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婚約破棄された令嬢は元婚約者の兄と結婚することになりました

 恋は病。病が治れば冷めるだけ。


「はぁ、結局私の何がダメだったのでしょうか」


 部屋で紅茶を飲みながら外を見る。

 そこでボソッと呟いた。


 毎日毎日同じことばかり考えている。

 私は元侯爵令息の婚約者であり、一ヶ月程前に婚約破棄を言い渡された。

 唐突な出来事でなんでと聞く間ももらえず、すぐに婚約解消は決まっていった。


 そもそも愛の無い婚約だったのは分かっている。

 私の家は子爵家なので侯爵家と婚約を結べたことを家族も執事やメイド達も喜んでくれていた。

 当の本人である私と侯爵令息であるジル様はその婚約に乗り気ではなかったけれど、親が決めたことだからという理由で婚約を承認した。


 ジル様は私のことなどどうでもいいようで、学園でも一切話もせず過ごしていた。

 私は他の令嬢達と仲良く過ごしていたため、ジル様と話せないことは別に気にするようなことではなかった。

 私は令嬢達とジル様はお気に入りの令嬢と一緒にいることが増え、すれ違ったときにしていた挨拶すらいつの間にか無くなっていた。


 恐らく推測ではあるが、そのお気に入りの令嬢であるサラ男爵令嬢と一緒にいる上で邪魔な存在となったからだろう。

 ジル様は婚約者である私とは一切話をせずサラ男爵令嬢とずっと一緒にいたため、他の貴族の令息令嬢達からは避けられていた。


 コンコンと誰かが私の部屋をノックした音が聞こえる。

 私は素早く身だしなみを整えた。


「入っていいわよ」


 多分メイドの誰かが私に用があって来たんだろう。

 今の時間帯からして父様か母様からの呼び出しかな。


「失礼します、フィーラ様。御当主様がお呼びです」

「分かったわ。今行くから、待っててくれる」

「はい」


 私のことを呼びにきてくれたのは私の専属メイドであるミナだった。

 ミナは幼い頃から私の身の回りの世話をしてくれていて、学園にも一緒について来てくれたメイド。

 私は物心つく前までは姉だと思っていたくらいで、とても優しく色々なことができる完璧と言ってもいいくらいの人だ。


 ただ残念なことに私の婚約話が出た辺りから敬語を使うようになってしまった。

 主人とメイドの関係なのだからそれが当たり前ではあるのだけれど、暫くは寂しく感じていた。


「お父様はなんと言ってたの?」

「それが至急フィーラ様を呼んでくるように言われたので、何故フィーラ様を呼んだのかは分かりません。でもよく顔は見えませんでしたが、貴族の男性らしき人が一緒にいました」


 貴族の男性がいる中で私を呼んだのは何故かしら。

 違う貴族の令息ともう一度婚約をすることになったの? でもそれにしては早すぎると思うのだけれど。


「こちらです」

「ありがとう、ミナ」


 私はミナにお礼を言うと、お父様が居る部屋のドアをノックした。


「入っていいぞ」


 お父様の声が聞こえ、私はドアを開ける。

 ドアを開けてから気付いたのだけど、その部屋は大貴族様が来た時にしか使われない部屋だった。

 ジル様との婚約の時でもこの部屋は使わなかった。


 ということはジル様の家である侯爵家よりも身分が高い貴族ということになる。


 わざわざ私に会いにきたわけではないと思うから、その貴族様の気まぐれか何かで会うことになったんだろう。

 私に会ってみたいと思うなんて物好きな貴族様だ。


「失礼します、お父様」


 私は両手でスカートを少し持ち上げ、頭を下げた。

 頭を上げて部屋の中を見ると、色々な絵が壁には掛けられていた。


 部屋の中に居たのはお父様と、どこかで見たことのある優しい雰囲気を纏った金髪碧眼の男性だった。

 その男性は剣を持っているので恐らく騎士だろう。だけど着ている洋服は煌びやかでその点は貴族みたい。


 雰囲気は全く異なるが金髪碧眼というところだけはジル様と同じ。

 遠い親戚か何かだろうか。


「リゼータ公爵、こちらが我が娘のフィーラです」

「よろしくお願い致します、リゼータ公爵様」


 リゼータ公爵って確か最近できた公爵家よね。

 ジル様の家であるゼータ侯爵家の長男が独立して、様々な活躍をした結果公爵になったという。

 ジル様の兄上であり、私のような一子爵令嬢とは絶対に関わることのないような人だけど、どこかで見たことがあると思ったのはジル様と初めて会った時に一緒にいたからだ。


 私はお父様から隣に座れと言われたので、お父様の隣に移動して座った。


「本当に申し訳ない、フィーラ嬢」

「ど、どうか頭を上げてくださいませ、リゼータ公爵様」


 私がソファに座るといきなりリゼータ公爵様が頭を下げて、私に謝ってきた。

 私は何が起こったのか訳がわからず、ただまずはリゼータ公爵様に頭を上げてもらった。


 公爵が子爵令嬢に頭を下げることなんてあってはならないことだ。

 同じ貴族でも身分の差がありすぎる。

 ここには幸いお父様しか居なかったから他の人達に知られることはないだろうけど、そんなこと他の人達に知られたら問題になりかねない。


 でも何故私に対して頭を下げてまで謝罪をしてきたの?

