騎士のメリット?
(ああ、私に出来る仕事はなんだって話だっけ――なんだろうなあ)
「表」に居た頃の自分が何をしていたのかを思い出してみる。けれど、そもそもスターダムチューブ一本で、所謂普通の仕事をしていないため、なんの参考にもならない。
であれば、動画づくりに際して経験したものを仕事に活かせないかと考える。
楽器の演奏やダンスなんかは得意だが、しかし顔を隠せと言われた以上、披露したところでやや盛り上がりに欠ける。入団しなければ見られない正体不明のダンサーを気取ってみたところで、それ目当てに入団希望者が増えるとは考えづらい。
運動神経、師匠仕込みの格闘技に自信があったところで、そもそも女性の戦闘行為は禁止されているから論外だ。
日常的に四重奏の食事管理をしていたため料理は得意で、他にも裁縫や洗濯、掃除など家事全般できるのだが――しかし、奈落の底で家事をするには、とにかく魔力が要る。
蛇口から水を出すにも、コンロの火を点けるにも、掃除機に電気を通すにも魔力を流す必要があり、人様に充填してもらった魔石無しに何もできない綾那では、要領も効率も悪すぎる。
――やはり綾那には、動画しかない。広報係として騎士団の労働環境、メリット、デメリットを周囲に正しく伝えて、騎士の新規獲得を図る。これしかないだろう。
例えば綾那自身が演者になれないのであれば、他の騎士を撮影するのはどうだろうか?
綾那が動画の企画、撮影、編集をして、出来上がったものをアイドクレース領へ流すのだ。動画を使って大々的に宣伝すれば、「騎士になるのも悪くない」と考える者が出てくる可能性がある。
綾那は一つ頷くと、議長である颯月に目を向けた。
「えっと、『広報』についてなのですが――騎士の皆さんが広告塔になるのを、私が企画・支援するというのはいかがですか?」
「……綾じゃなくて、俺らが広告塔に? 意味あるのか、ソレ」
首を傾げる颯月に頷き返すと、綾那は己が仲間と共に「表」でやっていた仕事について簡単に説明した。
四重奏がやったのは、まず映像動画を作成して大衆に流して、グループの知名度を上げる事だ。顔が売れれば企業から声がかかり、商品を試用した感想を流すよう依頼される事もある。
それを繰り返せば、やがて大衆は綾那達が特別な人間であると思うようになり――憧れを抱き、「四重奏が言う事は絶対的に正しい、一生ついていく、自分もああなりたい」と、妄信して追従する者が出てくる。
名が売れれば売れるだけアンチも増えるが、スタチューではファンだけでなくアンチもついてこそ、真の人気配信者であるという側面もあった。
勿論、アンチばかりではやっていけないので、ファンとアンチの割合バランスは重要だが――。
元々花形職業で人気があったという騎士にも、動画で職業を宣伝するという手法は十分通用するはずだ。現在は、とにかく死ぬほど婚期を逃すしんどい職業というイメージが蔓延しているようだが、その残念なイメージさえ払拭できれば、すぐにでも結果が出るのではないだろうか。
「私はずっと演者だったので、人様をプロデュースした事はありません。でも、培った経験は活かせるんじゃないかと思うんです。私が広告塔として使い物にならないなら、せめて騎士という職業の大変なイメージを払拭するための、宣伝動画づくりに協力できないかと――」
綾那の提案に、騎士達は熟考するように黙り込んだ。ややあってから、一番に口を開いたのは幸成だ。
「面白そうだけど、個人がつくった動画を流すって文化がないからなあ……この国で配信される動画と言えば、天気予報や国の催事ぐらいじゃん?」
「えっ、そうなんですか!? いや確かに、そもそもテレビっぽいものがどこにもないなとは思っていましたけれど――」
綾那が与えられた個室、そして宿舎の食堂。街歩きをしていても街頭モニターなど見当たらず、正妃に連れられた高級レストランにも、その後に颯月達と立ち寄った庶民向けの居酒屋にも、テレビらしきものは設置されていなかった。
しかし『動画』という概念は存在すると言うから、てっきり何かしらの放送はされているのだろうと思っていたのだが――まさか、そこまで娯楽に乏しい世界だったとは。
「映像を映すための魔具は、王都じゃ街の大衆食堂ぐらいにしか置いてないんじゃねえかな。金持ちなら自宅に小型モニターぐらい置いてあるだろうけど、庶民はなかなか。そもそも天気予報も催事も、至る所に紙で掲示されてるからさ、必ずしも映像で見る必要はないんだよな」
