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眷属の特性

「私この国に疎くて、悪魔憑きについてもよく分かっていないんです。だから、子供達と一緒に遊びながら学べるといいなと思って」

「悪魔憑きを知らない? ――こ、コレが()()だという事は、理解できていますか?」

「おい、誰が「コレ」だ」


 静真にビシリと指差されると、颯月は眉根を寄せながら彼の指をグッと掴んだ。指を掴まれた静真は、ただでさえ悪い顔色を更に青くすると「バカ、やめろ!」と颯月の手を振り払ってしまった。


「お前な! いい加減、自分がどれだけ強く憑かれているか自覚しろ!! お前に触れられたら夢枕に眷属が出るんだぞ、どうしてくれる!?」


 途端に頭を抱える静真を見て、綾那は目を白黒させた。悪魔憑きの憑かれ方に、強い弱いなんて違いがあるのだろうか。夢枕に眷属が出る――とは、一体どういう状況なのか。

 困惑する綾那を見かねたのか、颯月が説明し始める。


「魔法には、火・水・風・地・雷・氷・光・闇――全部で八つの属性がある。人はそれぞれ、生まれながらに適正が決まっているんだ。教会の神父や司祭っていうのは、『光』属性に長けた者しかなれない。そして、光に長けた人間は眷属に悪戯されやすい」

「悪戯?」

「ああ。眷属は無差別に人を呪うんだが、唯一光属性の人間だけは呪えないらしい。それがよほど悔しいのか、真夜中に現れてはデカイ音を出すとか、モノを壊すだとか――安眠妨害に勤しむんだとよ。静真を見れば、どんなモンか分かるだろう?」


 綾那派改めて静真を見ると、その顔色の悪さと目の下のクマに「確かに――」と頷いた。どうやら眷属による被害というのは、人に取り憑くだけではないらしい。


「颯月さんが触ると、眷属が夢枕にっていうのは?」

「静真が言うには、俺は眷属から相当強く呪われているらしくてな。そういう悪魔憑きに触れられると、同族の力に惹かれちまうのか、悪戯しに来る眷属が増えるそうだ」

「へぇ――えっ、いや、お手軽に触っちゃってましたけど、平気なんですか?」

「さあ? まあ、今日まで生きてるから平気なんだろう」


 至極興味なさげに言い放つ颯月に、静真は「平気な訳があるか!」と大声で吠えた。彼はそのまま、颯月に掴みかかりそうな勢いで両手を突き出した。しかし、触れたところで己に不利益しかないため、グッと握り拳を作って宙を彷徨わせている。


(静真さんって見るからに不健康そうだけど、元気な人なんだ――ちょっと安心した)


 静真は今にも倒れそうな体つきだが、意外と大きな声が出せるようだ。しかも、一体いつからの付き合いなのかは分からないが、颯月と静真は随分と気安い関係らしい。

 綾那は苦笑しながら、言い争う――いや、じゃれ合う二人のやりとりを見守った。


 ややあってから落ち着きを取り戻したらしい静真は、ゴホンと咳払いしてから綾那に向き直った。そうして右手を差し出すと、また青い顔で微笑んだ。


「失礼、取り乱しました。ええと――とにかく、中を案内しましょうか」

「はい、よろしくお願いしま――っ!?」


 綾那もまた静真と握手するために右手を差し出した。しかし互いの手が触れた瞬間、綾那の中に言いようのない怖気(おぞけ)が走って、瞠目する。

 招待は分からないが、彼――静真の中に()()()()()()がある。それを取り除こうと、綾那の「解毒(デトックス)」が反応したのだ。


 綾那は咄嗟に、静真の手を強く握った。


「え……あ、綾那さん? どうされました?」

「すみません、もう少し、このままで――」


「解毒」は己の体内に有害物質が入った時、または有害物質に体を(おか)された人間に触れた時、自動的に発動するギフトだ。

 普通は発動した瞬間、まるで閃くように「これはあの毒だ」「あの薬だ」と分かるものなのだが――原因物質が「表」に存在しないモノなのか、静真の体を冒しているモノの正体が分からない。


(何だろう、コレ? たぶん毒なんだけど、ハッキリ分からないな……)


 以前飲んだキラービーの毒については、瞬時に睡眠薬だと理解できた。だから、毒が奈落の底由来のモノだから分からないという事はないはず。

 それなのに原因が分からないのは、なぜなのか。しかも、彼の体から異物を取り除くのに大変な時間がかかっている。こんな事は初めてだ。


「綾? 静真は絶望的に女に免疫がない。惚れられると面倒だから、その辺でやめておくのが賢明だぞ」

「バッ、よ、余計なお世話だ!? ――ん? なんだ、体が随分軽くなったような……」

「何? 言われてみれば……相変わらずクマは酷いが、顔色が多少マシになった気がする」


 静真の体内に蓄積された異物の正体は分からないままだが、ひとまず彼の中に感じるモノは全て取り除いた。そのついでに、寝不足とストレスのせいで疲労物質の溜まった腎臓と肝臓をデトックスしておいたので、ほんの少しだけ顔色もよくなったらしい。


 綾那は静真の手を離すと、ニッコリと微笑んだ。


(――後で颯月さんに相談しよう)


