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颯月

「いい、静真。本当の事だろう?」

「颯月……しかしお前、綾那さんは知らなかったんじゃあ――」

「いいって。綾と話すから、ガキ共と先に中へ入っていてくれ」

「……本当にすまない」


 申し訳なさそうに眉尻を下げた静真を見て、颯月は小さく肩を竦める。そうして彼らが――気まずげに――教会の中へ戻る後ろ姿を見届けると、綾那に向き直った。

 ただ、気まずくて居たたまれないのは綾那も同じである。


「ええと――」

「綾、悪魔憑きは子を成せん。生殖行為そのものはできるが、裏を返せばそれだけだ」

「え? それって……」

「万が一子に遺伝して世界中に悪魔憑きが増えると困るから、創造主が()()したと言われている。悪魔憑きの歴史を三百年遡っても、子を成した記録は存在しない。ただ、呪いの元になった眷属を祓えば普通の人間に戻れるから――そう悲観するものでもない」

「あ――じゃあ一生悪魔憑きなんじゃなくて、眷属を倒せば元の人間に戻れるんですか?」

「ああ。一度人を呪った眷属は巧妙に身を隠すから、それを見つけ出すのは容易じゃないけどな」


 颯月の言葉を聞いて、綾那はホッと胸を撫で下ろした。決して子を成すのが人生の全てではないが、颯月ほどの子供好きならば、一生己の子を抱けないのは酷く辛い事だろうと思ったのだ。けれど取り憑いた眷属を祓えば解決できるのならば、それも杞憂に終わる。

 安心しきった表情の綾那を見て、颯月は苦く笑った。


「――ただし、()()無理だ」

「無理?」

「俺の場合、呪い自体が不完全でな。眷属を祓うのは、完全に悪魔憑きになった後でないとダメだ。途中で無理に祓うと、取り返しがつかなくなる」


 不安で窺うように首を傾げれば、颯月は綾那の髪を手に取り梳いた。その表情はこちらが恥ずかしくなるほど慈しみに満ちていて、決して悲観するようなものではない。

 それでも、紫の瞳には諦観(ていかん)のような色が見え隠れしているような気がした。


「生まれてすぐに憑かれたと言っただろう? 俺の母上は、えらく気性の激しい人だったらしい。産んだばかりの我が子に、眷属が手出しするなんざ我慢ならなかったんだろう――せめて完全に取り憑くまで待ってくれれば良かったんだが、途中で無理やり祓い殺しちまったんだとよ」

「じゃあ、颯月さんは――」

「二度と普通の人間にはなれんだろうな。何せ、呪いの元になる眷属がこの世のどこにも存在しないにも関わらず、いまだにこうして悪魔憑きなんだ」


 綾那は「そんな」と唇を戦慄かせた。つまり颯月は一生、悪魔憑きなのだ。一生、己の血を引く子供とは会えないのだ。


 なぜ彼が子供に優しいのかが分かった。自分が手にする事のないモノだから、尚更尊い存在に感じるのだろう。

 綾那は何やら、彼の気持ちを考えるとしょんぼりと落ち込んでしまった。しかも、ふと彼が母親について「だったらしい」と過去形で表した事に気付くと、更に顔色を悪くした。


「あの、颯月さん。お母様はもしかして――」

「ん? ああ。元々、妊婦と思えねえほど痩せ細っていて体が弱いわ、大した魔力も持っていないわで……無理やり眷属を祓った反動で死んだらしい。その時に、俺が受けるはずだった呪いも()()持って行っちまったそうだ。半分だから、こんな髪色なんだ」


 なんでもない事のように言う颯月に、綾那はなんと声を掛ければ良いのか分からなくなった。勝手に彼の悲しみや痛みを想像して、ツンと鼻の奥が痛んで眉根を寄せる。

 しかしその顔を見た颯月は、サッと綾那の目元を隠すように片手の平で覆った。


「待て、絶対に泣くなよ? アンタの泣き顔は、本気で心臓に悪いからな」

「…………ごめんなさい。な、泣きません、平気です」


 小さく首を振った綾那の目元から手を外して、確かに泣いていない事を確認した颯月は、努めて明るい声色で続けた。


「と、まあ――そんな特殊な理由で、俺は王族でもないのに一夫多妻を認められている訳だ。「一生まともな家庭を築けないのは、憐れだ」ってな? しかも子を作れないからと、俺の妻になる女は他の男と関係を持って良い事になっている」

