表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/481

アイドクレースの流儀

 空に浮かぶ光源を反射して輝くのは、金色の角。黒いふわふわの毛皮に覆われた大兎――そのつぶらな瞳は、苺のように赤く煌めいている。アルミラージという生き物は、綾那の予想通り大変可愛らしい大兎であった。草原の葉を齧りながら、ぴんと伸びた耳をひこひこと動かして周囲を警戒する様は、見ているだけで癒される。


 しかし、帯剣する騎士の姿を視認するや否や、癒し兎の姿は消えてしまった。真ん丸だった瞳を鋭く吊り上げて、尖った前歯をガツガツと噛み合わせながら鼻息荒く威嚇する様は、まごうことなく『魔物』といった形相である。どうやら、気性が荒いというのは事実らしい。


「兎さん……初めは可愛いと思ったけど、ちゃんと、しっかり魔物なんだね」

「実は、私もアルミラージを見るのは初めてで……普段街から出る事って、ありませんから」

「そっか。女性の戦闘行為は自衛以外、法律で禁止されているんだもんね」


 とてもいい笑顔で「あ、でも、アルミラージ由来の服ならウチの店にも置いてあります! とってもフカフカなんですよ」と続ける桃華に、今まさに目の前で動く生き物の毛皮から作られた服なのか――と思うと、綾那は何やら複雑な気持ちになった。

 まあ、「表」でもアンゴラウサギのコートとかミンクファーのマフラーとか、動物の毛皮を使った服飾品は多々ある。あるとはいえ、生きて動く様を見るとどうにも複雑だ。アルミラージは毛皮目的で乱獲されないのだろうか。

 彼らは動物ではなくあくまでも魔物だから、乱獲されたとしてもあまり深く気にする事はないのかも知れないが――。


「竜禅副長」

「ああ、質問なら常時受け付けている」


 綾那はカメラを騎士とアルミラージに向けたまま、隣に立つ竜禅へ声を掛けた。彼は待ってましたと言わんばかりに応えてくれる。やはり、厳粛そうに見えてノリが良いらしい。


「アルミラージと対峙する場合の、注意点やポイントなどあればお伺いしたいのですが」

「彼らは一見、人畜無害そうな姿をしているが魔物だ。もちろん魔法を使うため、安易に近付く事はお勧めできない」

「魔法――アルミラージが使う魔法の属性には、傾向があるのでしょうか? それとも、個体差が?」

「ごく稀に変異種が生まれる事もあるが……基本的には雷属性だ。頭の角に雷を纏って突いてくる時には「属性付与(エンチャント)」、角に雷を溜めて放出する「雷撃弾(サンダーボルト)」という魔法を使う事もあるな」


 ――属性付与(エンチャント)。それは確か、綾那が初めて颯月と会った時に見た魔法だ。彼は綾那の身の丈程ある大剣に魔法の雷を纏わせて、地球外生命体を焼き払ってくれた。


(あの時はフルプレートアーマーでお顔が見えなかったから、正直「魔法だ、凄い」としか思わなかったけど――今、改めて颯月さんにあんな助け方されたら、そんなの惚れるなっていう方が無理あるんじゃない? だって、あの顔だよ?)


 綾那は一人納得したように頷いて、撮影を続ける。


「アルミラージは、魔法さえ使えれば簡単に倒せるものですか? 例えば子供でも」

「彼らは決して強敵ではない。しかし脚の筋肉が発達しているため、フットワークが軽い。魔法にしろ物理にしろ、当てる事さえできれば子供でも討伐は可能だが、実際問題ただ当てるだけの事が難しい。有効な手段は――」


 言いながら竜禅は、騎士を指差した。ちょうどその時、半透明な鞭のようなものがアルミラージの脚を絡めとって、ぴょんぴょんと忙しなく跳ね回っていた動きを止める。


「わあ、アレは何ですか?」

「風属性の魔法、「風縛(バインド)」という。対象物の手足を絡めとり、動きを制限するものだ。参謀の和巳は、敵の足止めや動きを妨げる魔法を得意としている。彼の魔力操作は巧みで素晴らしい」

「魔力操作……なるほど、魔力が強ければ強いほど良いという訳ではないんですね」

「ああ。「風縛」を全力で行使すれば、足止めどころか真っ二つに――まあ攻撃魔法として考えればアリだろうが、本来の用途からは外れるだろう。巧みな魔力操作ができてこそ、初めて本物の「風縛」と呼べる」


 竜禅の説明に、綾那はほうと感心する。そもそも魔法が使えない綾那には分かりづらいが、とにかく和巳は凄いという事だ。


「ちなみに、竜禅副長は――」

「私か? 残念ながら、私は水属性ひとつしか使えんので論外だな」


 彼は悪魔憑きではないからそれで当然なのだろうが、しかし使える属性が水のみと聞くと、何やら意外だった。綾那の中で、彼はなんでもそつなくこなしそうなイメージがある。抑揚の希薄な淡々とした喋り方のせいか、それこそ物語に出てくるような高性能アンドロイドのごとく。