 私はリゼータ公爵様に何か迷惑をかけられた覚えは全くないのだけれど。

 殆ど関わったことのない相手から謝られるとは思ってもいなかった。それも身分が遥か上の人から。


「そうです。頭をお上げください、公爵様」


 お父様も慌ててリゼータ公爵様に頭を上げてもらうよう頼んだ。

 お父様もこんなことになるとは想像もしていなかったのだろう。


「ありがとう。だがこの度は本当に申し訳ない。私の弟がまさかこのようなことをしようとは思わなかった。それに謝罪をしに来るのが遅れてしまってすまない」


 リゼータ公爵様の弟ってことはジル様のことか。

 ジル様がいきなり婚約破棄を宣言して婚約解消に至ったことに対しての謝罪ってこと。


 でもいくら弟と言っても、今は別の家の人でしょ。

 しかも自分よりも身分が下の弟のために、その弟とより下の身分の令嬢のところまで謝罪しに来るなんて。


「騎士団長として王の他国の訪問についていっていたため、謝罪をしに来るのに一ヶ月程かかってしまった」

「いえ、お気になさらないで下さい。私に至らぬところがあったから婚約を解消することになったのですから」

「いや、それが、弟に聞いたところ、サラ嬢と結婚するためにフィーラ嬢との婚約を解消したと言っていたのだ。本当に申し訳ない」


 なんだか馬鹿らしくなってきたわね。

 一ヶ月間自分のどこがいけなかったのかを考えていたけれど、まさか理由が他の令嬢と結婚するためなんて。


 謝罪をしに来るのが何故一ヶ月後なんだろうと思ったけど、国王様と一緒に他国に行っていたからなのね。

 公爵家の当主でありながら騎士団長も務めているなんて、さぞお忙しいでしょうに。

 でも新しくできた家なのだから領地などは持っていないのでしょう。

 それでも公爵家当主なのだからその身分に対するくらいの仕事はあるはずだから、休む暇もなさそう。


「嫌かもしれないが私のところ嫁ぐのはどうだろうか。このままではどこにも嫁ぐことはできないだろう」


 まあ確かにもう嫁ぐことはできないだろう。

 私みたいな婚約破棄をされた令嬢を傷物令嬢というらしい。

 そんな誰かに婚約破棄をされた令嬢を貰いたいと思うような貴族はいない。自分の評判が落ちるからだ。


 そんな傷物令嬢である私を貰いたいと言っているのだ、このリゼータ公爵様は。


 リゼータ公爵様はよほどの物好きなのか、それとも私への同情や憐れみからか、それとも償いからか。

 どれでもいいがそんな理由で嫁ぎたくないし、嫁ぐのも申し訳ない。


「いいえ、私みたいな傷物令嬢を嫁がせたらリゼータ公爵様の評判が下がってしまいます」

「そうです。私も父親として貰ってくれるのは有り難いですが、評判に傷を付けるようなことはできません。娘が評判に傷を付けるというのなら私は一生娘を養っていきます」


 お父様も断ることに賛成のようだ。


 お父様は目上の人のことをきちんと考えて行動している。

 だからこんなに喜ばしいことを言われているのに断るのは、言ってくれているリゼータ公爵様に申し訳ないからだ。

 私もお父様も気持ちは一緒だということ。


「……少し、フィーラ嬢と二人っきりで話をさせてくれませんか?」

「分かりました」


 お父様はそのことに了承し、部屋から出ていった。


 それにしても何について話すのだろうか。

 嫁ぐ件についてはもう断ったんだけれど、それ以外に私と話すってもう一度謝るってことなのかな。


「フィーラ嬢、私と結婚してくれ」

「いや私と結婚するとリゼータ公爵様の評判が下がるのでご遠慮させていただきます」


 なんで一度断ったのにもう一度言ってきたの。

 それもお父様をわざわざ部屋から退出させてまで。


「評判とかはどうでもいい。私はフィーラ嬢のことが好きなんです。ずっと前から……」

「ずっと、前から……?」


 どういうこと。私のことをずっと前から好きってどういうことなんだ。

 私とリゼータ公爵様は一度しか会ってないはず。それも挨拶をした記憶もないくらいの関係なのだ。


 そういえばリゼータ公爵様は何故結婚しないとかという話を聞いたことがある。

 女性に興味がないからだとか、結婚に意味を見出せないからとか、好きな人がいるからとかだったはずだ。

 最後のだったとしたら、好きな人というのは私のこと?


 いやいやそんなことあるはずがない。


「はい。私はフィーラ嬢を見た時、お恥ずかしながら一目惚れをしました。けれど弟の婚約者だと聞いて諦めようとその気持ちを押し殺してきました」

「え? 私に、一目惚れ?」


 ど、ど、どういうことなの?

