第1章、弟子の日常②
今回は不穏です。
決してアリシアーレンの真似をなさらぬように。
「アリシア、そろそろお昼にしませんか?それなりに薬草を見つけられましたし。」
アケビの葉、ヨモギ、ラベンダー、カモミール、ローリエなどでいっぱいになった袋を鞄にしまいながら、ギアはアリシアーレンに声を掛けた。
アリシアーレンは、あらかじめ太陽石を入れた袋に、慎重な手つきである薬草を入れようとしていた。今日の目当てである陽花だ。快晴の日にしか姿を見ることのできないその花を持ち帰るために、太陽石が必要であったのだ。
アリシアーレンは、袋の口をしっかり閉じてから顔を上げた。
「そうね、そうしましょう。」
昼食は、具沢山のサンドウィッチと皮つきポテトフライ、野菜スティック、オレンジだ。
「よくあの短時間でこんなに準備できたわね。朝大変だったでしょう。」
「いえ。俺は朝平気なので。料理も楽しいですし…って、野菜スティックをそのままで食べようとしないでください。きちんとソースを用意してますから。」
野菜を生のまま食べようとするアリシアーレンに呆れながら、ソースの入った容器を渡した。
「あら、そうだったの。」
そして、サンドウィッチを頬張りながら、ギアは尋ねる。
「まだ陽花を探しますか?」
「そうね…、私たちに必要な分は確保できたけど、魔女仲間から依頼された分には到底足りないわ。」
「どれほど必要なんですか?」
「ん~、そうねぇ~。さっき集めた分の五倍かしら。」
さらっと言ったアリシアーレンの言葉に驚き、ギアは咳き込む。
「ごほっ。そ、そんなにですか…。依頼者は複数でしたか?」
「多くはないわ、二人よ。一人はそれほど必要としてないみたいなんだけど、もう一人がねえ…。」
「どうぞアリシア。」
話の途中、ギアは剥き始めたオレンジを差し出す。
「あ、ギア、私はいらないわ。さっき良いモノを見つけたの。」
アリシアーレンは、たくさんの赤い実を見せた。一つ一つが小さく、豆ほどのサイズしかない。アリシアーレンは、それを一気に四、五粒ほど口に入れた。
「美味しそうですね、俺もいいですか。」
アリシアーレンは、手の中の赤い実を見つめながら口を動かしていたが、飲み込み、ギアに一粒だけ渡した。
「人間が食べるのはおすすめしないわ。これは熟していないピラカンサよ。」
それを聞いた瞬間、ギアは、また口に入れようとするアリシアーレンの手を掴んだ。
「アリシア!!」
ギアの声が辺りに響いた。
「……やっぱりだめ。もう吐き気すらしないわ。」
がっかりしたような声で呟くアリシアーレンは、大人しく赤い実を食べるのをやめた。
ピラカンサは毒を持つ植物だ。赤や黄色のかわいらしい実は、熟す冬の時期にしか毒性が弱まらない。多量摂取すれば、嘔吐や痙攣、麻痺が起こり、最悪の場合、死に至る。
ギアはアリシアーレンが持っていた残りのピラカンサを全て回収した。
もう何年も同じやり取りを繰り返しても、ギアはアリシアーレンが死のうとすることになれない。
「本当、油断も隙もないですね。やめてください。」
「ピラカンサは何度も試したことがあるから分かっていたわ。こんなものじゃ死ねない。」
「アリシア…。」
アリシアーレンは、ふと顔を上げ、ギアと目を合わせた。酷く虚ろな目で。
「ギア、早く赤い蝶を見つけてね。」
赤い蝶、それは生き物を指しているわけではない。蝶の形をした赤い光のことを言っているのだ。ある生成法で、ある魔法で作られた薬や武器は、赤い光の蝶を纏うのだと言われている。
赤い光の蝶は、魔女が死ぬ方法の証である。魔女は、どんな毒でも傷でも決して死なない。どれほどの時間を生きても、成長・老化はある一定の年齢で止まってしまう。そんな魔女が死ぬことのできる唯一の方法は、魔女一族の中で代々伝わっていた。しかしそれは、八百歳を過ぎた魔女がレシピを知る高齢の魔女から、口頭で伝えられ継承されていたのだが、今ではそのレシピを知る者はいなくなってしまった。
「無理です…俺には……。」
「ひどいわ。」
継承を途絶えさせた原因を作ったのは―――
「人間のせいで、なくなってしまったのに。」
―――傲慢な、人間たちである。
~魔法使いのメモ~
☆陽花…快晴の日のみ視認できる植物。透き通る白色の花が太陽の光で輝く様は美しく、太陽石と共にガラスのケースに入れて観賞用として保管されることもある。
~魔女のメモ~
★魔女の死…千歳になる年に死なねばならないという掟だが、生まれにくい魔女の人口を維持するため、子供を一人も生まないうちに死んではならないという決まりも存在する。八百歳になってから「赤い光の蝶」のレシピを知ることができるのは、若いうちに自殺させないため。しかし、人間が消失させてからは、若い魔女も必死にレシピを見つけ出そうとしている。
★魔女の生態…不老不死に近い。成長速度が遅い。個人差はあるが、ある年齢から成長や老化が止まる。また、毒が効かず、瀕死のケガも治ってしまう。体が慣れないうちは、毒やケガに苦痛を感じるが、回数を経るごとにその感覚を失っていく。




