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まずい肉

 時間の経過したアルミラージの肉――通称まずい肉。中性的な美貌をそのままに、和巳はそれを全力で噴き出した。彼はゴホゴホと苦しげに()せて――綾那はその様子を撮影しながら、「こちらの編集機能でも、キラキラ光る虹のモザイクは入れられるのだろうか」と真剣に悩んだ。



 ◆



 討伐から一時間が経過して、すっかり風味が落ちてしまったアルミラージの肉。騎士は全員、好奇心から一度は『まずい肉』を食べた経験があるらしく――そしてその誰もが、口を揃えて「二度と食べたいとは思わない」と言った。

 しかし、今回は食べてもらわねば企画にならない。「魔物肉、美味しい。こんなものを好きに食べられる騎士が羨ましいでしょう?」それも良いが、それだけでは足りないのだ。

 とびきりまずい肉を食べて、大オチをつけて頂きたい。


 そして、動画を映すためのモニター魔具を借りる大衆食堂にもまずい肉を卸す。この動画を見た視聴者が、興味を持って肉を注文したり、街で動画の事を「面白いから食堂へ見に行くべきだ」と話題にしてくれたりすれば、ついでに経済も回せる。広報活動として大成功である。


 ゆえに、誰か一人でも良いから、まずい肉を食レポしてくれないか――とお願いしてみたところ、唐突に騎士五人の熾烈(しれつ)なジャンケン大会が開催された。綾那は「奈落の底」にもジャンケンはあるのだなと感心しながら、図らずしも見応えのあるバトルが勃発した事により、これは動画の盛り上がりが増すぞと大喜びである。


 ――そうして栄えある食リポ係を任命されたのが、まさかの和巳であった。正直、見目麗しすぎる彼のキャラクター的にミスマッチ感はあるが、しかし彼らが正々堂々と戦った結果がコレなのだから、綾那が覆す訳にはいかないだろう。

 しょんぼりと落ち込んだ和巳の目の前で焼かれるアルミラージの肉。先ほどは焼ける匂いだけで涎が出たものだが、今回はどうにも様子が違う。


(なんだっけ、この匂い……なんか、生臭いというか――魚……そう、発酵した魚っぽいかな?)


 つい数分前まで絶品肉料理だったはずのアルミラージから、何故いきなり魚の匂いがするのだろうか。これは興味深いと、焼ける肉を撮影する綾那。しかし気付けば調理担当の旭以外、全員が簡易かまどから離れているので首を傾げる。

 調理している旭ですら顔を顰めているので、彼だって出来る事ならば、この場から離れたいのかも知れない。


 やはりこの国の人間はそもそも魚が苦手なのか。いや、正直魚介類に慣れ親しんでいる綾那からしても、この匂いは相当に癖が強いと思う。


「焼けました――」


 神妙な面持ちをした旭の手に握られた、アルミラージの焼き串。その見た目に問題はなく、先ほど食べた絶品の焼き串と、なんら変わりないように見える。プリッとした肉質に滴る脂。ただ、かなり独特な発酵臭を発している。これで腐っていないと言うのだから、不思議なものだ。


 その串を手渡された和巳は、なんとも言えない表情を浮かべてカメラ――綾那を見やった。その表情は、「本当にこれを食べるのか」と物語っているようだ。


「和巳参謀、グイッとイッちゃいましょう。後学のために、残った分は全て私が頂きますから」


 ――ひと口だけ食べて、騎士のリアクションが撮れればそれで良いのだ。

 和巳が手に持つ串には肉が二つ刺されているが、正直、ひと口齧ってくれるだけで彼の任務は完了だ。いくらまずいとは言われても、食材を残す訳にはいかない。残ったものは、企画発案者の綾那が責任をもって食す所存である。

 しかし和巳は、綾那の出した助け舟に安堵するどころか、ますます眉間に皺を寄せた。


「――いいえ、男に二言はありませんから」


 たかがジャンケン、されどジャンケン。勝負は勝負なのだ。それに負けてしまったからには、彼は男としてやり遂げるしかないのだろう。特に、女性と間違われるのがコンプレックスだと言う和巳は、殊更ムキになるのかも知れない。

 彼は深呼吸をすると、意を決したように顔を上げた。そんな彼の背後では、完全に他人事の幸成と颯月が「いいぞ、男気見せろ!」とヤジを飛ばしている。


(なんだろう……きっと皆にとって、とんでもない罰ゲームなんだな、コレ。なんだかさっきから、私の想定以上の面白動画が続いている気がする――なんて幸先がいいんだろう。もしかして、まだキューさんの加護って続いてる?)