 相槌を打ちながら、綾那はカメラを操作して映像を拡大した。


 脚を風の鞭に絡めとられて、拘束から逃れようとジタバタ暴れる黒兎。その正面には、魔法を行使する和巳が片手を翳して立っている。

 一つ結びにされた、男性にしては長い髪の毛が風に靡く。涼しげな瞳は目の前のアルミラージに集中していて、カメラで撮影されている事など全く気にしていない様子だ。

 やはり彼の中性的な容姿は、分かりやすく美しい。女性ファン獲得の為にと思っていたが、しかし同時に男性ファンもつきそうである――彼がその事についてどう思うかは、なんとも言い難いが。


(やっぱり颯月さんもいつも通りだし、和巳さんも平気そう。問題は――)


 近くで撮影できればもっと詳細に映せるのだが、幸成と旭の気が散ってしまうため難しい。綾那は現状、騎士達からだいたい五十メートルほど離れた位置でカメラを構えているのだ。それでもまだカメラの存在が気になるのか、顔と体を強張らせている青年二人がカメラに映ったため、綾那は苦笑した。


 もっと離れるべきか、それとも、草陰に身を潜めてこっそりと撮影するべきか。まるで隠し撮りをしているような――もしくは、警戒心の強い野生動物の撮影でもしているような気分になってくる。だとすれば、こちらの存在を意識されている時点で大失敗なのだが。


「幸成、()()の時は普通だったのになあ」

「演習?」


 彼の気もそぞろな様を見かねたのか、桃華は思わずといった様子で零した。綾那が首を傾げれば、桃華は何度も頷く。


「年に何度か、騎士団の演習――訓練の様子を撮影する決まりがあるんです。確か、己を客観的に知る事で、武芸の更なる向上を目指すという名目で。私も何度か、撮影された動画を見た事があるんですけど……その時は幸成、あんなに硬くなってないんです。一応軍師だから、訓練の責任者として長い時間映されているのに。それがあんなガチガチになっちゃうなんて、なんだか不思議で」

「――ああ、その手があったか」


 どうして今日はあんなに硬くなってしまうのだろうと首を傾げる桃華に、竜禅がぽんと手を打った。「その手とは?」と問う綾那に、彼は口元を緩める。


「綾那殿、いっそ「水鏡(ミラージュ)」を使ってしまおうか」

「え? で、でも……つまりカメラと私達の姿を、彼らの視界から隠してしまおうという事ですか? それっていよいよ、本格的な盗撮行為になるのでは――」


 難色を示す綾那に、しかし竜禅はゆるゆると首を横に振った。


「実は、演習の撮影係は例年私が任されている。ただ、見える位置でカメラを構えると、いつもああして幸成が普通ではなくなるのでな。彼は曲がりなりにも軍師、教育の責任者だ。しどろもどろになっている不甲斐ない様を撮影して、若手騎士に見せる訳にはいかないだろう? だからいつも「水鏡」を使って、彼の認知の外側で撮影している」

「そ、そうは言いましても、やはり隠し撮りは――」

「安心して欲しい。私は既に、盗撮に関して後ろめたさなど欠片も感じない領域へと至っている」

「な、何をもってして安心なのでしょうか!?」


 胸を張って淡々と問題発言をする竜禅に、思い切りツッコミを入れた綾那。しかし、同時にある事を思いつく。


(いや、でも――今後もしばらくこのメンバーで撮影を続けて行くなら、いっその事そういう『企画』にしてしまうのはどうだろう?)


 プロのスタチューバーとしては、「許可なく盗撮、ダメ、絶対」だ。しかし、普段から竜禅による盗撮が横行しているというのならば、幸成だってある程度、盗撮される事に慣れてしまっているのではないだろうか。しかも竜禅が盗撮の常習犯になるぐらい繰り返されているという事は、団内でもあまり問題視されていないはずだ。


 であれば、いっそ「幸成と旭は、いつ盗撮に気付くかな?」というコーナー企画にしてしまえばいい。

 勿論、今後視聴する街の人間がこの動画を真似て、騎士を無断で盗撮するような事になると困るため、注意喚起は必要になるだろうが――。

 盗撮に気付いた彼らが「いつから」と戸惑い慌てて、途端にぎこちなくなる()は面白いだろう。逆に、最後まで盗撮に気付かないというのも面白い。連載企画にして、「彼らが撮影されている事に気付くのは、いつの日か――」で締めくくればいい。

 そんな企画もあった方が、騎士の遊び心が伝わる気がする。お堅いだけの宣伝動画よりも親しみやすく、しかも上手く嵌れば「次の動画ではどうなるのか?」と、()を期待してくれるはずだ。


(あとは私が常識を捨てて、良心の呵責(かしゃく)を無視すれば良いだけ……!)


 ――などと綺麗ごとを言ったものの、そういえば綾那はつい先ほど、馬車に揺られる幸成と旭を盗撮紛いの手法で撮影しているのだ。


(…………じゃあ、もう、いっか?)


 決してよくはないのだろうが、いつか颯月も言っていた。「郷に入っては郷に従え」と。今回はアイドクレース騎士団の流儀――撮影方法に従おうではないか。


「では、お願いしてもよろしいですか?」

「ああ、お安い御用だ」


 綾那の言葉に、竜禅は嬉々として頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