表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/481

新たな目標

「光は豊穣を」

「……光は豊穣を」

「闇は安穏たる休息を」

「闇は安穏たる、きゅ――えっ、アレ!? 颯月さん、()()……ッ!」


 ――明らかに聞いた事があるヤツだ。しかも既に一度痛い目を見た、かなりまずい魔法である。

 ハッと気付いた綾那が慌てて颯月を見やるが、ここまで唱えてしまえばもう遅いだろう。案の定彼は、静かに首を横に振った。


「綾、ダメだ、続けろ。暴発する」

「きっ――休息、を……!」


 眉根を寄せながらもなんとか詠唱を続ける綾那に、颯月は「ああ、いい子だな」と目元を甘く緩ませた。


「――じゃあ次、全なる創造主よ」

「…………全なる、創造主よ」

「我らを慈しみ、光と闇の祝福を授けたまえ」


 言いながらソファへ戻って来た颯月の左手薬指には、いつの間にかシルバーのリングが嵌められていた。彼が元々嵌めていた指輪は今、綾那の指にある。それ以来彼は婚約指輪を外したままだったが、新しく購入したのだろうか。


(そういえば前、街で宝飾屋さんに行っていたけど……! いや、そりゃあ桃ちゃんの他にもお預かりしている娘さん達が居る訳だから、婚約指輪がないと困るんだろうけどさ! でもだからって颯月さんまで、わざわざ「契約(エンゲージメント)」する必要はないのでは……!?)


 唱え切らねば魔力が暴発すると脅されたが、いっそ暴発させるべきではないか? そうでなければ、綾那と颯月の関係性がいよいよ分からなくなってしまう。

 まず、四重奏のメンバーにどう言い訳をすればいいのだ――いや、綾那と颯月は友人のはずだ。正直言って颯月の事は好きだが、一夫多妻など絶対に耐えられない。


 そもそも、いつか「表」に帰る綾那が婚約を結ぶなど、無責任にも程があるではないか。次から次へと浮かんでくる思考に、綾那はグッと眉根を寄せて口を噤んだ。

 恐らく竜禅よりも、悪魔憑きの颯月の方が魔力が強い。だから彼は綾那と違って、「契約」を解除しようと思えば自分の力でできるのだろう。

 ――とは言え、やはりこの先へ進むのはまずい。暴発を選ぶしかない。きっと颯月ならば、魔力の暴発すら何とかしてくれるはずだ。


「そう、か――俺は本気で共に()りたいと思うが、綾はそうじゃあないんだよな……」

「………………はい?」


 詠唱の途中で口を噤んだ綾那に向かって、颯月は手元に目線を落としながら切なげに左目を伏せた。


「いや、良い。無理強いしたようで悪かった」

「……颯月さん?」

「素顔を見て尚、俺を好ましく思ってくれる女なんてアンタが初めてだったから……ついはしゃいじまった。こんな俺でも好いてくれるんじゃないかって期待して――なんとも思ってない男から一方的に言い寄られるなんて、さぞかし気持ち悪かっただろうな」


 自重気味に笑う颯月に、綾那は頭を抱えた。意味が分からない、どうしていつもこうなるのだ。

 颯月は宇宙一格好いいくせに、どうも悪魔憑きとして呪われた半身に多大なコンプレックスをもっている。過去、女性関係でよほど辛い事があったのかどうか、綾那には分からないが――とにかく、眉目秀麗にもかかわらず容姿に対して卑屈になり過ぎるきらいがある。


 綾那が唯一絶対神に向かって「気持ちが悪い」なんて思うはずがないのに。「なんとも思っていない男」というのだって語弊がある。

 ――いや、そもそも神にこんな顔をさせて許されるはずがない。こうなればもう、()()しかないではないか。


 綾那は、脳内でひとしきりメンバーに向かって謝罪した。想像上のメンバーから受けた返答は「お前、マジでぶっ飛ばすぞ」だったが、仕方ない――仕方がないのだ。覚悟を決めて大きく息を吸い込むと、震え声で詠唱の続きを口にする。


「わ――我らを、慈しみ……」

「綾?」

「光と闇の祝福を、授けたまえ……!」

「綾、無理しなくていいんだぞ」

「――こ、これ、「契約(エンゲージメント)」ってヤツでしょうが! 「契約」ったら「契約」ォ!」


 やけくそになりながら魔法を唱えれば、颯月の左手薬指に嵌められた指輪がカッと白く光った。途切れ途切れだった上に私語まで挟んだ詠唱だったが、どうやら魔法は無事に発動したようだ。

 ふと綾那が手元に目線を落とせば、濃い青色だったはずの魔石が透明になっている。どうも今ので、充填されていた魔力全てを使い果たしてしまったらしい。


(へえ、「契約」って結構、魔力を消耗するんだ。生活魔法を使う分には、一週間ぐらい充填しなくても困らなかったのに)


 透明になった魔石をまじまじと見た後、綾那は正面に座る颯月へ視線を上げた。つい先ほどまで切なげに顔を歪ませていた彼は、途端にパアと表情を明るくさせて嬉しそうに指輪を眺めている。

