第1章、弟子の日常①
今回はほのぼのしてます。
「アリシア起きてください、朝ですよ。」
ドアをノックする音が、清々しい朝の空気を震わせる。
「んー…、まだ寝てるわ…。」
ドアの向こうから、かすかに声がした。
「いーや、起きてください!もう朝食の支度は済んでいるんです!冷めてしまいますよ!」
オレンジ色の髪の青年・ギアは、またドアを叩く。ルビーのように赤い目を吊り上げて。
「うーん…分かった、分かったわ…。起きるから…。」
しばらくしてドアが開いた。顔を出したのは、黒髪の女性・アリシアーレンだ。癖っ毛が、寝癖でさらに酷いことになっている。挙げ句の果てに、寝衣の肩部分がずり落ち、下着の紐が見えている。
ギアは無防備な彼女の姿にうっすら頬を染めるも、咳払いをして注意し始める。
「アリシア、もう少し身だしなみに気を付けてください。女性がその姿はどうかと思います。」
「いいじゃない。弟子しかいないもの。それに」
アリシアーレンはパチンと指を鳴らした。部屋の奥から櫛が飛んでくる。アリシアーレンは、ふわふわと浮きながら勝手に髪を梳くそれに頭を預け、身だしなみを整え始める。
「魔女はめんどくさがりよ、長生きしている者は特にね。」
アリシアーレンは魔女である。不老不死に近い身体を持ち、その身一つで魔法を自在に操る。ギアのような魔法使いとは違い、魔法を使う際に媒介を必要としない。
そもそも魔法使いは、魔力を持つ“人間”である。しかし、魔女は魔女という生き物であるため、魔法使いとは根本的に感覚が異なる。人間でも、長生きになってくると細かいことを気にしないようになるが、本質的に魔女はめんどくさがりである。
「はいはい、分かってますよ。それに、朝が苦手なこともね。ですがアリシア、今日は薬草摘みの予定が入っています。早く家を出ないと、森の奥で薬草を探す時間が無くなります。あの薬草は、雲一つない快晴の日しか採取できないのに、ここのところ曇りばかりで良い天気になるのをずっと待っていたじゃないですか。……もちろん、忘れてないですよね?」
「魔女は忘れっぽくないわよ。」
アリシアーレンは、にやりと笑った。と同時に、青目の中の黄色い星がきらりと光った。瞳に浮かぶ星模様は、魔女の証である。
「さあ、ご飯にしましょう。今日も美味しそうな匂いがするわね。」
「さすがねギア、あなたの料理は世界一よ。」
皿の片付けを始めるギアに、アリシアーレンは料理の腕前を褒める。今朝の朝食は、ワッフルのチョコレートソースがけ、フライドチキン、エッグスラットだった。ふわふわのマッシュポテトの上にとろとろの卵がのったエッグスラットは、アリシアーレンお気に入りの朝食メニューである。ギア特製の、ハーブやスパイスを抑えたアリシア好みのエッグスラットを、アリシアは二瓶も食べていた。
「食べすぎですよ、アリシア。これから飛ぶっていうのに。」
そう言いながら、アリシアーレンの褒め言葉を喜んでいる。
「それじゃあ、私は出かける準備をしてくるわね。」
ギアに一言声をかけると、アリシアーレンは席を立つ。
アリシアーレンは、自室で着替え始めた。いつものゆったりした服から、飾り気のない作業服に。
そして、自分の胸にあるネックレスを確認してから、軽くキスをした。
「行ってくるわね、あなた。」
壁に掛けられた大きな白衣に向かってそう言うと、ネックレスを服の中に隠した。ネックレスの紫水晶は、アリシアーレンの言葉に返事をするように煌めいたが、アリシアーレンがそれを知ることはなかった。
アリシアーレンは自室を出ると、物置に向かった。きれいにラベリングされた瓶の棚を通り過ぎると、小箱を引っ張り出す。箱に張り付けられた〈太陽石〉と書かれたメモを確認すると、一つだけ取り出す。丸みを帯びた白色の石に魔力を通すと、それはまるで太陽のように眩しく輝いた。アリシアーレンが魔力を流すのをやめると、しばらくして光が収まった。箱を丁寧に戻し、石は胸ポケットにしまった。
その足で玄関まで向かい、立てかけられた箒に手を伸ばす。持ち手にはめられた魔法石に手をかざすと、ふわふわと浮き出した。飛行石が正常に動くことを確認し終えた時、後ろから、鞄を肩に下げたギアがやってきた。外へ出ながら、アリシアーレンは声を掛ける。
「ギア、採取用の袋は持った?」
「もちろんです。昼食もばっちりですよ。」
ギアはアリシアーレンから箒を受け取りながら答えた。
「それじゃあ行きましょうか。」
アリシアーレンは家に向かって手を振った。すると、家中の窓が全て閉じられ、カーテンが閉められた。
ギアは玄関に鍵を掛けながら、呪文を唱える。
「〈誰も入れてはならない〉。」
鍵穴を中心に魔法陣が浮かび上がり、すぐに消えた。それを確認してから、アリシアーレンは箒に横座りで乗った。ギアは飛行石に魔力を流し、飛び乗った。
ギアは、アリシアーレンの後ろを飛びながら、彼女の髪の美しさに心奪われていた。
~魔法使いのメモ~
☆太陽石…太陽の光や熱を再現した魔法石。太陽光や太陽熱が必要な物と共に箱や袋に入れて使用する。ランプ代わりに使うと便利。
☆飛行石…飛ぶための動力となる魔法石。通常、箒などの道具に嵌めて使用する。基本、魔女には必要ないが、常に魔力を消費しながら飛ぶのを嫌って使う者もいる。逆に、魔法使いにとっては必須アイテム。




