうですね」


 木の上のオークはあらかた撃ち落とされ、正面からくるオークも数を減らした。


「いえ、変です」

「何がですか?」

「これだけオークが優れた統率を見せるとすれば、最低限ジェネラルやそれに類する上位種がいるはずですが、それらしいのは出てきていません」


 確かにこれまで見かけたのは普通のオークにオークアーチャーだけだ。

 ジェネラルがいるのであれば、オークファイターやオークマジシャン、オークエリートなどと呼ばれるオークの上位種がいてもおかしくないですね。


「うわぁあああああ、今度は左からオークの群れが!」

「右だ! 右からも!!」

「馬鹿な! 後ろからだと!?」

「前方にオークの増援が! あれはオークエリートか?」

「囲まれただと! くそ!! これまでの攻撃はこの態勢を作るための布石だったというのか!?」


 まずは頭上、そして前方。

 混乱させた後に前方から群れを進めることで、こちらからしか来ないものと思わせ、左右後方の監視が疎かになった瞬間を狙った見事な連携ですね。

 敵でなかったら褒め称えたいところですがそうも言ってられませんか。


「円陣を組めー!! とにかく数を減らせ! 一番薄くなったところを突破するぞ!!」


 オークは足が遅い。

 包囲網を抜けさえすれば逃げられる可能性は大きくなる。


「なんだ!? なんでエリートにマジシャン、ジェネラルがこんなにいる!」


 群れは数頭の上位種が下位種を引きつれる形で襲いかかってきます。

 上位種は体も大きくタフです。

 大きく丈夫な盾を持ち、魔法も弓も受け付けず、ずんずんと進んでくる。


「ぎゃああああああ!」


 オークマジシャンの魔法が炸裂し、盾隊の一角が崩れたようです。


「ここまでか。傾注! 俺は殿下をお守りし包囲を抜ける!! そなたらは道を作れ!!」

「軍団長! それは」

「彼らに命じてください! これが最後のご奉公なのですから!!」


 ぐっ!


 憤怒に歪む軍団長の顔を見て、すでに覚悟を決めたのだと悟った。

 周りの騎士も同じ顔をしていた。


「済まない。私はこの失敗を王都に伝え、責任を取らねばならぬ。皆の忠義一生忘れたりはせぬ!」

「「「「イエス・ユア・ハイネス!!!!!!!!!」」」」

「後方をこじ開けるぞ! 突貫!!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 盾兵と槍兵が一斉に駆け出す。

 それを守るように弓が放たれ、騎士がその後を追う。


「殿下! 行きますぞ」


 盾兵がその巨大な槌に潰される。

 しかし攻撃した隙きをついて、弓兵と騎兵が攻撃し、オークとオークエリートをも退けていく。


「がぁあああああああ!」


 その時後方から雄叫びが轟く。

 そこにはひときわ巨大なオークの親玉の姿が。


「ばかな! オークキングだと! 数十年で巣がそこまで大きくなっていたか!?」


 オークと言えばその繁殖力の強さで知られている。

 それほど増えていないといういかに楽観的な見込みでここまで来たのか思い知らされる。


「キングまでいるとなるとその規模は千以上! ここで逃げても追われれば町がいくつも滅びます」

「駄目です。殿下は生き延びて、陛下に討伐隊の編制を願い出てください! オークは鼻がいい。ここで全滅したとて、我らの足跡を追って町へ襲いかかってくるでしょう。知能の高い魔物はされた仕打ちは絶対忘れません!」


 ここで死んでも同じなら生きてこの失態を知らせねばならんというわけか。

 生き恥をさらそうと生きてみせよう。


「わかった、先導を!」

「はい!」


 騎士と兵士たちの奮闘で後方のオークはだいぶ少なくなっていた。


「『エクスプロージョン』!!」


 軍団長がここぞと見て最大火力の爆裂魔法を放つ。

 ここまで温存してきた魔力の殆どを開放したようで、多数のオークが跡形もなく吹き飛んでいた。


「今です」


 疾走りだす軍団長に続き馬を駆けさせる。

 あれだけの爆発でもピクリともしないのはさすがに王都でも一二を争う名馬。

 これよりいい馬など陛下しか持たれていないはず。

 私は騎士たちが必死に開けてくれた道をただ前だけを見つめて走った。


「殿下! このまま王都へ向かいますか?」

「いや、それでは間に合わん。フラルーク領に向かう」

「それは!」

「やつのところには声を瞬時に伝える魔導具があると聞く。ここからであれば馬を潰すつもりなら数時間で着くはずだ」


 王都に行くより、その魔導具で近隣に救援を頼んだほうが早いであろう。

 王都であればどんなに急いでも数日はかかりますからね。


「わかりました」


 我らの領地は四〇年近く前、上級の魔物を倒し開放した跡地を含む南側を私が、西側をディミトリが、北側をフラルークが治めている。

 今回はその東側への遠征だから、ここからならどこの領でもあまり時間は変わらない。

 だが、もし我らの跡をオーク共が追ってきたら、フラルークの領地は蹂躙されるでしょうね。

 近隣から騎士を集めるには時間がかかりますから。

 こんな状況に追い込まれたのもすべてはフラルーク、いや、アルカイトのせいか?

 どちらでもいいが、わずかでも意趣返しができれば死んでいった者たちも気が晴れるであろうか?

 私は馬に揺られながら昏い笑みを浮かべた。


 主人公の影に怯えながらオークの集落に向かう騎士団。

 斥候を出したときにはすでにオークの縄張りにズッポリ入り込んでいたことに気づかず、木に上ったオークから奇襲を受けます。

 豚もおだてりゃ木に登るとのことわざ通り、おだてられて木に登ったのでしょうか?

 まあ、弓が使えるくらいなら木にも登れますよね。

 そして浮足立ったところにさらなる追撃。

 くっころさんで有名なオークですが、残念ながら騎士団に女性はいません。

 くっころを期待していたそこのあなた。期待外れでごめんなさい。

 この小説は全年齢なので、R-18な展開はありませんw


 爽やか青年を演じていた第1王子ですがここに来て腹黒な面が顔をのぞかせます。

 よりにもよってオークの軍団を引き連れ主人公の住まう領地へ。

 MPKは2度目だけど許してね。


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