 なんにせよ、良い事だ――そうして意を決した和巳の迎えた末路が、冒頭の全力肉噴射である。


 ゴホゴホと激しく噎せながらも、今の己の姿がカメラに映して良いものではないと察したらしい和巳は、馬車の陰へと移動した。高みの見物を決め込んでいた他の騎士の面々はと言えば――腹を抱えて笑う者二名、口元を押さえて震える者二名に分かれた。あの真面目な旭まで笑っているのだから、この罰ゲームは騎士の間で有名なモノなのかも知れない。


 ちなみに桃華も、馬車の荷台に座ったまま口元を押さえて、笑い声を上げないよう震えている。


「どうですか皆さん、屈強な騎士でさえ耐えられない、まずい肉です――さて、私も試食してみましょう」


 投げ捨てられなかっただけ、まだマシと言うべきか。どさくさに紛れてかまどの上の鉄板に戻された、まずい肉の焼き串。綾那はおもむろにそれを手に取ると、一言も言葉を発する事が出来なかった和巳の代わりに、食リポしようと口にした。


「えっ、ちょっ、綾ちゃん! 何も綾ちゃんまで食べなくたって……!」


 慌てた様子で手を伸ばす幸成に構わず、綾那は肉を咀嚼する。


「う――こ、これは……なんという事でしょう、先ほどと同じアルミラージには思えません……! 触感はまるで、分厚いゴムのようで――ング、とてもグニグニしていて、なかなか噛み切れません……っそれにこの味と、匂い……何かに似ていると思ったら、魚醤(ぎょしょう)に近いですね! それも未精製の、かなり癖が強いもの――苦手な人には相当厳しい食べ物です……!」


 綾那は事細かに食リポしながら、しかしいつまで経っても噛み切れない肉の塊を、思い切ってゴクンと飲み下した。魚醤――精製された市販のナンプラーならば癖も少ないが、これは癖が強すぎる。まるで、発酵させた魚が一つも取り除かれる事なく、そのまま全部まとめて口の中に入ってきたようだ。

 食べ慣れない風味に、綾那はマスクの下で眉根を寄せた。


「罰ゲームにぴったりなこのまずい肉、今回は特別にいくつか食堂へ卸していますよ! 皆さんも一度、試してみてくださいね。お口直し用の注文をすることも忘れずに――と、一言注意をしておきますが」


 綾那はそこで一旦言葉を区切ると、ゴホンと咳払いをしてから再び口を開く。


「では、今回の動画はここまでです! またお会いしましょう、サヨウナラ~」


 己が映る訳にはいかないので、綾那は音声のみの挨拶をしてからカメラを下ろした。そこでふと、「ああ、和巳さんの問題のシーンは、彼のキャラ的にもモザイクではなく音声のみで楽しんでもらうのが良いかも知れないな」なんて漠然と考える。

 そして、「まずかったでしょ、平気!?」と慌てたようにカップに入った水を差し出す幸成に礼を述べながら、口の中に色濃く残った魚醤の後味を喉奥へ洗い流す。


(なんて奥が深いんだろう、魔物肉)


 たまたまアルミラージが魚醤風味なのか、それとも全ての魔物肉がこうなってしまうのか――否が応にも興味が湧いてしまう。やはり綾那は生粋のスタチューバーなのだろう。


「しかし、綾那殿はあれを飲み下せる胆力の持ち主なのか……強者(つわもの)だな」

「え? いやあ、なんと言うか……結構、罰ゲームとは縁深い職業だったので」


 苦笑する綾那に、竜禅は感心したように「ほう」と呟く。そう、綾那は過去四重奏の企画で、罰ゲームとして苦い茶や激辛ソース、ドリアン、くさや――果てには、「全く飲み込めない、喉が拒絶してる」と涙を流しながら、シュールストレミングを食べた事だってあるのだ。

 最早「やや癖の強い魚醤」程度では、綾那を泣かせる事など出来やしない。


「とにかく、今日の撮影はこれで終わりにしましょう。あとは私の編集次第ですね、皆さん本当にお疲れ様でした」


 綾那が深々と頭を下げれば、幸成と旭が安堵したようにほっと息をついた。


「楽しめたか?」


 小首を傾げ問いかけた颯月に、綾那は満面の笑みを返す。


「――ええ、とっても!」


 今日一日、綾那は本当に楽しかった。初めて見る景色に、初めて見る魔物。数々の魔法と、まだ綾那もよく知らなかった騎士達の愉快な姿。今は一刻も早く本部に戻って、撮影した動画の編集をしたい。鉄は熱い内に打て――だ。

 しばらくの間は王都アイドクレースの大衆食堂で独占放送になるだろうが、ゆくゆくは全国的に配信できれば良いのにと思う。そうすればキューの到着を待たずとも、各地に散り散りになった仲間達が「王都に綾那が居る」と気付いてくれるだろうに。


 綾那は改めて周囲の景色を見回した。色の変わらない漆黒の空、浮かぶ光源。一面に広がる草原に、街道が続いた東の森。


(ん? 今一瞬、森で何か光ったような――気のせいかな)


 綾那は数度目を瞬かせて東の森を見たが、しかし変わった様子は見受けられない。恐らく、空に浮かぶ魔法の光が妙な反射を起こしたのだろうと納得した綾那は、颯月に「早速ですが、編集のやり方を教えてください!」と頭を下げた。

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