ドキュメンタリーを
「分かりやすくと思って、ちょっと大げさにやって見せましたけど……イメージとしてはこんな感じです。私は家族四人で、もっと大はしゃぎしながら撮影していましたが――いかがでしたか?」
綾那の問いかけに、ぽかんと口を開いて眺めていた幸成はハッと我に返ると、大きく頷いた。
「うん、分かった。俺、無理だわ……」
「えっ!? 幸成くん、一番向いてそうなんだけどな……!? あ、旭さんは?」
「じ、自分も無理ですってば!?」
どこか遠い目をして「とても真似できそうにない」と呟く幸成、そして何度も頷く旭を見て、綾那はショックを受ける。
幸成は明るく、人懐っこい笑顔が素敵で、十代という若さも相まって華がある。動画の進行上『賑やかし担当』とでもいうのか、グループで動画を撮影するならば彼のような存在は必要不可欠だ。
(あ、でも――)
綾那はふと思い返す。和巳曰く幸成は「ああ見えて厳格」らしいし、しかも彼は継承権を返上しているとは言え、現役の王族である。私的な部分は別として、騎士団の宣伝動画という公的な場でおちゃらけるのは難しいのかも知れない。
そう言えば、桃華が誘拐された時の状況証拠集めになれば――と、カメラを向けて現時刻を告げるようお願いした時だってそうだ。彼は初め顔を逸らして、撮られる事を極度に嫌がっていた気がする。
(もしかすると幸成くん、陽キャに見えてとんでもなくシャイ――?)
これは綾那にとって、想定外の事態である。四重奏で言う陽香のような、明るい進行役。動画内の潤滑油――賑やかしなどを彼に任せようと思っていたのだが、いきなりアテが外れてしまった。
同年代の旭も嫌がっているし、次に若い颯月はキャラ的にそういうタイプではない。和巳も違うし、竜禅だって意外にノリが良いとは言え、彼の見た目からイメージする印象にはそぐわない。
綾那としては正直、宇宙一格好いい颯月が出演する時点で勝ちが確定しているのだが――やはり『明るく楽しい騎士団』を演出するためには、幸成にも協力を願いたい。
綾那が見せた手本みたく大袈裟なキャラを演じずとも、普段の――素の幸成がそのまま撮影できれば、十分に通用すると思うのだが。
うーんと眉尻を下げる綾那を見て、颯月が口を開いた。
「何も、最初から綾と同じレベルを目指す必要はねえだろう、プロだからこその演技力だぞアレは。成、アンタは普段通りにしていればそれで良い」
「いや、普段通りなんて無理だろ、撮ってんだからさあ……」
ガリガリと頭を掻く幸成に、颯月は「じゃあ、撮られる事に慣れるまで、カメラなんざ見なきゃ良いじゃねえか」と続けた。その言葉に、綾那はぽんと手を打つ。
「それ、良いですね! カメラに向かって呼びかける動画じゃなくて――えっと、騎士の日常ドキュメンタリー……記録映像っぽく撮ってみる、とか? 解説付きで!」
「……記録?」
首を傾げる幸成に、綾那は笑顔で頷いた。
「はい。普段騎士がどうやって魔物を討伐するのか――どう捌いて、どう食べているのか。カメラを意識せずに済むよう、離れたところから全体の様子を撮影させてもらえればと思います。そうすれば気取らない騎士の日常が知られて、見る側からしても面白いかなって」
綾那が「颯月さんの言う通り、普段通りの幸成くんが十分魅力的ですからね」と続ければ、幸成はぐうと呻いて眉根を寄せる。
「旭、それならアンタも出られるな」
「えぇっ!? い、いや――!」
「――なんだ、団長命令が必要か?」
僅かに左目を眇めた颯月の問いかけに、旭はぐっと言葉を飲み込んだ。その横では幸成がげんなりした様子で「職権乱用してんじゃねえ」と呟いている。
「禅?」
「異論ありませんよ」
「和はどうだ」
「そうですね……正直、綾那さんのようにはいかないでしょうが、騎士団初の試みです。やってみる価値は十分にあると思いますよ」
「決まりだな――成、訓練の日程を調整しておけよ。二、三日中には撮るからな」
有無を言わせぬ颯月に、幸成は深く長いため息で返事した。更には「承知いたしました、そーげつ騎士団長サマー」と、大変不貞腐れた様子で答えてそっぽを向いた。
「他でもないお姉さまの頼みだぞ? 協力すれば桃華も喜ぶだろうが」
「グッ……ここで桃華の名前を出すなよ――」
項垂れながら自分が元座っていた席に戻る幸成。和巳もまた席へつきながら、感心した様子で綾那を見やった。
「しかし、先ほどの綾那さんはまるで人が変わったようでしたね。普段のあなたも十分、人目を惹きますが……笑顔や仕草でもっと深みへ引きずり込まれると言うか、なんと表現すべきでしょうね? 夢中になる、とでも言うのか」
「え、本当ですか? 嬉しいなあ」
「だからこそ本当に惜しいですよ。あなたを広告塔にできていたなら、如実に効果が現れていたでしょうに」
そう言ってもらえれば、スタチューバー冥利に尽きるというものだ。綾那は照れくさくなってはにかみながら、マスクを付け直すため手に取った。しかし、それと同時に颯月から「綾」と呼びかけられて首を傾げる。