「え!? ど、どうして?」

「そうすれば、俺と血の繋がりはなくとも子をもてるから」

「そん、なのって――結婚する意味、あるのかと……考えてしまうんですけど。家族の繋がりって、なんなんでしょう」


 颯月は「だから、結婚する気になれないんだよ」と困ったように笑う。そして、カリカリと指で頭を掻いた。


「俺自身が何人も女を娶れる以上、人の事は言えねえよ。ただ、結婚しても嫁に自由恋愛されるなんて、溜まったモンじゃないだろう。しかも他所で子作りして帰ってくるんだぞ? 俺は、俺だけを求められたい――惨めにも程がある」


 ため息交じりにぼやく颯月を見て、綾那は思わず彼の両手をギュッと握った。突然の事に目を瞬かせた颯月を真っ直ぐに見やると、どこまでも真剣に口を開いた。


「私なら、颯月さんだけを見ます」

「は――」

「颯月さんのお嫁さんにしてもらえるなら、私は絶対によそ見しません」

「ああー……待て、綾」


 綾那から距離を取ろうにも、両手を強く掴まれて身動きがとれないのだろう。颯月は僅かに顔をのけ反らせている。


「私は、あなたのためだけに生きますよ。他の男性と関係を持つなんて気持ちが悪いでしょう? そんなに子が欲しければ養子を取ればいいんです。だから貴方に惨めな思いなんて、少しもさせな――」

「だから、綾――アンタ、また()()()()……」


 言いながら眉根を寄せた颯月に、綾那はハッと我に返って彼の手を放した。


「っゆ、誘惑しないでくださいと、あれほど言ったのに! まだ分からないみたいですね!?」

「誓ってしてない――なあ、アンタなんでそんなに俺の事が好きなんだ? ずっと謎なんだが……」

「す、好きじゃありませんよ!? いぃ、一体、何を仰っているのか――とにかく! 颯月さんは宇宙一格好いいので! 私みたいに思う人がいっぱい居ます、だから、大丈夫です! という事をお伝えしたかっただけです!」

「………………あっ、そう」

「う、嘘です、本当はお顔が好きで仕方ないです! 颯月さんを形作る全てのモノが大好きです!」


 やや気分を害した様子の颯月に焦った綾那は、慌てて発言を撤回した。これでもかと狼狽える様子に満足したらしい颯月は、ふっと目元を緩めると、「冗談だ、別に怒ってない」と笑う。

 そうしておもむろに腰を折ると、綾那の髪の毛先に口付けて、至極残念そうな顔をした。


「俺が種無しでなければ、どんな事をしてでも綾を逃がさなかった――絶対に」


 あまりにも直接的な口説き文句ともとれる言葉に、綾那は頬を紅潮させた。今まで散々、颯月の前で情けない顔を見せたり奇行を繰り返したりしていたが、頬を染めたのはこれが初めてかも知れない。

 しかし、それも仕方のない事だ。綾那はこの顔に滅法弱く、しかも颯月と()()()()なる事も(やぶさ)かではないのだから。

 ただし、四重奏のメンバーは颯月のようなタイプを絶対に許さない。だからどうにかならずに済んでいるというだけである。


 颯月は綾那が初めて見せた顔に「おや」と目を瞬かせると、途端にニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべて覗き込んだ。


「なんだ――ちゃんと自分が口説かれてる事は理解できるんだな? アンタ、その顔と体の割に男女の機微には疎そうに見えたから、少し安心した」

「よ、余計なお世話なんですが……! というか、あの――子供が欲しいなら養子をとれるのですから、別に、颯月さんとの子に拘る必要はないのでは……あっ、いえ! だ、だからと言って、私が相手になるなんて、そんな恐れ多い話ではなくてですね!?」

「人の気持ちは変わるものだろう? 最初は良くても、後で実子が欲しくなったからと捨てられるのは御免だ」

「……そういう、ものですか?」

「ああ、そういうものだ――いや、綾が嫁いでくれるなら、今すぐ考えを改めても良い」

「わ、私は皆に怒られるから、ダメなんです……!!」


 颯月は「怒られる?」と小首を傾げたが、しかし綾那は、これ以上おかしな流れが続くのは困ると思って、ぶんぶんと首を振った。そして、「それよりも、静真さんについてお話したい事があります!」と強引に話題を変えたのであった。

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