 ちょっと待って、思考が追いつかない。


「そうです。私が結婚しない理由は他の女性と会っても、フィーラ嬢が良いと思ってしまうから。そんな状態で女性と会うのは駄目だと思ったので、もう一生結婚はしないと決めていました」


 私が良いからというだけで、結婚をしないと決めたの。

 ちょっと待ってよ、リゼータ公爵様って私のこと好きなんじゃない? それも本当に。多分この顔は冗談じゃない。


 私はリゼータ公爵様の顔を見てみると、耳を真っ赤にしてとても恥ずかしそうにしていた。


 リゼータ公爵様はカッコよくてクールな人って聞いてたけど、今私の目の前にいるリゼータ公爵様はそんな人物には全く見えない。

 恋愛小説で読んだ恥ずかしがり屋の男性が顔を真っ赤にしてまで、頑張って女性に告白するシーンと同じ顔をしている。


「でも、今は、この恋心を抑える必要がないと思ったんです。謝罪ということで来ましたが、本当はフィーラ嬢に告白するために来たんです。どうか一度だけ、考えてもらえませんか?」

「えーっと、あの……聞いていいですか?」

「何をですか?」

「私のどこが好きなのかをです」


 一度だけしか会っていないのに何故ここまで好きと思えるのかが気になる。

 私のことを好きでいてくれるのは素直に嬉しい。それにそこまで思っていてくれたというのには驚いた。


 でもなんでそんなに私のことを想ってくれているのか、そこが不思議で仕方ない。


「最初は失礼ですが顔が好みだったんです。とても綺麗で。フィーラ嬢は記憶にないかもしれませんが、初めて会った時少しだけ話したんですよ? その時のフィーラ嬢は可愛く思ったんです」

