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完成

「颯月さん、安価に手に入る楽器はありませんか?」

「楽器?」


 パソコンに似た魔具で颯月から動画の編集方法を教わった綾那は、困り果てていた。編集については、やり方の違いはあれど根本的には「表」でやっていた方法とそう変わらない。カット&ペーストは勿論、テロップも入るし、やろうと思えば画像やイラストも挿し込める。

 それは良いのだが、しかしパソコンの中にひとつも音源がないのは大問題だ。効果音にしろBGMにしろ、音があるのとないのとでは、動画のキャッチーさに天と地ほど差が出る。


 騎士団の訓練の様子を撮影して団内で流す分には、BGMなど必要としないのだろうが――しかし今回の動画は娯楽としての要素が大部分を占めるので、音なしではあまりに味気ない。だからと言って、この領に普及されている音楽を流用するのは、著作権的に問題があるはずだ。


 そこで綾那が考えた対策は、「自分でBGMを作るしかない」である。腐っても『四重奏』というグループ名を冠する綾那、楽器の演奏はお手のものだ。しかも、スタチュー内で著作権フリーとして扱われていた楽曲ならば、耳にタコができるほど聴いている。完璧に再現するのは無理でも、ある程度似たような楽曲に仕上げる事は可能だろう。

 ただしこの場に他のメンバーが居ないため、綾那一人でいくつか楽器を演奏したものを録音して、それを重ねて無理やりひとつの曲にするしかない、というのが少々手間である。


「音がないのが寂しくて、自分でなんとかできないかと思って――」

「へえ。アンタ、楽器もできるのか」


 綾那の作業場として颯月の執務室の一角を借りているのだが、彼は意外そうに目を丸めた。綾那は「ふふふ」と得意げに笑う。


「元々、家族とは楽器を弾く集まりだったんですよ。楽器に関しては多種多様に手を出してきたので、割と幅広く演奏できます」


 綾那は低音至上主義で、ベースやコントラバス、木管ならファゴット、金管ならチューバなど、とにかく低音の楽器を好んで演奏していたのだが――しかし低音だろうが高音だろうが楽器が異なるだけで、演奏方法はさして変わらない。そこまで大きな問題にはならないだろう。


「楽器なら、別館にいくつか保管されているものがある。好きに使って良いぞ」

「えっ、良いんですか? 助かります……早速行って来ても良いですか?」


 意気揚々と立ち上がった綾那に、颯月は笑みを返す。


「案内する。あと、出る時にマスクを付け忘れるなよ」


 颯月に言われて、綾那は執務室に入ってから外しっぱなしにしていたマスクの存在を思い出す。「あっ」と声を漏らし慌ててマスクを付けた綾那は、はにかみながら颯月の後について行った。



 ◆



「いかがでしょうか――?」


 アルミラージの撮影から、はや二日。BGMづくりという予定外の職務も挟んだため、本来綾那が想定していたよりも動画の編集に時間がかかってしまった。しかし、なんとか形にする事はできた。

 今日は、作り上げた動画を関係者へ披露する場を設けてもらったのだ。まずは演者の許可取り。彼らが納得した上で、満を持して街の大衆食堂へデータを渡したい。

 ちなみに食堂へ卸すアルミラージの肉だが、腐らないよう颯月に頼んで氷魔法で冷凍保存している。一度まずくなればそれ以上味が悪くなる事はないらしいので、ある意味安心だ。


 毎日まずい肉を卸す訳ではなく、あくまでもアルミラージの肉があるのは動画公開初日だけ――しかも、数に限りのある限定品だ。そのため大衆食堂の店主には、まずい肉の宣伝入りバージョンと、肉の在庫がなくなった時点で宣伝なしバージョンに切り替えられるよう、二本分のデータを渡すつもりでいる。


(人様に動画を見せて、その感想を聞くなんて……いつぶりだろう?)


 四重奏のメンバー間には、既に信頼関係が結ばれている。誰がどう編集しようがそれなりのものができると信用しているため、今となってはわざわざ「どうかな?」なんて意見を聞く事がほとんどない。

 綾那は緊張した面持ちで、動画を見終わった騎士達の反応を待った。


「いや、正直、凄ぇと思う」


 まず口を開いたのは幸成だ。彼の言葉に綾那はパッと表情を明るくさせたが、しかし幸成は「ただ――」と続けた。


「綾ちゃん、俺と旭の事 盗撮し過ぎじゃねえ?」


 目を眇めながら「禅が「水鏡(ミラージュ)」使う前からやってるよね?」と問う幸成の横で、額に手を当て俯いていた旭も、ゆるゆると頷いて無言のまま同意する。

 綾那は軽く握った拳で己の頭をコツンと叩くと、小首を傾げ「えへへ」とあざとく笑って誤魔化そうとした。しかし、微塵も誤魔化されてはくれなかった幸成が「いやいやいや――」と言葉を続けようとしたところで、おもむろに颯月が口を開く。


「よく撮れてんだから別に良いじゃねえか、何が問題だ?」

「何がって言うと、全部が問題にも思えてくるんだけどよ」

「普段ウチで撮ってる演習の動画と一緒だろうが。綾は、騎士団のイメージアップを図るために最善を尽くしただけだ」


 取り付く島もなく断言する颯月に、幸成は「颯は綾ちゃんのやる事、成す事全肯定派だから、お話になんないんだよ」とため息交じりにぼやいた。


「いえ、しかし、撮影手段はともかくとして……確かに素晴らしい出来だとは思います。後ろで流れていた音楽も、綾那様が作られたのですよね?」


 旭の問いかけに綾那が笑顔で頷けば、彼は素直に「凄いですね」と感心する。馬車で移動するシーンはフルートメインで朗らかに。アルミラージ討伐時はギターとドラムを使ってロック調に。食事のシーンはピアノで明るく軽快に。