 ちらりと颯月を見やれば、たったそれだけの合図で何かに勘付いたのか、小さく頷き返される。相変わらず察しの良い事だ、流石は宇宙一格好いい男である。

 そうして綾那がご満悦で頷いていると、静真が唇を戦慄かせた。


「まさか綾那さんは、女神の化身なのか――? それとも、聖女?」

「はい……?」


 静真は至極真剣な表情で、綾那の両手を取った。「女神? 聖女?」と目を瞬かせる綾那に、随分と熱っぽい視線を送る。


「僅かだが、綾那さんからは創造主に似た神々しい何かを感じる――こんなに体が軽いのは、一体いつぶりだろうな」


 静真の言葉に、綾那は「あ」と小さく呟いた。綾那は曲がりなりにも、この世界の神キューの祝福を受けている。更に、「表」でギフトを配っているのもキューの同族――つまりは、神だ。


 なぜ彼がギフトや祝福を感じ取れるのかは分からないが、司祭というのは神に仕える者だ。神の気配には、常人よりも敏感なのかも知れない。


「しかし――あなたのように清らかな存在が、どうして颯月なんかと共に? 神力が穢れてしまうのではないですか?」

「おい、なんかとはなんだ。ホラ見ろ、綾。アンタが誘惑したせいで、本気になっちまっただろうが。どうするんだ? これ」

「バカ、本気などではない! そんな俗物的な感情と一緒くたにするな、コレはもっと神聖な……!」


 またじゃれ合い始めた二人から離れて、綾那は苦笑する。しかし、ふと静真の背後――開いた扉の向こう、教会の中から視線を感じて首を傾げた。ちらりと覗けば、頭から黒いローブを被った子供達の姿がある。被った布の隙間から目を出して、外の様子を窺っているようだ。


「あの、颯月さん、静真さん。子供達が」

「あ――こらお前達、もう少し裏庭で遊んでいなさい。いい子にしていたら、後で颯月が遊んでくれるよ」


 子供達に気付いた静真が振り返って、裏庭へ戻るよう促した。静真の言葉に、子供達は裏庭へ行くどころかその場で飛び跳ねてはしゃぎ始める。


「えっ、颯月来たの!? なんだよ、ホント暇人だなー!」

「じゃあ早く遊ぼうよ! どうせ静真さんとの話なんて、大した事ないんでしょ?」

「にーちゃんにーちゃん、本のつづきー!」


(わあ……颯月さん、めちゃくちゃ子供に好かれてる! ちょっと意外かも――)


 フードを被ったままキャッキャッとはしゃぎ回る子供達を見て、綾那は目を瞬かせた。

 確かに颯月は、綾那から見ると宇宙一格好いい男であって、完璧な存在だ。けれど眉目秀麗である反面、彼の顔には妙な迫力がある。

 垂れ目だが決して優しいとはいえない目つきに、背丈や身幅もあるため、凄まれれば縮み上がってしまうような――どちらかといえば、強面(こわもて)の部類に入るだろう。

 なんなら、顔の右半分を覆い隠す眼帯の存在も、彼の凄みを増している。


 ゆえに綾那は、もしや彼は子供に怯えられるタイプなのでは? と、失礼な事を考えていた。だが、それは杞憂だったようだ。

 前情報通り、元気過ぎてやや生意気な言葉遣いの子供達。颯月は目元と口元を緩ませて、はしゃぐ子供達と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。


 どうやら彼自身、なかなかに子供好きなタチらしい。


「おい、誰が暇人だ、生意気言ってると遊んでやらねえぞ? 俺は仕事で来てるんだからな、お前らと遊ぶのは別料金だ、金払え金」

「はあー!? ケチくせー! ケチな男はモテねえって、静真が言ってたぞ!」

「……なあ静真、アンタ『()()()()()』って知ってるか?」

「うるさいな! ――ホラ、とにかく戻りなさい。今日は別のお客さんも来てるんだから」

「えっ」


 そこで初めて綾那の存在に気付いたらしい子供達は、ぴたりと動きを止めた。そして、先ほどの騒ぎはなんだったのかと思うほど静まり返ると、一目散に教会の奥へ駆けて行く。

 綾那は、子供達の楽しみに水を差して申し訳ないような、一言も会話する事なく逃げられてしまって残念なような――複雑な気持ちになった。


「ああ、逃げられちゃいました……もしかして、人見知りする子達ですか?」

「人見知りというか――悪魔憑きの子供は、総じて警戒心が強いんですよ。特に彼らは、生みの親に捨てられていますから」

「なるほど……それは、知らない人が訪ねて来たらビックリするはずですよね」


 颯月は立ち上がると、苦笑する綾那の肩を叩いた。


「まあ、ガキ共は絶対にアンタを気に入るから平気だ。……()()悪魔憑きが言うんだから、間違いない」

「颯月――だが綾那さんは、悪魔憑きを知らないんだろう?」

「……知らねえから、心地いいんだろうが」


 言いながら颯月は、眉根を寄せた。まるで見えない痛みに耐えるような、それでいて自嘲するような表情を見て――綾那は、心臓を強く鷲掴まれたような心地になる。

 気付けば、颯月に向かって両腕を広げていた。


「あの……私でよければ、ギュッてしましょうか――?」

「………………あのな、アンタ自分のポテンシャル馬鹿にすんなよ? 本当に」

「えっ、胸を貸すぐらい朝飯前ですが――」

「胸借りる程度じゃ済まなくなると、困るって言ってんだよ」


 綾那は首を傾げた。遠慮しなくたって、本当に胸を貸すぐらいなんともなかったのに――しかし颯月は綾那の両腕をとると、体の横へ下ろしてしまった。その表情は穏やかで、口元には笑みも浮かんでいる。

 そんな二人の様子を黙って見ていた静真もまた、笑みを漏らした。


「ああ、まあ――なんとなく、分かった。ひとまず中へどうぞ」

「あ……はい、お邪魔します」


 とにかく、颯月が元気になったようで良かった。綾那は静真の後に続き、悪魔憑きの教会へ足を踏み入れた。

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