「それは昔の話じゃないですか。今の私はもう昔違って色々と変わっているんですよ」

「変わってるならそれでいいだろう。新たなフィーラ嬢を知れるんだから」


 リゼータ公爵様、ポジティブ思考すぎない。

 私は昔と比べて変わっているけど、新しく知れるって程変わってはいないんだけどな。


 ここまで話したけれど今この場で返事はできない。

 ここで決めることはできない話なのだ。だってこの家に関わることなのだから。


 子爵家の令嬢が公爵家の当主に嫁ぐなんて前代未聞と言ってもいい。

 結婚や婚約というのは自分の家よりも上下一つ位が違う家の者として結婚婚約はしない。

 暗黙のルールと言ってもいいくらいのことなのだ。


 過去に一つだけ事例がある。

 今の国王様の正室が子爵家出身の人らしい。


「考えはしますが期待はしないでください」

「そう、ですか……」


 私があまり良いとは言えない返事をすると、リゼータ公爵様はしょぼんとした感じで下を向いてしまった。


 な、なにこの反応、子犬みたいなんだけど。

 あのクールで有名なリゼータ公爵様がこんなにも感情豊かで可愛らしい人とは思わなかった。

 聞いてた印象とのギャップが違いすぎて、驚きとその反応の可愛さをもっと見たいという思いが強くなった。


「じゃあデートしませんか?」

「デート? はい! しましょう、デート!」


 私はこの可愛さをもっと見たくなったのと、相手のことを知って決めようと思ったからこの提案をすることにした。


 流石に相手の内面を何も知らずに断るのは失礼だと思う。

 家や立場などで判断するのはあまり褒められた行為ではない。


 それに私もジル様のことを知ろうとせずにしていたため婚約破棄に至ったのだろう。

 だから私は二度も同じことは繰り返さないために、まずはリゼータ公爵様のことを知って決めようと思った。


「じゃあデートの日程は……」

「明日にしましょう」

「そんなに早くていいんですか? 予定があったりしないんですか?」


 公爵家当主であり王国騎士団団長でもある人が明日予定がないとは思えない。

 絶対に忙しくて最低でも一週間は予定が詰まっているはずなんだけど。


 騎士団長として騎士団の訓練にも参加しないといけないだろうし。

 王国騎士団に所属しているお兄様が集団で練習する日は週五であるって言ってたから。それに騎士団長が参加しないのは団員に示しがつかないだろうに。


「予定は全部キャンセルします。私にとってフィーラ嬢より大切なことはありませんから」


 ちょっと待てよ。

 私が色々な予定より優先されたら、他の人から色々なことを言われる気がするんだが。

 それに私のせいで色々な人に迷惑をかけるわけにはいかない。


「それはダメです。リゼータ公爵様が休みの日にデートをするということでどうでしょう」

「休みの日……。丁度一週間後になってしまうけど、それでいいですか?」

「はい、大丈夫です」


 急に明日デートをするなんてことになったら、お父様やお母様に迷惑をかけるかもしれない。

 私だって乙女なのだ。デートをするためにはいろんな準備が必要というわけだ。


「じゃあ毎日ここに通おう。そうしたらフィーラ嬢と話せますから」

「……。はっきり言って迷惑です。毎日通うのは流石に非常識だと。いくら私と話したいからって、そこまでする必要はないんですよ」


 ここはきちんと言っておかないと。

 この人誰とも付き合ったりしたことないから、女性との距離感を分かっていないのだろう。


 私はジル様と一言も会話をしない日が二、三ヶ月続いたことがあるから、別にその辺は平気なのだ。

 むしろ毎日通われた方がどうにかなってしまう。


 まあ私は婚約破棄をされてからお父様配慮で三ヶ月間休学させてもらうことになっているから、全然暇ではあるのだけれど。それに領地に戻っているし。

 でもリゼータ公爵様は予定がいっぱいだろうから、ここはリゼータ公爵様に合わせるべきだ。


「そうか。なら仕方ない。一週間後、楽しみにしているよ」

「こちらも楽しみにしています。あっ、それとデートコースは私に決めさせてください」

「何故?」

「リゼータ公爵様が選ぶところは私みたいな者が行くようなことのないところを選びそうなので。だから着てくる服もそこまで豪華なものじゃなくていいですから」


 なんとなくだけど、リゼータ公爵様が選ぶデートコースは高級なレストランだったりプレゼントと称して宝石店などに行くことになったりしそうだから。


 私の家は子爵なこともあり、公爵家のような貴族らしい生活はしていない。民達より少し良いだけの暮らししかしてないのだ。

 それはお父様とお母様が貴族らしい生活をあまり好まないかららしい。

 なのでメイドや執事も必要最低限しか雇っていない。それに騎士達も最低限。そのせいかお金は沢山持っている。

 だけど使わない。民達が困った時のために貯めているとお父様は言っていた。


「それじゃあ失礼するよ、また一週間後」

「はい、一週間後ですね」


 そう言って私とリゼータ公爵様の会話は終了し、リゼータ公爵様は帰っていった。


###


「フィーラ、あの後どんな話をしたんだ?」

「リゼータ公爵様に求婚されました。だから考えることになったんですが、話の流れで一週間後デートをすることになりました」

「……? デート? 公爵様とかい?」

「はい」

「家族会議を始めよう」


 そうなるわよね。

 だって公爵家当主とのデートだもの。子爵令嬢が公爵家当主とのデートだから誰だって驚く。

 それに一度断ったのにまた求婚してきたことにも驚いたのだろう。


 そしてすぐに家族会議が開かれた。


 私の家には家族会議というシステムがあり、それは重要なことが起きた場合に開かれるものだ。

 前回は私がジル様に婚約破棄をされた件で開かれた。


 家族会議に出席するメンバーはお父様とお母様、お兄様と弟のフィン、そして私の計五人で開かれている。

 だけど今回はお兄様が不在のため四人で行われる。


「今回はフィーラとリゼータ公爵様のデートについて。そして求婚された件についてだ」

「リゼータ公爵家って確かジル様の兄にあたるわよね」

「ジル様の兄なんて碌な奴じゃない。ボクは結婚について反対だね」


 お父様が会議の内容について言うと、まず発言したのはお母様だった。

 お母様はリゼータ公爵様がジル様の兄だということを知っていて、そのことを聞いたフィンが反対した。


 私達家族は仲が良い。そのため今回の場合私のことを第一に考えてくれている。

 だからフィンはその話に反対したんだろう。


 私は話してみた限り、リゼータ公爵様はジル様と違って優しくて可愛くて良い人だと思った。

 でもフィンからしたらジル様と血が繋がっているってだけで反対する理由になりえるようだ。


「わたくしは賛成、というか一度デートしてみて考える方がいいんじゃないかと思うわ」

「母様、公爵様は姉様との婚約を破棄したジル様と血が繋がっているんですよ。絶対に碌な奴じゃないです」


 本当にフィンは私のことを考えてくれているんだな。

 だからこそ反対をしてくれている。

 実に優しい弟だ。こんなに姉思いな弟、他にはいないだろう。


「貴族として考えるならば喜ばしいことだ。けれど貴族の前に一人の父親だ。そう考えたら、この結婚は断るべきだと思うぞ」


 お父様も私のことを考えて、貴族としての自分よりも父親としての自分を優先して考えてくれている。


 今のところ反対がお父様とフィンで二人、賛成寄りがお母様一人。

 お父様とフィンはやはり血が繋がっていることで判断しているようだ。


「でもよく考えてみなさい。ジル様はあんなんですが、公爵様は独立して公爵まで成り上がり王国騎士団団長も務めている人よ。そんな人がジル様と同じとは考えづらくないかしら」


