どっきり企画
――「やっぱりまだ緊張が解けないようなので、一旦休憩しますね。今回はお肉を調理して食べるシーンが目玉ですし、そこから撮影を再開させましょうか」とは、綾那の言葉である。
綾那はその言葉通りに、竜禅と桃華を連れて姿を消した。恐らくアルミラージの討伐が終わるまで、どこか離れた場所で身を休ませているのだろう――。
「――と、幸成くんと旭さんは思っている訳ですね」
「彼らのあの安堵した表情を見れば、容易に読み取れるな」
「ええ。ではでは、始めて参りましょう! 「騎士様はいつ「水鏡」に気付くかな?」のコーナーです……!」
竜禅に「水鏡」――傍からは姿が見えなくなる壁――を作らせた綾那は、まるで寝起きどっきり企画でも敢行するように声を潜ませながら、「イエーイ」と小さく拳を上げた。その横で竜禅が綾那を真似て拳を上げたシーンは、しっかりとカメラに収められている。
桃華は初め「もし、撮影の邪魔になったら――」と共に行動する事を遠慮していたが、しかし街の外での単独行動は危険だという事で、綾那と共に「水鏡」の壁に潜んでいる。
こんなおふざけ企画だが、曲がりなりにも騎士の宣伝動画だ。広報担当の綾那は最低限、声で出演せざるを得ないとして、しかし職務中に女性を連れてチャラついているとは思われたくない。桃華には悪いが、撮影の間は声を出さないようにとお願いしてある。
(コーナー企画まで作るとなると、オープニング動画も撮りたくなってくるなあ。この際撮る順序はメチャクチャでも、後で編集しちゃえばどうという事はないってね! 今はとにかく、動画にできる素材がたくさん欲しい)
カメラを意識する事がなくなって、ようやく肩の力を抜いた幸成と旭。彼らはほっと息をついて周囲を見回している。ちなみに、先ほど和巳が拘束したアルミラージ一羽は頭を落とされて、即席の物干しに逆さ吊りで血抜きの最中だ。
アルミラージは昼に活動的に動くと言っていたから、もっと群れを成して行動するものと思っていたが――意外と街周辺に現れる個体数は限られているようだ。騎士は次なる獲物を探しているらしい。
「竜禅副長、企画の説明をお願いいたします」
「ああ。我々は現在、「水鏡」で彼らから姿を消して撮影している。理由は単純明快、照れ屋な騎士がカメラに委縮して、本来の力を発揮できないからだ」
「普段、威風堂々としている騎士にも、意外な一面があるものですねえ」
「個人差はあるだろうがな。とにかく、「水鏡」で隠した我々の存在にいつ気付くか――というお遊びだ。念のため言っておくが、街中で見かけた騎士に許可なくこのような事をすれば犯罪だ。決して真似しないように」
「騎士に限らず、盗撮はしないでくださいね。私達は、颯月騎士団長の許可を得た上で『どっきり企画』を行っております」
――実際には、まだ颯月にも話していないのだが。
まあ、「騎士団の宣伝動画を撮る」と言ってこの場に集まった面々なのだ。それはもう、この場に来た時点で盗撮の許可も得たと同義である、という理屈だ。盗撮に関する注意喚起もしたところで、綾那は騎士達を一人一人ズームアップしていく。
「ところで副長。騎士は、魔法と剣で戦うのが主流ですか?」
かなり騎士と近い場所まで移動しているため、綾那は声量を抑え気味にして問いかける。
あの逆さ吊りにされたアルミラージは、和巳に足止めをされた上で腰に佩いた長剣で首を落とされた。颯月以外は全員長剣を携えているため、恐らく騎士の基本装備なのだろう。
「そうだな。入団した者は魔法の適性を見つつ、必ず剣の扱いを学ぶ。長剣は魔法と相性が良いんだ。形が単純で「属性付与」しやすく、リーチもそう悪くない」
