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企画説明

「概要は以上です――いかがでしょうか?」


 最早お馴染みとなった、騎士団本部の応接室。集められた面々は団長の颯月、副長の竜禅、軍師の幸成、参謀の和巳――そして、最近綾那の護衛を務める事になった旭だ。

 綾那が教会の子供達の話から着想を得た企画を説明すれば、幸成は「へえ」と声を上げた。


「そんなのが本当に新規入団者獲得に繋がんの? 俺らが魔物の肉を食べる様子を見せるだけで……?」

「厳密に言うと、これ一本では結果に直結しないと思います。ただ、長い目で見れば……ゆくゆくは、騎士のイメージアップに繋がるのではないかと。皆さんにはお忙しい中、何度か撮影にご協力頂く事になると思いますが――」

「私は、颯月様が同意しているのならば異論ありませんよ」


 竜禅がいつも通り抑揚の少ない声色で言う。すると颯月は、どこか難しい顔で腕組みをした。


「いや、確かに面白そうだとは思ったが――俺は正直、ソレが騎士団にとってどう作用するのか、全く予想できてないぞ」

「しかし、綾那殿に否やはないのでしょう?」

「そりゃあ……綾の言う事だから信頼しているし、願いはできるだけ叶えてやりたい」

「ぅぐっ、優しい、好き――!」


 両手で顔を覆った綾那が独り言にしては大きな声量で呟けば、颯月は「ああ、知ってるよ」と満足げに答えた。そんな二人の様子に、幸成は「また茶番が始まった」と半目でため息を吐いている。

 黙って綾那の企画に耳を傾けていた和巳は、「面白そうな試みだと思います」と口を開くと、そのまま話を続けた。


「一般人ウケしそうな、身近な魔物の肉……討伐や撮影のための手間を考えれば、出来るだけ近場の草原で済ませたいですね。例えば――アルミラージはいかがでしょうか」


 初めて聞く固有名詞に、綾那は「あるみらーじ?」と首を傾げた。それは一体どんな魔物だろうかと思っていると、すかさず颯月が説明してくれる。


「角の生えた大きな黒兎だ。例え肉を売りに出せなくても、黒色の毛皮は服飾屋が好んで買い取るし――金色の角も装飾品として人気が高い。小遣い稼ぎにはちょうどいい魔物だな」

「なるほど、兎さんですか……私、兎肉は食べた事がありません。確か、触感や味が鶏肉に似ていると聞いた事がありますけれど」

「ああ、確かに鶏肉っぽいかも知れません。見た目もそう奇抜なものではありませんから、皆も口にしやすいと思いますよ――いくら、食堂に卸す頃には酷い風味になっているとしてもね」


 和巳の提案を受けて、魔物についての知識が一切ない綾那は、「へえ」と相槌を打った。

 確かに、魔物の見た目がゲテモノでは人々の食指も動きづらいだろう。それに、どうせなら『見た目は普通なのにクソまずい肉』の方がもっと面白い。

 上機嫌で笑う綾那の背後で、旭が口を開いた。


「しかし、その動画とやら――演者は誰が? 綾那様は映ってはいけないのですよね」

「え? ひとまず「アイドクレース騎士団の宣伝動画」が世間に浸透するまでは、ここに居る皆さんに頼もうかなと……あ、私と一緒に動いてくれるなら、旭さんにも出てもらいたいかな」

「じっ、自分もですか!? その、そもそも経験した事がないのでなんとも言えませんが、恐らく自分は不向きですよ!」


 目を剥いて顔の前で両手をぶんぶんと振る旭に、綾那は「確かに根が真面目だと、慣れるまでしんどいかも知れないな」と考える。しかし真面目な人間の方が、やってみれば意外とハマリ役だったりするのだが――人には向き不向きがあるため、無理強いをするのはよくないだろう。


 綾那はふむ、と思案顔になった。そうして考え込んでいると、次は幸成が声を上げる。


「あーでも、まずどんな事をすれば良いのか綾ちゃんのお手本が見たいかも。こういうので生計立ててたって事は、この手のプロなんでしょ?」

「プロと言われると、なんだか恐縮ですが……お手本……家族と一緒に撮ったもので良ければ――」


 綾那は「私室にカメラがあるので、取ってきましょうか」と言いかけて、ぴたりと口を噤んだ。何故ならば、メンバーが映る動画を見たら最後、郷愁に駆られて号泣する恐れがあったからだ。

 綾那はこほんと一度咳払いをすると、気を取り直して口を開く。


「いえ、折角ですから実演しましょうか。例えば……皆さん、颯月さんの所へ集まってもらえますか? そちらがカメラの定位置だと仮定しましょう。うーん……このお茶請けを紹介する動画、という設定で」