 ジル様はあんなんって、お母様も結構失礼なことを言うな。私も婚約破棄の理由を聞いて思ったけれども。

 実績だけ見たらジル様と兄弟なのかと疑うくらい、素晴らしい結果を残されている。

 才能など諸々をリゼータ公爵様に取られて、その残り滓がジル様なのかもしれない。


「フィーラはどうしたいの? わたくし達はフィーラが決めたならそれに賛成するわ。そうでしょ?」

「母様がそう言うなら……」


 お母様の一言でお父様もフィンも納得し、決定権は私に委ねられた。


 フィンやお父様が言う通り、リゼータ公爵様はジル様と血が繋がった兄弟だ。お母様が言うように、リゼータ公爵様は凄い実績を残し凄い地位に立っている。

 でもお父様もお母様もフィンもリゼータ公爵様の外側しか見ていない。


 私が会ったリゼータ公爵様は優しそうで可愛い感じの人だった。

 ならデートをして少しでもリゼータ公爵様の内面を見て判断するくらいはしていいと思う。


「私は一度デートをしてみて決めたいと思う」

「そうか。なら私はそれに賛成するよ。でも嫌だったら言いなさい。公爵様が無理矢理結婚しようとしても絶対に断ってみせるから」

「そうだよ。ボクも協力するから」


 頼もしい家族だ。

 私はなんていい家族に巡り会えたのだろう。


 私はリゼータ公爵様のことをよく知ってから、きちんと決めよう。

 利益云々で決めるんじゃなくて、純粋に自分の気持ちで決めようと思った。


###


 そしてあっという間に一週間が経った。


 一週間の間にデートコースを考えたり、着ていく洋服を選んでいたりした。

 そしてどんな出来事があっても対処できるように、好きで読んでいる恋愛小説を読み漁った。


 恋愛小説に起こる出来事は限りなく可能性が低い。

 でも起こった場合は恋愛小説のヒロインみたいに恥ずかしがったりするのではなく、冷静に行動できるようにするのだ。


「よし、準備はできた」


 コンコンとノックする音が聞こえた。

 ミナが私を呼びにきたのだろう。


「フィーラ様、公爵様がお迎えに来ました」

「分かったわ」

「フィーラ様、どんなことがあってもわたしは味方ですから」

「ありがとう」


 やっぱり私は出会う人に恵まれている。

 お父様もお母様もフィンもお兄様も、そしてミナを始めとするメイドや執事からも。他に仲良くしてくれた令嬢達も。

 唯一のハズレがジル様だった。

 今回のリゼータ公爵様はジル様同様にハズレなのか、それともみんなみたいに良い人なのか。


「リゼータ公爵様、今日のデート、楽しみにしてました」

「私もだよ、フィーラ嬢」


 私からしたら楽しみというよりも、どんな人なのかを探る機会と言った方が正しいと思うけど。でもそんなことは口が裂けても言えない。


「じゃあ私がよく行くところに行きましょうか」


 私はリゼータ公爵様の馬車に乗り、子爵家の領地で一番の賑わいをもつ市場に来た。


「ここは、市場?」

「はい、そうです。私がよく行っていた場所です」


 私はお兄様とフィンと私の三人でよくここに来ていた。

 思い出の場所である。

 それに学園に行くことになる前まで一週間に一回は必ず通っていたくらいのところだ。


「私はリゼータ公爵様のことを知りたいんです。だからまずは私のことを知ってもらうべきかなと思ったので、ここに連れてきたんです」


 これは本音である。

 私のことを知ってもらいつつ、私もこっそりとリゼータ公爵様のことを観察する。

 それにどんな人なのか知るには、こういう普段とは違う場所で観察するのがいいって聞いたことある。正しいのかは知らないんだけど。


「フィーちゃんじゃないかい。久しぶりだね、学園はどうしたんだい?」

「ああ、少しの間休みを取ってこっちに戻ってきたの」


 私に一番に話しかけてくれたのは、よくお世話になっていた果物を売っている店のおば様だった。

 このおば様はいつも会う度に色々な話を聞かせてくれた人で、その後に美味しい果物を毎回くれたのだ。


 休みを取ったのは事実だ。

 婚約破棄されたことは流石に言えないし、みんな私が子爵令嬢なのは知っているけど婚約者がいたことまでは知らないからね。


「そっちの男は誰だい? まさか彼氏?」

「私はジェルド・リゼータです。フィーラ嬢の結婚相手に立候補させてもらっています」

「え!? それは本当かい? あの男に興味ない感じを出してたフィーちゃんについに春が来たのね。喜ばしいことだわ。二人にお祝いの品として安いがこれをあげるわよ」


 そう言って私達にりんごをくれた。

 いつもくれていた綺麗な赤い色をした熟れたりんごだった。


「ありがとう、おば様。でもリゼータ公爵様とは結婚する気はまだないから」

「そうかい。でもお似合いだと思うけどね。まあ結婚する時は教えてくれるかい?」