「なるほど。モノの形状によっても変わってくると――ちなみに「属性付与」は、雷だけでなく全属性あるのでしょうか?」
「ああ、その通りだ。それぞれ詠唱は少しずつ異なるがな」
きっと颯月は、全ての詠唱を覚えているのだろう――と思いながら、ふと綾那は考え込んだ。この世界「奈落の底」は、魔法が全てで科学が発展していない世界だ。実際に魔法に触れた綾那自身、これだけ便利なら、それは科学も発展する余地がないだろうと実感している。
水を出すにも火を熾すにも、生活家電を使うための電力にしても、何から何まで魔法で賄えてしまう。それは何も日常生活だけに限らず、こうした戦闘行為についても同様だ。
ある程度行動の自由を認められた綾那は、悪魔憑きの教会へ行く時や、桃華とお茶をする時など、颯月と共に街歩きをするようになった。様々な店を見て回り、時には好奇心から武具店を訪れた事もあるのだが――ありとあらゆるモノが揃う王都の店であっても、置いてあるのは長剣、長槍、そしてクロスボウのような弩弓が主流だ。
綾那が愛用するジャマダハルのような短剣の類は置いておらず、ナイフなどは武具店でなく、包丁などを扱う刃物店に置かれているらしい。長物が多いのは、恐らくここが魔法の蔓延る世界だからだ。
人は勿論、悪魔、眷属、そして魔物までもが魔法を使う。遠距離射程の魔法相手にリーチの狭い短剣では、分が悪すぎる。相手の懐へ入る前に魔法で無力化されてしまうだろう。
魔法が基本の攻撃手段で、そしてこの世界の科学が発展していないからなのだろうか。綾那が見た限りでは、アイドクレースに銃器の類は存在しなかった。絨毯屋の大倉庫を魔法で爆破した幸成しかり、魔法で顕現できてしまうせいか火薬、爆薬の類も見ていない。
例え火の属性魔法が使えない人間であっても、例えばこのカメラのように専用の魔法陣が込められた魔具を用意すれば――その魔具こそが爆弾の役割を担うのだろう。
(陽香、弾が補充できなくて困っているだろうな)
思うのは、魔獣狩り用に携帯している銃二丁を持ったまま奈落の底へ落ちた、陽香の事である。彼女の銃の腕前は確かだが、しかし当然それは撃つ弾があってこそ。服の下に替えの弾倉はいくつか持っているだろうが、もう奈落の底に落ちてからひと月以上経つのだ。さすがに弾切れを起こしているだろう。
戦う手段をなくした陽香の身の安全も心配だが、そもそも彼女にはトリガーハッピーな一面がある。大好きな銃を撃つ事ができずに、ただ悶々とフラストレーションを抱えていたらと思うと――何やら可哀相になってくる。
(いけない、今は仕事中だ)
つい郷愁に浸ってしまったが、今は職務の真っ最中である。綾那は気持ちを切り替えると、撮影に集中した。ふと見れば、いつの間にか二羽目のアルミラージを発見したらしい幸成が、小さな火炎弾の魔法を放って追い立てているようだ。逃げ惑い追い立てられた先には、剣を構えた旭が立っている。
幸成が放った火炎弾を、ぴょんと高く跳躍して躱したアルミラージ。しかし、いくらフットワークが軽かろうが、空中に居ては避けられないだろう。その首筋を旭の剣が横薙ぎにして、瞬く間に二羽目の兎が物干しに吊るされた。
「素晴らしい連携ですね、先ほどまでとは大違いです!」
「よほどカメラの存在が気になっていたらしいな」
見るからに動きの変わった幸成と旭に、竜禅は呆れた様子で呟いた。隣に立つ桃華も苦笑を浮かべながら、何度も頷いている。
(色々な魔法が見られて、撮影している私自身楽しいかも。やっぱり派手で見応えがあるなあ)