 綾那は言いながら、目元を隠すマスクを外した。

 今この場には見知った顔しか居ない。それにもし誰か訪ねて来たとしても、まず間違いなくノックと入室の伺いがあるから、多少は平気だろう。さすがに顔を隠したままでは、演者として全力を出し切れない上に大した参考にもならないと思っての判断だ。


 カメラ――上座の颯月を正面に見据えて、綾那はお茶請けを手に真逆の下座へ移動した。会議机が長いため彼らと距離ができてしまうが、まあ、あまり近すぎてもやり辛いので良いだろう。


(こういうの、もうひと月以上やってないからちょっと緊張する)


 ほんのひと月前には、ほぼ毎日動画の撮影をしていたのに――人生とは本当に何が起こるか分からないものである。

 綾那は瞼を閉じて深呼吸をした後、ぱちりと瞳を開いてスイッチを切り替える。そうして、()()()()()()()カメラに向かって飛び切りの笑顔を浮かべた。


「――はい、皆さんこんにちは! 綾那です」


 声は普段よりもワントーン以上明るく、大きく聞き取りやすい明瞭な話し方で、カメラ目線を忘れずに。微笑みを(たた)えたままこてんとあざとく小首を傾げれば、騎士達が僅かに目を瞠るのが見えた。

 綾那の――いや、『四重奏』の本気はこんなものではない。見る者全て引き込んでみせるという気持ちで、スタチューバーとしての綾那を演じ続ける。


「今日ご紹介するのは~~……ジャジャーン! こちら、王都アイドクレースにあります有名洋菓子店、『パティシエール・プリムス』さんのカステラです! 一口サイズで個包装されているから、お茶請けにもピッタリ!」


 手に取った菓子の包装紙に書かれた情報を読み上げ終わると、綾那はふにゃりと笑う。

 スタチューバーというのは、何か特別な事を話す訳ではない。もちろん中には専門的な知識、用語や、特別な技術があるからこそ光り輝く人物も居るが―――しかし、少なくとも四重奏はそういうグループではなかった。

 当たり前の事を全員で楽しんで動画にする、ただそれだけである。


 だからこそ――というとなんだが、とにかく見た目と愛嬌はピカイチであると評されていた。普段眠たそうなジト目でやる気の欠片も感じられない渚でさえ、動画撮影の時だけは瞳が煌めいてよく笑った。

 何せ、ただでさえ容姿端麗な神子なのだ。そこに加えて愛想が良いとなれば、正に鬼に金棒である。運も実力の内とはよく言ったもので、こればかりは神子として生まれた事を深く感謝しなければいけない。


「『プリムス』は異国の言葉で、「第一」とか「首位の」とかって意味があるみたいです? 街一番のお菓子屋さんって意味かなあ、素敵な名前。これは味に期待大ですよ~早速、実食と行きましょうか!」


 ちなみに、店名の由来にまつわる豆知識の情報源は桃華である。言いながらいそいそと包装紙を剥がしていく綾那を、騎士達は黙ってじっと眺めている。

 ロールプレイでここまで徹底して彼らのことを『カメラ』、『居ない者』として扱えるのだから、確かに綾那は幸成の言う通りプロなのだろう。包装紙を剥がし終わった綾那は、()()()に向かって角度を変えながらカステラを見せる。


「中身はこんな感じですね、はい、ではいただきま~す」


 一口カステラとはいえ、全てを口にすると即座にコメントができなくなってしまう。綾那は半量だけ齧ると、何度か咀嚼してこくりと飲み下した。そして、まるで蕾が(ほころ)ぶように笑って見せる。


「ん~ザラメもたっぷり付いていて、本当に美味しい! これならいくらでも食べられそう」


 言いながら綾那は、唇についたザラメを舌でぺろりと舐めとった。あまり露骨にすると下品に見えてしまうため、ほんの少し舌を覗かせる程度に収めるのが『お色気担当大臣』のポイントである。

 一旦残りのカステラを包装紙の上に置くと、空いた手でティーカップを持ち上げ、一口飲んではにかんだ。


「だけどやっぱり、口の中の水分が全部持ってかれちゃう。いっぱい食べるならお茶はかかせないかな? ザラメの甘みが苦手な方は、ブラックコーヒーと合わせると良いかもですよ!」


 カップを机に置いて残りのカステラも口に放り込み、飲み下す。そして両手をぱちんと合わせた綾那は、「ご馳走様でした」と言ってにっこり笑った。


「以上、綾那の「パティシエール・プリムスさんのカステラを食べてみた」でした~! では、また別の動画でお会いしましょう、さようなら~!」


 綾那がふりふりと両手を振れば、おもむろに竜禅が片手を振り返したのが見えた。意外な反応に、綾那は思わず作り笑顔ではなく、素の笑みを零してしまう。

 彼は厳粛に見えて独特なマイペースをもっているから、案外ノリが良いのかも知れない。演者としても良いキャラクターになりそうだ。


 続けて彼女は「――はい!」とやや大きな声を出すと、椅子から立ち上がった。

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