 綾那はソファにもたれかかると、スンと虚ろな表情で天井を仰いだ。


(良い。良いのよ、コレで……こんな事で神が喜ぶなら悔いなし。一片(いっぺん)もなしだよ? ……ああぁあホント、マジでぶっ飛ばされるかも――)


 悔いなしと言いながらも、綾那はメンバーと再会するのが大変恐ろしくなった。何やら胃がキリキリと痛むような気さえする。まず、婚約魔法なんてものの存在をひた隠しにしなければ。そして、颯月とはあくまでも友人であると主張して、それから「好き」と言ってもラブではなくライクだと伝えて――それから、それから。


 一体どう言い訳したものかと考えていると、不意に颯月から「綾」と呼び掛けられたため顔を向ける。


「見ろ、綾の瞳の色だ。桃色の瞳なんて他で見た事がないから、こんな婚約指輪はこの世に一つだけかも知れん――禅の魔力を使ったから青に染まると思ったのに、嬉しい誤算だ」

「……わあ、本当だ」


 ぐっと机に身を乗り出して、左手ごと指輪を見せる颯月。元々ただのシルバーリングだった指輪には、まるでピンクダイヤモンドのような桃色の宝石が散りばめられている。男性が身に着けるには、やや甘い色合いの指輪になってしまったが――しかし色素が薄いため、近くで見なければ普通のダイヤにも見える。


 ちらと指輪から視線を上げれば、目元と口元を緩ませた颯月と目が合って苦笑した。


「また簡単に騙されたな? ホント素直で可愛い女。魔具を使うのに詠唱なんて必要ないし、詠唱を途中やめしたからって魔力が暴発する事もない。しかし、一度しか聞いてない「契約」の詠唱に途中で気付くとは、なかなか見どころがあるぞ」


 すっかり上機嫌になったらしい颯月は、左手を天井に向けて指輪の角度を変えながら言葉を紡ぐ。

 綾那はといえば、最早開き直りの境地である。済んでしまった事は仕方がない。颯月が楽しんでいるなら、もうなんでも良い。

 しかしそれはそれとして、文句の一つくらいは言うべきだろうか。ポットに入った茶を二人分のカップに注ぐと、綾那は小さく頬を膨らませた。


「どうして、そうやってすぐに意地悪するんですか」

「意地悪? ……意地悪か、いいな。男ってのは好いた女に意地悪したくなるものらしいじゃねえか、なるほどこの世の真理だ」

「それって小学生――じゃなくて、子供の話では?」

「男はいくつになっても子供と言うけどな」


 ――ああ言えばこう言う。颯月は口が達者だ、ただでさえ論争に弱い綾那では勝負にならない。


(というかホント、簡単に好きとか好みとか言わないで欲しい……惑い殺し反対)


 また綾那がため息を吐けば、颯月は顔色を窺うように首を傾げた。


「……悪い、怒ったか?」

「いいえ、自分の迂闊さを嘆いていただけです――でも、どうして颯月さんまで「契約」を?」

「俺も、人の色を纏ってみたくなったから」

「色……それって、この国の風習の?」


 相手へ好意を伝えるために、髪や瞳と同じ色の服やアクセサリーを身に纏うとか、逆に己の色が付いたものを相手に贈るとかいう、アレの事だろうか。綾那が首を傾げると、颯月は笑って頷いた。


「服は制服があるから無理だろう? 装飾品も邪魔になるし……ただ、指輪なら付け慣れている。どうせ指輪に色を付けるなら、「契約」で付けたかった――恐らく今後、一生する事がないだろうしな。経験できて良かった」

「え? いや、するでしょう――?」


 今は結婚について後ろ向きの颯月だが、いつかは結婚もするはずだ。まさか、子供がつくれないからと生涯独身を貫くつもりなのだろうか。それはさすがに神の無駄遣いである。

 綾那が心配になって颯月を見やると、彼は手を差し出して「魔石を貸せ」と告げた。言われた通りに手渡せば、透明の魔石は彼の手の平の上で、見る見るうちに紫紺色に染まっていく。