「ちなみにその映像は、どういう仕組みで流されているのですか?」
「えーと……まず、撮影用の魔具を見た方が早いな――ちょっと待ってて、持ってくるから」
そう言うと幸成は、応接室から出て行った。そもそも動画を流す文化がないと言うのならば、綾那の構想を実現するのは難しいだろう。
「颯月さんは元々、私を広報としてどう使おうと考えていらしたのですか?」
「そうだな……とにかく顔を売ろうと思っていた。騎士の巡回に同行させるとか、騎士団に従事する者として写真を出回らせるとか――正直、それだけで男を釣れるほど、アンタは顔が良い」
突然手放しに褒められた綾那はグッと言葉に詰まったが、しかしなんとか「恐縮です」と口にした。和巳は二人のやりとりを微笑ましそうに見ていたが、ふと何かに思い当たると、心配そうな表情を浮かべた。
「しかし、仮に綾那さんのいう手法がとれたとして――正直、騎士のイメージを払拭するというのは、なかなかに骨が折れる事だと思いますよ。「結婚できない」「一所に定住できない」「命の危険が付き纏う」の三点は、変えようのない事実ですから」
「はい。嘘はよくないので、やはりその三点は前提条件として伝えるべきだと思います。ただ、そのデメリットがあまり気にならなくなるような、メリットの存在を伝えられれば――」
「メリット、ですか。メリット…………」
困ったような表情になって考え込む和巳の姿に、綾那は焦りを覚えた。「まさか、ないのか? 騎士になるメリット」――と。
かつては花形職業だったと言うからには、決してメリットがないはずはないのだ。揃いの騎士服に身を包むのが格好いいとか、領民の安全を守るために魔物や眷属と戦う栄えある仕事で、皆から尊敬されるとか――何か、騎士ならではの利点があるはずである。
「み、皆さんは何故、騎士を志したのですか……?」
これは、動画づくりのためにもまず聞き取り調査が必要だ。この場に居る者だけでなく、可能ならば現役の騎士全てから話を聞きたいぐらいである。
綾那の問いかけに、まず竜禅が軽く手を上げて答えた。
「全く参考にならず申し訳ないが、私は颯月様の傍付きで居るために成り行きで入団した口だ」
「では、颯月さんは?」
「悪魔憑きは魔力量がとんでもないって話をしただろう? 法律で定められている訳ではないが、正直騎士になって戦場に身を置くか、施設勤めで大陸中に魔力を送り続ける歯車になるかぐらいしか選択肢がない。俺は一生悪魔憑きだから――実力至上主義の騎士になれば、死ぬまで好き放題できると思ってな」
「まさか、この若さで団長にまで昇り詰めるとは思いませんでしたが、確かに颯月様は好き放題されていますね」
「陛下や正妃サマが相手じゃあ、手も足も出せんけどな」
竜禅は「わざわざ手足を出す必要性がないでしょうに」と颯月を窘めた。この二人の場合、入団理由が特殊であまり参考にはならないようだ。
「和巳さんは、どうして騎士に?」
「私ですか? 私は――そうですね。父母共に騎士の家系だったので。昔から騎士を見る機会が多く、なんと言うか、私も成り行きで――」
「おい和、それらしい作り話で格好つけんな。アンタは「女と間違われたくないから」騎士になったんだろうが」
「ウッ、ゲホッ、ちょ、颯月様……! 人が深刻に悩んでいるコンプレックスを揶揄するのは、いかがなものかと思いますが!?」
和巳はむせると、その中性的な美貌を歪ませた。思わず綾那が苦笑すれば、彼はハッとして気まずげに顔を逸らす。
「…………まだ女性の戦闘行為が禁止されていなかった頃は、母も騎士だったのですが、今はもう――しかし逆を言えば、法律が施行された後にも騎士として働いている私は、間違いなく男であるという事ですから!?」
「は、はい、和巳さんは間違いなく男性ですよ、大丈夫です、ええ」
やや自暴自棄に言い切った和巳に、綾那は目を白黒させた。彼の女顔に対するコンプレックスは、かなり根深いらしい。もしかすると過去、綾那の想像が及ばないような出来事があったのかも知れない。しかし、今それを聞くのは酷というものだろう。
とにかく、彼らは揃いも揃って入団理由が特殊であるという事が分かった。あとは幸成が戻ってくれば――と思っていると、タイミングよく扉が開いて幸成が戻って来た。