 普段領内の催しか何かで使うものなのか、別館には様々な楽器が揃っていた。そもそも音楽ソフトでもあれば打ち込みだけで簡単に作れたのだが、手元にないのだから仕方がない。綾那はそれらの楽器を借りて、なんとかBGMを完成させたのだ。

 ただ、本当に簡素なつくりの曲ばかりだし、録音した各楽器の音を無理矢理合成したため、ズレも気になる。四重奏のメンバーの耳に入れば「雑」と酷評されてしまいそうだが、しかし無音よりは遥かに動画が見やすくなったはずだ。


 編集した結果、動画の総再生時間は約二十分ほど。短すぎると記憶に残らないし、逆に長すぎてもダレてしまう。しかも流す場所は街中の大衆食堂だ。動画を視聴するためだけに、注文もせず長時間居座るような客が出ては困るだろう。二十分ほどであれば、食事しながら視聴するのに丁度いい長さなのではないか思ったのだ。


 流れとしては、綾那の音声のみのオープニング――「アイドクレース騎士団の日常をお伝えします」といったようなものだ――から始まり、馬車の横を歩く颯月に対するインタビューと、綾那殺しの笑顔、そして馬車に揺られる幸成と旭の姿。

 竜禅の解説付きの和巳の戦闘シーン、「水鏡」で姿を隠しながら撮った幸成と旭の連携のとれた戦闘シーンと、誰よりも早く「水鏡」に気付き手を振るファンサービスまで行った颯月の姿。

 アルミラージが突っ込んできたせいで「水鏡」の強制ネタばらしからの幸成、旭のリアクション、その後ろの颯月と和巳。旭が手際よくアルミラージを調理するシーンに、全員の食事風景。罰ゲームをかけた本気のジャンケン大会と、音声のみでまずい肉に苦しむ和巳の肉声に――最後は綾那の挨拶で動画の締めだ。


 思いのほか撮れ高が多かったため編集は難航したものの、綾那自身、ノリと勢いで撮った割にはなかなかの出来だと思っている。


「どうでしょう、大衆食堂にデータを渡してしまっても良いでしょうか……?」


 問題は、ほぼ全編に渡って盗撮されている若い二人と、音声のみとはいえ動画内で醜態を晒すハメになってしまった、和巳の反応である。

 窺うように騎士の面々を見やれば、颯月と竜禅が即座に頷いた。旭は「そもそも自分に拒否権はない」とでも言いたげに、まるで諦観したような虚ろな表情で頷き、意外な事に和巳も笑顔で頷いた。

 ちらと幸成を見やれば、彼もまた「いーよ、ダメって言ったってどうせ団長命令が飛んでくるだけだから」とため息を吐きつつも頷く。


「ありがとうございます! 早速、大衆食堂へ行っても良いですか?」


 綾那は安堵して颯月に問いかける。時刻はまだ昼前、朝の十時だ。もう少しで昼食をとるために客足が増え始める頃だろうから、動画を流すには丁度いい時間帯なのだ。

 ちなみに大衆食堂の店主には、事前に「動画データができたら店に置かせてほしい」と頼んで承諾を得ている。店主は新しい試みに好意的で、この動画が店の目玉になり、動画がきっかけで客が増えれば万々歳だと言ってくれた。魔物のまずい肉を売る事に関しても面白そうだと喜んだため、食堂の店主は相当に頭の柔軟な人物であると思う。


「表」のようにインターネットを介した動画配信ではないので、視聴者のリアクションが作成者である綾那に伝わりづらい。できれば公開初日くらい、綾那も大衆食堂に入り浸って視聴者の反応を生で見たいところだ。

 実際の反応を見て、このまま女性向けで突き進むのか、それとも男性向けに硬派な動画に方向転換させるのか――今後の動画方針を固めていきたい。


「禅、綾の護衛を頼めるか? 「水鏡」を使えるのは、俺を除くとアンタだけだ――街の人間の反応が見たいなら、姿は変えた方が良いだろう。綾はただでさえ目立つ上に、マスクも外せんからな」

「ええ、構いませんよ」


 颯月の言葉に頷く竜禅に、綾那は「ありがとうございます、助かります」と礼を述べる。


「綾、本当なら俺も一緒に行ってやりたかったんだが……今日は外せん会議があってな。欲に駆られて下手にサボると、また痛い目に遭いかねんし――」


 げんなりとした表情の颯月に、綾那は苦笑いを返す。彼はいまだに、正妃に連行された日の傷が癒えていないのだろう。


「でもそれって、副長の竜禅さんは参加しなくても平気なんですか?」

「私はほとんど颯月様の飾りのようなものだから、気にしなくていい。私の仕事は、颯月様の手が回り切らない部分へ手を貸す事――だから今回は、綾那殿の護衛がソレだな」


 淡々と答える竜禅に、綾那は「絶対に飾りなんてモノじゃないだろうな」と思った。

 しかしここは、彼らの厚意に甘えようではないか。団長の颯月が良いと言っているのだから、これで良いのだろう。


 綾那は改めて礼を言うと、早速に本分のデータを手にして「では、納品に行って参ります!」と、竜禅と共に勇ましく出かけたのであった。

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