表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
475/481

悪魔の囁き

 事の発端は、そもそも何か。それを言い始めると、どうしたって「自分本位な幸せを追い求めた、綾那と颯月が元凶です」に帰結してしまう。しかし、その上であえて諸悪の根源を――()()黒幕の名を挙げるとするならば、やはり創造神ルシフェリアという事になるらしい。

 何せ、綾那が「表」から奈落の底へ落とされたあの日。ルシフェリアと出会ったあの時にはもう、既にこのシナリオが完成していたのだから。


 本来の力を失っていた事もあり、何もかもを完璧に見通せた訳ではないだろう。ルシフェリア自身が綾那達に干渉する度、道筋が変わった事も確かだ。けれど、「予知」が不明瞭だなんだと言う主張は全くの嘘である。

 始まりは「表」側の神の悪戯で、出会い自体は偶然の産物だった。しかしその後の事は全て、ただルシフェリアの手の上で転がされていただけ。


 超深海で溺れ死ぬはずだった綾那の運命を変えて。真夜中の森で魔物か眷属、もしくはダイオウイカの悪魔(ヴェゼル)に惨殺されるはずだった運命まで捻じ曲げて。

 そして、興味本位で視た綾那の行末は――ルシフェリアが度々「特に可愛い」と言う、王家の血筋をもつ颯月と深く関わっていて。なんならリベリアスの歪みを正すのにも丁度いいとくれば、それは思う存分利用したくもなるだろう。


 あの天使は我が子でもなんでもない「表」の生き物には全く興味がないし、慈悲もない。綾那が苦労しようがどうなろうが、さほど関係なかったのだから。


『あの子達二人だけでなんでもかんでも決めちゃって、君らを好き放題振り回してさ……こっちの事は気にも留めないで満足げに幸せを噛み締めているだなんて、腹が立たない?』


 いつも通りの中性的な声で明るく話す光球は、陽香達の前に姿を現すなりそんな問いかけをしたと言う。時期で言えば、綾那と颯月がヘリオドール領へ「転移」した直後――二人がなんちゃってハネムーンを楽しんでいる頃の話だ。

 ルシフェリアは綾那達を「転移」した後、一人だけルベライト領へ戻った。最早ルベライトで立ち往生していると言っても過言ではない状況に陥っていた一行を、王都へ「転移」するためだ。


 ロクな準備もできないまま、王都からルベライトまで応援に行ったアイドクレースの騎士達。彼らを早々に王都まで戻さなければならないし、魔物や眷属の襲撃に消耗していた陽香もまた、急ぎ「転移」させてしまった方が良い。往路に使用した騎士団所有の馬車だって、雪深い山道を進まずともルシフェリアの力を使えば一瞬で帰還させられる。


 そうして戻って来た光球は、開口一番「腹が立たないか」と問うたのだ。これまたいつも通りの説明不足極まりない問いかけに、陽香達は困惑しきりだったらしい。

 しかし詳しく聞いてみれば、綾那と颯月は今後悪魔として生きるとか、そのためには一度死んで蘇らせる必要があるとか、無茶苦茶な事を言い出したではないか。


 当然『四重奏』は――綾那を抜いた『三重奏』は、ルシフェリアの説明を聞いてそれなりのショックを受けた。決して少なくない衝撃を受けた上で、激怒した。

 周囲に事前説明の一つもないまま綾那を攫った颯月に。家族に意見を求めないまま迷う事なく死を選ぶであろう綾那に。そもそもこの二人を悪魔化まで導くための筋書きを用意した、ルシフェリアに。


 何故そんな勝手な事を。例え選び取る未来が同じだったとしても、ひと言相談があれば心証も違ったはずなのに。物理的な距離のせいでどうしたって二人の死には立ち会えないし、文句を言う事すらできやしない。


 渚は説明を聞くや否や激昂して、陽香は苦虫を噛み潰したような顔をして、アリスは戸惑い涙を零した。

 何でもかんでも自分の思い通りに動かして、綾那を永劫に独占しようとする颯月が憎たらしくて。二人が悪魔化するまでに至った契約――綾那の命を救うためにルシフェリアの手を借りたせいで、図らずしも共犯となってしまった己の迂闊さに後悔して。仮に蘇るから平気だと聞かされたところで、何一つ信頼できない創造神が相手では身内の死に不安が(まさ)って。


 永遠に綾那を失うのではないか。そもそも蘇った二人は、本当に皆が知る二人なのか。もしこれが今生(こんじょう)の別れになるならば、誰もまともな挨拶すらできぬまま家族を失う事になってしまうのに。

 その苛立ちと不安、歯がゆさは、いかほどか――きっと筆舌に尽くしがたいものだったはずだ。


 そうして動揺する一行に、ルシフェリアは至極呑気な声色で囁いた。


『君らを悲しませた事、ちゃんと分からせてあげないとダメだよね? お仕置きがしたいなら、特別に僕が手伝ってあげるよ?』――と。精神的に追い込まれた面々にこのタイミングで告げるとは、正に悪魔の囁きとも呼べる提案であった。

 しかし正直、渚を始めとする面々は「どの口で言ってんだ、お前」と思ったらしい。そもそもこのシナリオを創ったのは――諸悪の根源はお前だろう、と。


 自分の事を棚に上げて綾那と颯月だけ批判するルシフェリアに、はっきりと反感を抱いた。しかし、それと同時に思い出す。()()()はこの天使の助言通りに動いた結果、本当にスッキリしたものだと。

 渚と再会したセレスティン領での一件。綾那と颯月の結婚を認めるための、最終テストのようなもの――つまり、『綾那、涙の蜘蛛踊り食い』である。


 ゆるふわキャラのせいか天然思考のせいか、はたまた生まれついた幸運特性か。何かにつけて周囲から大目に見られがちの綾那を、ギャフンと言わせた一連の罰ゲーム。

 あれだけのダメージを二人に与えられたら、蔑ろにされた者の溜飲(りゅういん)もいくらか下がる。


 腹が立つとは言っても、ただ相談なしで重大案件を進める身勝手さが気に入らないだけだ。誰も「悪魔化するぐらいならいっそ死んでしまえ」なんて事は思っていなくて、なんでも良いから生きていて欲しいと願っている。

 だから、出来る事ならば手放しで二人の生を祝福したかった。それが素直に呑み込めないまま喉に引っ掛かり、皆の呼吸を詰まらせた原因は――。


 いつものように詳細は省いたまま、『緑の聖女様の力があれば、きっと大きなダメージを与えられるだろうね』と告げた天使に、迷う者はいない。

「……()()()()に復讐してやりますよ」――と呟いた渚の目は、見る者が身震いする程に据わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