軽く掲げられた幸成の片手の平に、旭は困ったように笑いながら己の手をパンと合わせた。
病の妹を救うという、人の道を外れざるを得なかった理由があったとは言え――旭は幸成の恋人、桃華を誘拐した実行犯である。絨毯屋に手酷い罰を与えた幸成は、しかし旭については意外と根に持たず、友好的に接しているように見える。ただ、やはり旭の方は彼に遠慮しているのだろう。
戸惑いながらでもハイタッチができるほどの仲ならば、あまり心配する必要はないのかも知れないが――。
(若い二人がハイタッチ……うん、爽やかでいいシーンだな。ここは絶対に使おう)
撮影しながら編集について考え出した綾那は、ふと颯月がこちらを見ている事に気付く。「水鏡」で姿は見えないはずだが、綾那達の話す声が大きかったのだろうか。綾那が小首を傾げると、同じく颯月に気付いたらしい竜禅が説明する。
「ああ、颯月様は感覚的に私の位置が分かってしまうから――失敗したな、「水鏡」だけ置いて私は離れるべきだったか」
「えっ、そうなんですね! そっか、共感覚とか、主従契約とか、特別な魔法で繋がっているんでしたっけ」
「厳密に言うと魔法とは少し違うのだが、そうだな。まあ、問題は幸成と旭だ。このまま続行しよう」
竜禅の言葉に「そうですね」と続けた綾那だったが、不意に颯月がこてんと頭を傾けて、金混じりの黒髪がさらりと彼の顔に影を落とした姿に――やはり綺麗な髪だと見惚れてしまう。
颯月は何を思ったのか、「水鏡」で姿こそ見えないながらも、綾那達が居る方へ向かって柔らかい笑みを湛えながらヒラヒラと片手を振った。綾那は堪らず「今日も颯様のファンサがバグってる……ッ!」と、片手で口元を押さえながら、震え声を上げる。
しかし――幸成や旭が気付くとよくないと察しているのか――颯月はすぐさま綾那達から目線を外して、正面を向いた。
「これ、絶対に無料で垂れ流していい映像じゃない゛ッ……!!」
「綾那殿、あまり動くと映像が乱れるぞ」
「……ごめんなさい、取り乱しました」
深呼吸する綾那を見て、竜禅は「いや、見ていて面白いので、私は一向に構わない」と言って口元を緩めた。その横では桃華が「本当にお姉さまは、颯月様がお好きなんですね」と生暖かい目をしていて、綾那は否定する事もできずにぐうと唸った。
――正直、騎士のイメージアップはともかくとして、今回の動画一本で颯月のイメージは爆上がりな気がする。勿論、颯月ファンである綾那の欲目もあるだろうが、しかしこれだけ柔和な笑顔を見せられれば、街の人間の意識は変わるだろう。
ただでさえ女性の間で「悪魔憑きだが、とにかく顔がいい、元王族」という意識の下地はあるのだ。悪魔憑きとしての外見だけでなく彼の人となりを知れば、きっと皆が好きになってくれる。
(やっぱり、ちょっとなんか複雑だけど、でも、楽しみでもある)
どう転ぶかはまだ分からないが、転んだ先が彼にとって少しでも良い方向であれば幸いだ。綾那は口元を緩めながら、カメラのレンズを颯月の横顔に向けた。
――ちなみにこの盗撮についてだが、三羽目のアルミラージの逃亡先がたまたま綾那達の居る方向で、仕方なしに魔法で「水鏡」ごとアルミラージを吹き飛ばした竜禅の手によって、強制ネタばらしとなった。
突然姿を現した綾那達、そしてカメラにぽかんと目を丸めて体を硬直させた旭と、「禅、テメー! またやりやがったな!」と憤慨する幸成。その後ろで腹を抱えて笑う颯月と肩を竦めた和巳の様子は、綾那の想像以上に素晴らしいリアクションであった。