「前々から言おうと思っていたんだが、応接室ではソレ外してろ。邪魔だ。どうせこの場に居るヤツには顔見られてんだから良いだろ? わざわざ個室に囲わんと顔すら見えねえなんて、不便にも程があるがな」
「ええ。確かに、先ほどの笑顔のダメ押しには色々とこみ上げるモノがありました。彼女の身の安全が保障される場所では、積極的に外していきましょうか」
そう言って頷く竜禅は、恐らく綾那に前の主人――輝夜を重ねたのだろう。暗に「顔が見たい」と乞われて、綾那は何やら変な気分になる。おずおずとマスクを机の上に置くと、「はい」と小さく頷いた。
満足げな笑みを浮かべた颯月は、腕を組んでから応接室の面々を一瞥した。
「アルミラージ討伐は二、三日中に行う。成の日程調整が終わり次第だ、良いな?」
「……はいはーい、頑張りマース」
幸成が気の抜けた返事をすれば、颯月は鷹揚に頷いた。
「撮影は、綾に任せても?」
「はい、お任せください! ……あ、でも、当日までにこちらのカメラの使い方を教えて頂けると助かります、私の場合は魔石も要りますよね?」
「そうだな、手が空いたら試し撮りするか。で、他の役割分担はどうする? 解説とやらは誰が適任だ? 綾の考えを聞かせてくれ」
颯月の言葉に、綾那はふむと思案する。綾那はカメラマン。撮るのは騎士の記録――ドキュメンタリー映像だ。
実際に騎士が働く様子どころか、この世界の事すらまともに知らない綾那がカメラマンだからこそ、撮影中は数々の疑問が浮かんでくるだろう。解説付きでと提案したのは、綾那の疑問一つ一つに答えてくれる者が横に居てくれれば、まるで実況動画みたいで面白そうだと思ったからだ。
適任な人間を考えるが、綾那の中で解説――もとい実況役というのは二パターンある。
ひとつは冷静沈着なタイプ。落ち着いて実況するから言葉が分かりやすく、状況も伝わりやすいので比較的万人ウケするタイプだ。ただ、冷静すぎるせいで演者の感情が視聴者に伝わりづらく、イマイチ盛り上がりに欠ける側面もある。
もうひとつは感情表現が豊かなタイプ。これは正直、見る人を選ぶ実況方法だ。とにかく演者の感情がダイレクトに伝わって動画的に盛り上がるが、逆にダダ滑りする可能性もある――演者のポテンシャルに左右される、諸刃の剣だ。
盛り上がり過ぎると言葉を聞き取りづらくなる場合もあって、果たして状況が正しく伝えられるかと言えば微妙である。
(今回は騎士の日常を伝える動画だから――冷静沈着なのが良いかな。まずは手堅く、視聴者の反応を探っていきたいところだよね)
であれば、選択肢は竜禅か和巳の二択だ。
物腰柔らかく丁寧に状況を説明してくれる和巳か、それとも感情は読み取りづらいが、分かりやすく端的に解説してくれる竜禅か。真面目な旭もアリと言えばアリなのだが、彼には瑞々しい若さがあるので、ぜひとも演者に専念してもらいたい。
綾那はやや俯いて考え込んでから、ぱっと顔を上げる。
「今回は、竜禅さんが適任だと思います」
明るく楽しい騎士団を演出するつもりとはいえ、実際に騎士になればそれだけではやっていけない。竜禅の話し方にはいかにも騎士らしい硬質さがあるので、動画が締まって良いのだ。
それに、人間決して見た目が全てではないが――初めの内は、露骨なくらい分かりやすい方が良いだろう。
新規入団者として男性を集めたいので、ターゲットはあくまでも男性だ。しかしどうせなら、ついでに女性も虜にしてしまいたい。女性が騎士を見てキャーキャー騒いでいれば、それを見た男性が「俺も騎士になって、キャーキャー言われたい」と思ってくれる可能性がある。
宇宙一格好いい颯月に、中性的な美貌をもつ和巳。できればこの二人には、動画のメインキャストとして長時間映り続けてもらいたい。遠くから騎士のドキュメンタリー映像を撮るカメラマンの隣に立っていては、どうしても映る機会が減ってしまうのだ。
つまり、綾那と同じくマスクで顔を隠した竜禅が、裏方として色んな意味で適任に思える。意外とノリがよくマイペースなのは分かっているので、何か綾那の思いもよらない言動をしてくれる可能性もある。彼と並んで仕事するのは、とても楽しそうだ。
「分かった。禅、綾のサポートを頼めるか」
「承知いたしました」
「撮影するにあたって必要なものがあれば都度言ってくれ、出来る限り用意する」
「はい、ありがとうございます颯月さん」
綾那が笑顔で礼を言えば、颯月もまた目元を緩ませる。
久々の動画づくりで、否応なしにテンションが上がる。しかも、街の外に出るのは初日に森へ落とされて以来初めてなので、本当に楽しみだ。
綾那にとって「奈落の底」とは、まだまだ未知の世界である。アルミラージという魔物の生態はどんなものか。討伐方法とは。そして噂の魔物肉の味わいは? 当日は一体何が起きるのだろうかと想像すると、わくわくしてくる。
(やっぱり私、スタチューバーなんだな)
自分の好きな事を再認識した綾那は、来る撮影日に思いを馳せた。