「勿論。お世話になっているみんなには絶対に言うから」


 私はもう結婚できないかもしれないけど、もしも結婚する時はみんなに教えるし紹介もしたいと思う。


 おば様が言ったリゼータ公爵様とお似合いというのは何故なんだろうと思ったけど、リゼータ公爵様が一方的に私のこと好きだからそう見えているのかもしれないな。


 そのまま色々なお店を回っていった。

 みんなへの挨拶を兼ねたデートになってしまったかもしれないな。


「おお! フィーちゃんじゃねぇか、戻ってきたんか。学園は楽しいか?」

「楽しいよ。少し休暇を頂いたから戻ってきたの」

「そうかそうか。久しぶりだからサービスでこれをあげるから、また来てくれよな」

「うん、ありがとう、おじ様」


 最後に会ったのはアイスやソフトクリームなどを売っているおじ様のところだ。

 おじ様は商売なのに小さい子にはただであげるという気前のいい人。子供達から人気で、美味しい氷菓子も人気だ。


 おじ様は久しぶりに会うと必ずソフトクリームをくれる。

 正直店の売上は大丈夫なのかと心配になるくらいだ。


「こんなに貰っていいんですか? 私はフィーラ嬢についてきただけで、別に親しくもない間柄なんですよ」

「ここはですね、そんなの関係ないんですよ。みんなが楽しく幸せに暮らせるようにお父様が頑張って、こんなに活気のある賑やかな街になったんです」


 私はこの街が好きだ。この街に住む人が好きだ。

 学園での生活も楽しかったけれど、やっぱりこの街での生活が一番落ち着く。


「ソフトクリームを食べましょう」


 私がソフトクリームを食べようとすると、近くで子供が泣いている声が聞こえた。

 見てみるとどうやら迷子の様子。


「ねえ、ソフトクリームいらない?」

「え?」


 私はその子に近づいて、ソフトクリームを見せた。

 するとすぐに泣き止んでくれた。

 私が話しかけたことによって安心したからなのか、それともソフトクリームを食べたいからなのか。どちらにせよ泣き止んでくれてよかった。


「いる!」

「じゃあ、もう泣かないって約束できる?」

「うう、わかんない」

「男の子はね、女の子を守らなきゃいけないの。だから泣いちゃダメ。泣いていいのは好きな女の子の前だけだよ」

「わかった! 約束する!」

「そう。じゃあこれが約束の証。これを食べたら、絶対に守ってね」

「うん!」


 私は約束の証としてソフトクリームをあげた。

 貰ったものを人にあげるのはよくないかもしれないけど、泣いてる子を見捨てるよりはマシだと思っている。


 男の子がソフトクリームを食べているとその子の母親らしき人が近づいてきた。


「あっ、どこ行ってたの。心配したのよ」

「お母さん!」

「お二人が見つけてくださったんですね。本当にありがとうございます。行くよ」

「うん。お姉ちゃん、約束守るよ!」

「ばいばい」


 男の子は母親と手を繋いで帰っていった。

 約束の証であるソフトクリームを見せて、にこっと笑っていた。


「よかったんですか、ソフトクリーム」

「いいんですよ。私は好きな街の人の涙なんか見たくないですから、そのためにソフトクリームをあげるくらい構いません」

「じゃあ、このソフトクリーム、あげますよ」

「いりませんよ。リゼータ公爵様に食べてほしいですから」

「では、はいどうぞ」


 リゼータ公爵様はついていたスプーンでソフトクリームの取り、私に向かってスプーンを差し出した。


 ああ、これはあーんってふうに食べろってことね。

 まあこの程度で恥ずかしがるような歳じゃないし、そもそもリゼータ公爵様は食べてないから恥ずかしがる必要もないしね。


「頂きます。……うん、やっぱり美味しいですね。いつもの味です」

「じゃあ私も……確かに、これは美味しい」


 やっぱりおじ様が作るソフトクリームは美味しいな。

 久しぶりに食べたけど、全く変わってなくてとても安心する味だ。それに帰ってきたんだなって感じる。


「さっき、間接キスしちゃいましたね」

「間接キスくらいで慌てませんよ」


 間接キスくらいで恥ずかしがるはずがない。

 間接キスなんて子供の頃、お兄様やフィンと散々やってきたからね。


「そうか。じゃあこれはどうでしょう」

「え……?」


 私の顔にリゼータ公爵様の顔が近づいてきて、そのまま唇を奪われた。

 私は何が起こったのか分からず、ぼーっとしてしまった。


「流石にキスは早かったですか?」

「キ、キ、キス!? ちょ、ちょっと待ってください! なんでいきなりキスしてきたんですか!?」


 何故こうなったの。

 私はキスされるようなことを言ったりしたりしてしまったのか。もしや間接キスのところで言ったことが挑発したと思われたからなのか?