 初めて森で見た時にも思ったが、やはり彼の魔力の色は美しい。綾那が感嘆の息を漏らすと、颯月がおもむろに口を開いた。


「魔石……今後は俺が充填するから、他には頼むな」

「え? いや、でも、颯月さんお忙しいのでは――」

「これぐらいなら、居眠りしながらでも出来る。綾に会うための口実づくりだ、分かるだろう?」

「――ぅぐっ」

「綾が身に着けるものは、これからも俺が用意して良いか? そろそろ新しい服も買う頃合いだな、二、三日中に見繕って贈ろう」


 何やら結婚の話をはぐらかされたような気もする。しかし綾那は、そういえば颯月に確認しておかねばならない事があったと思い至る。


「颯月さん。以前贈ってくださった衣類は、全て颯月さんが選んでくださったんですか?」

「うん? ああ、全部よく似合うと思ってな」


 目元を緩ませる颯月を見て、綾那は半目になった。


「なるほど、()()――下着もですか?」


 颯月は綾那の問いかけに答えずに、無言のままカップを手に取ると茶をすすった。


「颯月さん、どうして私の――その、体のサイズが」

「――いやあ……今日はいい天気だなあ」

「めちゃくちゃに雨ですけどね!?」


 やけに爽やかな物言いをしながら視線を窓の外に向けた颯月に、すかさず綾那がツッコミを入れる。すると彼はカップを机に置いて、ふうと一つ息を吐いた。


「――「分析(アナライズ)」という魔法があってだな」

「それは……やはり、ものを鑑定するような魔法ですか?」

「ああ、キラービーの毒を調べる時にも使った魔法だ。異大陸から身一つで攫われて来て、着替えがないのは辛かろうと思って……誓って下心はない、善意の行動だった」


 善意の行動、それは確かにそうだろう。しかし、世の中にはやって良い事と悪い事があるのだ。妙齢の婦女子に無断でスリーサイズを盗み見るなど、成人男性がやって良い行いではない。

 しかも彼の手際の良さから察するに、恐らく常習犯である。将来を思うと心配でならない。果たしてどう注意したものかと眉尻を下げた綾那に、颯月は神妙な面持ちで続ける。


「ただ「分析」した結果、(はか)らずしも綾の胸囲が一メートル近い事を知り――完全に下心を抱いてしまった事を今、ここに懺悔する」

「あ、あまりにも清々しい告白で、怒る気も起きませんね……!? でもあんまりです、どうしてそんな無体な事を」

「例えば金だけ握らせて好きなのを選んで来いと言って、あの時素直に受け取ったか?」


 綾那はグッと言葉に詰まった。受け取るはずがない。何故ならばあの時の綾那は、颯月に対するありがたみと申し訳なさで、いっぱいいっぱいだった。これ以上施しを受けたら、それこそ逃げ場がなくなるとさえ思っていたくらいだ。


「あとは、まあ――個人的な理由だ」

「個人的な?」

「だってそうだろう? 綾が毎日、俺の選んだモノを身に着けていると思うと……なあ?」

「なあ、じゃありません。セクハラのつもりなら、颯月さんの将来が気がかりなので全力で抗議しますよ」

「違う、履き違えるな、口説いてるんだ。綾は悪魔憑きを(いと)わんし、なんでも受け入れてくれるし……素直で、従順で、可愛い。俺が異形だとか立場ある人間だとか、全部忘れられる。だから綾が居ると、毎日楽しいんだ」


 噛み締めるように呟く颯月の姿に、綾那はまた言葉に詰まった。勝手に人の身体データを見た事はともかくとして――友愛にしろそうでないしにろ、神に好意を抱いてもらえるのは、とても喜ばしい事だ。


(でも、悪魔憑きの怖さが分からないとか、騎士の立場や階級が理解できないとか――それって全部、私が「表」の人間だからなんだよね)


 例えば、綾那でなくとも――颯月と出会ったのが四重奏の他のメンバーだったとしても、結果は変わらなかった。

 陽香はそもそも人たらしな性質をもち、スタチューバーらしく珍しいもの好きだ。颯月の容姿にしろ教会の子供達にしろ、見ても畏怖するどころか喜ぶだけである。

 アリスだって綾那と同じ面食いであるし、そもそも「偶像(アイドル)」の力がある時点で言わずもがなだ。いくら颯月と言えども、男性である以上は彼女のもつ魔性のギフトに抗えまい。

 渚は――いや、渚の場合は彼女自身の警戒心が強すぎるため、打ち解けるまでに相当な時間を要するだろう。しかし少なくとも『異形』については、偏見をもって接するような事はないはずだ。


 こう考えると何やら虚しいが、彼と出会ったのがたまたま綾那だった――ただそれだけだ。まるで孵化したばかりの雛鳥が、親鳥のあとをついて回る刷り込みに近いものがある。

 それに、桃華誘拐事件の発端になった絨毯屋のお嬢さん達や、街歩きをした時の領民の反応などを見る限り、「表」の人間でなくとも彼の美貌は正しく理解できているのだ。しかも元が付くとはいえ王族の直系で、栄えある騎士団長で――ただ「悪魔憑きだから」、遠巻きにされているだけ。


 騎士団の宣伝動画を配信し続けて、彼に――悪魔憑きに対する偏見を取り除けば。もしかすると今後、悪魔憑きかどうかなんてお構いなしに、彼に本気でアプローチし始める女性だって現れるのではないだろうか。


(なんかちょっと、インディーズで応援していたバンドが急にメジャーデビューして、方向性や音楽性がマイルドになっちゃった時に近い寂しさを感じるけど。でも、本人のためになるならそれが一番だよね)


 綾那はほんの少しだけ寂しくなったが、しかしすぐに屈託なく笑うと、「私も、颯月さんと居ると楽しいですよ」と答えた。

 嬉しそうに表情を緩める颯月を見て、綾那は騎士のイメージアップだけでなく、動画を通じて颯月について回る誤解と偏見も解いてしまおうと、新たな目標を打ち立てたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