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分隊長

「そういえば、旭さんが騎士を志した理由は何ですか?」

「自分ですか?」


 ひとまず会議を終えて皆と解散したものの、まだまだ夕食まで時間がある。綾那は宿舎の食堂で休憩しつつ、せっかく再会したのだからと、これを機に旭と親交を深める事にした。

 ついでに、彼からも騎士になるメリットを聞き出せれば良いと質問したところ、大して悩む事なく返答がくる。


「高尚な理由でなくお恥ずかしいですが、金ですね」

「お金」

「以前話しましたが、自分には病弱な妹が一人居ます。妹の薬代を稼ぐのに、これほどお(あつら)え向きの仕事はない」


 迷いなく答える旭の話を聞きながら、綾那はスマートフォンのメモパッドに『金銭面』と入力した。


「私、まだこちらの物価や相場――なんなら通貨もよく分かっていないのですが、騎士のお給金は他の職業と比べて、良いって事ですか?」

「…………まさか綾那様は、深窓の姫君か何かなんですか?」

「様も敬語もやめて下さいって言ってるのに……それに、そんなんじゃありませんよ。異大陸から来たので、この国の常識を知らないだけです」


 確かに、綾那の年齢まで普通に生活していたら、通貨を知らないなんて事はまずありえないだろう。旭の目には浮世離れして見えるに違いない。

 彼は小さく咳払いをしてから「颯月団長の婚約者として扱えとの事ですから、様も敬語も外せませんよ」と答えた。


「例えば、街の飲食店で働くウエイター。彼らの給金が月平均二十万円だとしましょう」

「……円?」

「リベリアスの通貨です」

「ええと……計算は十進法(じっしんほう)でしょうか?」

「はい、そうですね」


 ――「表」と全く同じではないか。

 やはりこれも、キューの「日本の真下に作った世界だから、設定にはこだわる」という謎の理由からだろうか。

 であれば、綾那の持ち込んだ金も使える――いや、そもそも「表」の記番号、通し番号が記載された貨幣では、偽札扱いで終わるか。

 仮に使えたところで、手持ちの現金は数千円程度なのでジリ貧に変わりない。


 綾那は「すみません、話の腰を折ってしまいましたね」と、旭に続きを促した。


「騎士の給金は、地域にもよりますが基本給だけで月四十万円は固いです」

「わあ、一般的な飲食業の倍以上のお給金なんですね!」

「その上、とにかく手当てが多いですから。深夜勤務、時間外労働は勿論、巡回する際の移動手当てや、眷属、魔物の討伐参加手当てなんかもあります。その代わり、決して楽な仕事ではありませんが、働いた分だけ結果が出るのは面白いですよ」


 曰く、例えば東のアデュレリア騎士団では、人員が不足しているせいで頻繁に巡回に出なければならず、その分移動手当てが多く出る。魔物が多く生息する北のルベライト騎士団では、必然的に戦闘が増えて討伐手当てが多く出る――といった、地域によって特色があるらしい。


 ちなみに、王都に本部を構えるアイドクレース騎士団はどうかというと、人が多く集まるため、どちらかというと人間の犯罪を取り締まるのに忙しいらしい。ただし、眷属や魔物の被害もそれなりにあるというのだから、大変だ。


「色々あるんですねえ。でも、そんなにお給金がもらえるなんて、それは確かに素敵なメリットだと思います」

「ええ。お陰でアデュレリアを追い出されるまでは、金銭面で困窮した覚えがありません。そもそも現役の騎士には金を使う暇がないですから、貯まる一方ですよ――だから通行証を失った時は、本当に絶望しました、街へ入れなければ貯金も下ろせませんからね」


 放浪生活を思い出したのか、旭はため息を吐いた。それは、妹の体調を考えると気が気ではなかったはずだ。金はあるのに、通行証がないせいで貯蓄を引き出せず、医者にもかかれなかったのだから。

 彼の妹が手遅れになる前に通行証が再発行されて、本当に良かった。


「それにしても、旭さん達は誰に陥れられてしまったのでしょう? ただでさえ人員不足の騎士を、領から追い出してしまうなんて……随分と思い切った事をする方が居たものですよね」

「そう、ですね。恐らく、領主様に何事かを密告した者が居るのではないかと思いますが、その目的まではなんとも――」

「そもそも騎士の『分隊』という仕組みがよく分かっていないのですが、もしかして他の騎士さんも、同じように追い出されてしまっているのでしょうか」


 綾那が小首を傾げれば、旭は渋面(じゅうめん)になる。


「いえ、追い出されたのは第四分隊だけでしょう。前は団長の手前、口にするのも(はばか)られましたが――第四分隊の分隊長は悪魔憑きですから、邪険にされても仕方がありません」

「えっ」

「分隊長と領主様は折り合いが悪く、もしかすると――我々を除名して、分隊長を孤立させる考えがあったのかも知れません。まあ、これは自分の憶測に過ぎませんが」

「それは――そんなに、悪魔憑きは悪いモノなのでしょうか……私には、よく分かりません」


 好きでそうなった訳でもないのに、なぜそこまで嫌悪されるのだろうか。少なくとも、颯月や教会の子供達はよい人間である。やはり「表」の人間である綾那には、一生理解できないのだろうか。


 うーんと考え込んだ綾那に、ふと旭が口元を緩めた。


「自分らは、分隊長が好きでしたよ。他人に厳しいけれど、ご自身にはもっと厳しい人でした。悪魔憑きだけあって、魔法も――威力はさることながら範囲も広大で、彼が暴れると瞬く間に戦火が広がっていく様から、『烽火連天(ほうかれんてん)』と呼ばれているんです」

「へえ、なんだか凄そうな方ですね! 会ってみたいなあ」

「ええ、自分も会いたいです。最後、別れの挨拶をする暇すら与えられませんでしたから――揃って夜逃げした、なんて思われていないと良いのですが」


 どこか自嘲気味に笑う旭に、綾那はなんとも言えない複雑な気持ちになった。冤罪とはいえ、「犯罪者」として領を追われたからには、きっともう旭達は故郷へは戻れないのだろう。

 せめてその分隊長に挨拶をさせてあげたいと思うが、しかし綾那にそんな権限はない。あったところで、遠く離れたアデュレリア領までどうやって向かうのか。


(あんなに便利なら、私も「転移」が欲しかったな――)


 あの男達を見る限り、「表」ではともかく奈落の底なら、「転移」で色んな所へ飛べるようだった。あの力さえあれば、遠く離れた位置にいる家族とも、すぐに再会できたかも知れないのに――。


 ないものねだりであると知りながらも、綾那はそう思わずにはいられなかった。

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