 いや、それでも急にキスするのはありえないでしょ。


「もうそろそろ、時間ですから帰りましょうか」

「ソウデスネ」

「あれ? キスは慣れっこだったんじゃないんですか?」

「間接キスはですよ! キスなんて初めてだったのに……」

「これでファーストキスは私のものになりましたね。初デートでのサプライズです。本当はもっと別のことをやりたかったんですが、今回はこれで我慢します」


 もっと他のことってなんなの。これよりも凄いことってそうそうなんでしょ。

 もしかして……。いやいや流石にないでしょ。

 ただキスしただけだから、平気平気。間接キスを直接しただけって思えばいいだけだし、別に照れるようなことではない。


 ないのに、なんでこんなに顔が熱いの。

 絶対今顔真っ赤だよ。


「じゃあ帰りましょうか」


 そのあとは何も話さず、ずっと無言で帰った。別れる時だけ、ではまたと挨拶をしただけ。

 それと何かわからないが、プレゼントを貰った。


###


 キスのことは忘れよう。もう過ぎたことだ。

 初めてだったけど、無くなったものを返せなんて言えない。それも公爵家当主なんかに。


「あっ、プレゼントを見よう」


 私はずっとキスのことを考えていたので、そのことを一旦忘れるために貰ったプレゼントを開けることにした。

 プレゼントには開ける前に手紙が挟まっていたので、それを読んでから開けることにした。


 親愛なるフィーラ・リーズ嬢


 初デート、楽しませてもらった。

 この手紙はフィーラ嬢がずっと下を向いている時に書いたものだけれど、その時の君は耳まで真っ赤にして可愛かったよ。

 どうやら間接キスは平気でもキスは恥ずかしかったみたいだね。

 今回は君がとても民達を愛し愛されていることを知れてよかった。

 君が自分で言っていた通り、昔の君とは変わっていたようだけれど昔の可愛さと優しさは残っているようだ。

 デート、とても楽しかったよ。

 また一週間後にデートをしよう。次は私がデートコースを考えるから。

 最後に、結婚のことを前向きに考えてくれたら嬉しい。


 君のことを愛しているジェルド・リゼータより


「ふぅ、楽しんでくれたならよかった」


 それにしてもプレゼントのことについては一切触れられていなかったわね。

 まあでもそんなに危ないものが入っているわけではないだろうし、期待はせずに開けてみましょうか。


 プレゼントの箱を開けてみると、そこには一冊の本が入っていた。


「この本……」


 その本は私が昔誰かにあげて、そのままどこかに行ってしまった本だった。

 内容は覚えているものの本の名前を忘れてしまったため買えずにいた本。それに昔のものだからもう売ってる店も少ない本なのだ。


「なんでこれを……」


 その本はやけにボロボロで、裏を見てみると名前が書いてあった。

 その名前は『フィーラ・リーズ』と。

 この本は間違いなく私の本。つまりこの本を貸した相手はリゼータ公爵様ということになる。


 パラパラと内容を見てみると、市場でデートをする話があった。


 この本の主人公は平民の女の子で相手は王子。絶対に結ばれることのない二人が結ばれる話だ。

 その市場デートの話で、王子が主人公にキスするシーンがある。

 王子は突然キスをしてきて主人公が恥ずかしがっている。


「リゼータ公爵様、このシーンを真似てからキスをしてきたのね」


 私が昔気に入ってた本を他の人に読んで欲しくて、リゼータ公爵様に渡したってこと。

 リゼータ公爵様が話したことがあるって、本を読んで欲しくて話しかけたときのことなのか。


 私はこの本を最初から読み、そのまま眠ってしまった。


###


 あのデートをして以来毎週同じ曜日デートをするようになっていた。

 お互いを知るために交互に行く場所を決めて、色んなところに行っていた。


 私はこの街にある私が好きな場所。リゼータ公爵様は国内にある自分が好きなところに連れていってくれた。


 二ヶ月が経ち、学園に復帰する日が来た。


「フィーラ嬢、では一緒に参りましょう」

「ジェルド様、お迎えに来ていただきありがとうございます」


 学園に復帰するため、王都にある別邸に数日前に来ていた。

 そしてその別邸から学園まで送ってもらうことになった。

 勿論今回だけである。流石に毎回ジェルド様に送ってもらうのは気がひけるし、色々な方に迷惑をかけるだろう。


 ジェルド様の頼みで私はリゼータ公爵様と呼ぶのをやめてジェルド様と呼ぶようになった。

 別にどちらでもいいと思うのだけど、ジェルド様がこうしてほしいと言ったのでそうすることにした。


 馬車の中では今の学園がどんな感じなのかを話した。

 ジェルド様は学園に入ったものの、騎士になりたく途中ですぐやめたそうだ。だから学園のことをあまり知らないらしい。


 話していると時間はあっという間に過ぎ、学園に着いた。

 ジェルド様が先に馬車を降り、私はジェルド様の手を借りて降りた。


「フィーラ嬢、迎えに来るよ」

「今回だけですからね」


 今日だけは送り迎えをしてもらうことになっている。

 私のことが心配らしい。それに私とジェルド様の仲が深まったことを知ったお父様達がお願いしたようだ。


「愛しているよ」

「ありがとうございます、ジェルド様」


 私はジェルド様の愛の言葉を軽く流した。

 毎回別れる時必ず言うのでいつの間にか慣れてしまった。


 その会話をした後、ジェルド様は帰っていった。

 やはり公爵家当主であり騎士団長でもある人は忙しいんだろう。それなのに毎週会いにきてくれるのは嬉しいな。


「「「フィーラ様!」」」


 私の名前を一斉に呼んできたのは、仲良くしてくれていた令嬢達だった。


 みんなの顔を久しぶりに見た気がする。

 それもそうか。三ヶ月振りだし、急に学園を休学したのだから別れの挨拶をする暇するなかったから。


「みんな、お久しぶり」

「お久しぶりです、フィー」


 私のことをフィーと呼ぶ令嬢は一人しかいない。


「ロゼリー! 久しぶり!」


 ロゼリー。彼女は私と同じ子爵家の令嬢で幼い頃から仲良くさせてもらっている。

 彼女だけとは休学した後手紙でやりとりをしていた。


「今のってリゼータ公爵様?」

「うん、そうだけど、それがどうかした?」

「だってリゼータ公爵様よ? あの女性には興味がないで有名なリゼータ公爵様。なんでそんな人と一緒にいるの?」


 あ、ああ、そういえばジェルド様は凄い人だった。

 すっかり忘れていたわ。

 いつも愛してるとか好きだよとか言ってくるから、それに慣れてしまって女性に興味ないっていうことを完全に忘れていた。


 私に対してはいつもあんなんだから女性に興味なしってことが嘘なんじゃないかと思っていたけど、みんなの反応をみるとそれは事実だって再認識させられたわ。


「えーっと話は長くなるけど、端的に言うと求婚された」

「求婚!?」

「あのあの! リゼータ公爵様と結婚するんですか?」


 他の令嬢の一人がそんな質問をしてきた。


 確かに求婚されたのだから、返事はしなくてはならない。

 それも求婚されたのが二ヶ月も前の話なのだ。流石にもう返事しなくちゃダメだろうな。


「いや、それがまだ考えてなくて……」

「なんでですか? わたしなら即結婚するんですけど」


 だよね。普通ならこんなにいい男性に求婚されたらすぐに結婚するわよね。


「ねえ、フィー。いつ求婚されたの?」

「二ヶ月くらい前、かな」

「ちょっと、フィー。こっちに来て!」


 私はロゼリーに手を引かれ他の令嬢達から離れた場所に連れていかれた。


「急にどうしたの、ロゼリー」

「フィーって恋愛はとことんダメよね。あんなに勉強も運動もできるのに」

「? いきなりなに?」


 なんなのかな。悪口を言われたような気がしたら褒められたし。どういうことなのだろう。

 恋愛がダメって。私は恋愛小説をいっぱい読んでるから恋愛に関してはエキスパートだと自負しているんだけど。


「フィーは恋愛小説の読み過ぎ!」

「確かにいっぱい読んでるけど、それがどうしたの?」

「あのね、物語の男性はいつまでも待ってくれるけど、現実はそうじゃないの。そのまま返事をしないと愛想尽かされちゃうわよ」


 そのくらいわかっているわよ。

 フィクションとノンフィクションの区別くらいはついているわ。

 確かに恋愛小説の男性はいつまでも待っていてくれるけど、現実の男性がそんなに待つとは思えない。


 ん? 待ってよ。私って結構ジェルド様を待たせてるんじゃ……。


「やっと気づいたみたいね。フィーはリゼータ公爵様の求婚の返事を長期間待たせているの。それがどれだけきついことかわかる?」

「……多分、相当きついと思う」


 絶対にそうだ。

 ジェルド様はいつも笑顔でいてくれるけど、きつい思いをさせているに違いない。

 私のことを好きでいてくれている。その好きな人からの返事をずっと待たされるなんて苦しいはず。


「フィーはリゼータ公爵様のこと、好きなの?」

「分かんない」

「じゃあ嫌いなところはある?」


 ジェルド様の嫌いなところ。そんなところはない。

 ジェルド様はとても良い人だから。


「ない……」

「なら好きなところは?」


 ジェルド様はいつも笑顔で楽しそうで、私のことを考えてくれていて好きでいてくれて。

 可愛くてカッコよくて優しくて。他の人には知られていない自分の一面をいっぱい見せてくれる。


「いっぱいある」

「そうでしょ。もう一回聞くよ? リゼータ公爵様のこと、好き?」

「……やっぱり、分かんない」


 好きなところ。良いと思うところはたくさんある。

 でもそれで好きなのかがあんまりわからない。


 私は婚約者がいたけど、ちゃんとした恋愛というものをしたことがない。恋愛感情で誰かを好きになったことがない。

 それに恋愛小説の中の登場人物達はみんな相手の良いところを見つけていって、どんどん好きになっていってた。

 そして理屈じゃなくて感情で動いていく。そんなところに憧れたし羨ましいと思った。


 私はいっぱいジェルド様の良いところを知っている。

 でも好きって感情が、気持ちが分からない。


「じゃあもしも誰かがリゼータ公爵様と付き合ってもいいの?」

「それはダメ!」

「ならリゼータ公爵様と会えなくなってもいいの?」

「それはいや」


 何故かジェルド様が他の令嬢と付き合うことを想像しただけでダメと強く言ってしまった。

 胸がモヤモヤして急に拒否反応が出てしまう。

 それにジェルド様と会えなくなる日々を想像するときつくなる。もしかしてジェルド様はいつも毎日こんな気持ちを感じていたのかな。


「なんで嫌なの?」

「理由はわかんないけど、何故かいやなの」

「それってフィーが好きな恋愛小説の登場人物と一緒なんじゃない? 理屈じゃなくて感情で決めるってところ」

「そうかも、しれない」


 もしかしたらこれが好きって感情なのかな?


 そんなことを思ったとき考えたときジェルド様のことが好きって感じたとき、私の中で好きとは別の感情が生まれた。

 ジェルド様に私だけを見てほしい。私だけを好きになってほしい。


 ああそっか。ジェルド様は私だけを見てくれていた。私だけを好きでいてくれた。


「私、ジェルド様のことが好き」

「じゃあ今日迎え来たときに言わなくちゃね」

「うん!」


 好きと思ったとき、なんかモヤモヤが取れた気がした。


###


 そして学園の授業が終わり、私はすぐに正門まで行った。そこにはもうすでにジェルド様が立って待っていてくれた。

 私は思いっきり走ってジェルド様に抱きついた。


「へ? ど、ど、どうしたんだ!?」

「私、ジェルド様が好きです!」

「え、あ、うん。ありがとう」


 私はロゼリーのおかげで気づけた気持ちを、ジェルド様に伝えた。

 元気よく精いっぱいの気持ちを込めて、好きという気持ちを伝える。


「ジェルド様、結婚しましょう」

「……!?」


 私は気持ちが爆発してしまい、そこで以前言われた求婚を承諾した。


「フィーラ嬢、どこか具合でも悪いのか?」

「いいえ、私、友達のおかげで気づいたんです。私はジェルド様のことが好きだってことに」

「そうか。なら結婚しようか」


 そうしてトントン拍子に話は進み……。


###


 一ヶ月後。


「新郎ジェルド・リゼータ、貴方はここにいるフィーラ・リーズを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はい、誓います」

「新婦フィーラ・リーズ、貴女はここにいるジェルド・リゼータを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「はい、誓います。絶対に」


 私もジェルド様もお互いに愛し愛されることを誓った。


「誓いのキスを」


 牧師さんの言葉で、私とジェルド様は二度目のキスを交わした。

 後日談


 結婚から二年が経った。

 私とジェルド様は貴族からは勿論、民達からも認知されるような仲の良い夫婦となっている。


 今日はジェルド様が騎士団長として一週間だけ国王様と一緒に国内各地を回っている。

 ジェルド様と会えない寂しさを紛らすためと久しぶりに会いたくなったので、ロゼリーを呼んで二人でお茶会をしているときの話だ。


「そういえば今だから話せる事なんだけど、わたしはリゼータ公爵様と従兄妹に当たるのよ」

「へえ、そうだったの」

「それで、リゼータ公爵様から好きな女性ができたって聞いたけど、まさかフィーとは思ってなくて」

「ジェルド様、ロゼリーにそんな話してたのね」

「聞いた時結構辛そうだったから、フィーに自分の気持ちを気づかせるように仕向けたの」

「ジェルド様のために私にあんな事言ってたのね。でもそのおかげで結婚することができたから良かったわ」


 そうして私はジェルド様との楽しい日々を過ごせている。

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