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休憩

 リベリアスの空に浮かぶ魔法の光源は、位置だけでなく色を変える事もない。しかし、例え太陽が紅く染まらずとも、時間帯的には夕方に差し掛かったところだ。

 昨日ルシフェリアに命を刈り取られてからというもの、一睡もする事なく魔力制御の訓練に明け暮れた綾那。颯月曰く「呑み込みが早くて偉いぞ」らしいが――綾那のやる事なす事を全肯定する上に、悪魔となった今の彼の評価は激甘で、全くアテにならない。


 とは言え、なんとか夜が来る前に必要最低限の履修(りしゅう)は済ませたので、及第(きゅうだい)点といったところだろうか。

 体内にある魔力の流れは完全に掴んだし、大気中に漂うマナを吸収するという経験もできた。魔法の詳細な使い方については後回しになってしまったが、少なくとも魔力を押さえるためのコツは学んだ。

 そして、『氷』の管理者として責任を負わなければならない部分――幸いこれも、あまり苦労する事なく習得できた。事前に颯月の負う『雷』の苦労について聞かされていたため、綾那はかえって気負わずに(のぞ)めたのだろう。


 もちろん、さすがに何百、何千年と生きている竜禅のように、『呼吸をするくらい無意識に管理できる』とまではいかない。それでも、北部の海に浮かぶ氷の管理だけしていれば良いというのは、思いのほか気が楽だった。

 ほんの数日前に、北部ルベライトの地を訪れていたのも良かったのかも知れない。雪深いあの地を思い出しながら、海に浮かぶ氷山をイメージするのだ。たったそれだけの事で、不思議と現在の氷海の様子が手に取るように分かった。


(まだ氷海には行った事がないのに、やけにイメージしやすかったのは……お祖父様とお祖母様から、輝夜様のお話を聞いていたお陰かも)


 北部の海を棲み処にしていた青龍――竜禅を彼女が強引にスカウトしたという話は、どうも綾那の海馬(かいば)に深く刻まれているようだ。お陰で、行った事のない場所でも思い浮かべやすかったし、ルベライトの首都アクアオーラから海までの位置関係や、大体の距離も分かった。


 そうして海を思い浮かべた結果――まるで、動物に備わる生存本能のように――氷の管理方法を理解したのである。リベリアスの気候を保つために必要な氷の総量、管理の仕方。氷が増えすぎた時、また減ってしまった時にはどう調節するべきか。


 そもそも、既に北部に雪を降らせるほど気温を下げる量の氷が存在しているのだ。ちょっとやそっとの事では溶けないし、綾那が意図的に『世界を氷で閉ざす』ぐらい思わなければ、過剰に増える事もない。

 直前に魔力制御を学んでいたのも大きいかも知れないが、綾那自身、驚くほどスムーズに事が進んで安心した。


 果たして、必要最低限で本当に問題ないのか? という不安はあるものの――綾那が氷の管理について理解するや否や、颯月は「一度ヘリオドールに戻って休もう」と(きびす)を返した。

 まあ、昨日から色々とありすぎて、お互い心身ともに疲弊しているのは確かだ。新しく創られた体に馴染むためにも、休息は必要である。しかし、当然のように昨日まで滞在していたホテルへ向かおうとしている颯月に、綾那は様々な事を考えた。


 どちらも人間ではなくなったのに、街中へ入れば異端視されるのではないのか。悪魔憑きでさえ『異形』だ、なんだと忌避されて受け入れられないのに、こんな赤目の尖り耳が堂々と侵入して、問題ないのか――と。


「綾は、前の俺の方が好ましいんだろうな」

「え? いえ、新しい颯月さんも素敵ですよ。颯月さんは颯月さんですし……」

「……ああ。俺も、悪魔になった綾が想像以上に好みのままで嬉しい」


 言いながら幸せそうな笑みを浮かべた颯月の姿は、()()()()()()人間であった頃の彼そのものとして映っている。

 綾那の心配をよそに、彼が街へ入る前に使用したのは闇魔法「暗示(イミテーション)」だ。これはかなり幅広い効果をもつ魔法らしいが、基本的な能力は『闇魔法に対する抵抗力のない者を催眠にかける、または洗脳する』である。


 東部アデュレリアの領主一家がかけられていたのも、この魔法だ。領主は実の息子である右京すら目の(かたき)にしていたし、街で悪魔憑きを見かければ別の地へ流刑した。

 恐らく、悪魔ヴィレオールがあの地で快適に過ごすためには、天敵となる悪魔憑きを排斥する必要があったのだろう。領主だけでなく、東部全体の人間――特に首都オブシディアンでは、『異形』に対する目が厳しかったように思う。


 つい先ほど颯月がかけた「暗示」は、『颯月と綾那が()()()姿()に見える』というものである。もちろん、闇魔法が効かない颯月自身は暗示にかかっていないが、あらかじめルシフェリアに闇魔法の適正を奪われている綾那の目は、見事に騙された。


 彼は人間であった頃と同じように色白で、金髪混じりの黒髪だし、右半身には『異形』の刺青が入っている。今まで散々、あの髪と刺青に苦しめられてきたのだから、わざわざ律儀に再現せずとも良いのに――まず間違いなく、あれら全て含めて綾那の好みだと知っているからだろう。


 また、綾那も自身の姿を鏡で確認したところ褐色ではなくなっているし、耳は普通だし、髪色だって銀髪から水色に戻っているように見えた。しかし結局はただの洗脳で、実像と虚像を誤認させて人の目を騙しているだけらしい。

 水の壁を一枚(へだ)てなければいけない「水鏡(ミラージュ)」よりも、もう少し便利なマジックミラーのようなものだ。


 ――ちなみに、ヴェゼルの場合はどうだったのかと言うと、彼のよく使っていた魔法は「暗示」とは別の闇魔法「変換(コンバート)」というらしい。

 ダイオウイカに擬態していた時、彼は足の一本一本まで受肉していたように思う。それらは決して虚像ではなく、森の木々をなぎ倒した剛腕も、綾那のジャマダハルが切り裂いた足も、彼が感じた痛みも確かに本物であった。

 猫に擬態して陽香へ擦り寄った時に、彼女が発症した動物アレルギーだって本物である。


 また、アイドクレースの教会で人間のフリをしながら過ごしていた時だってそうだ。闇魔法の適性がある悪魔憑きの子供達は、彼を見て「変な耳」「悪魔憑きみたいに赤い目」なんて一言も口にしなかった。

 つまり、「暗示」であれば見破れたはずの尖り耳も赤目も銀髪も、彼らにはひとつも見えていなかったのだ。


 人に虚像を見せて催眠をかける「暗示」と違い、「変換」は体そのものを作り変えてしまう魔法らしい。

 ただし、効果は最大で三日ほどで、魔法が解ける頃にまた掛け直さなければいけないようだが――ヴェゼルはもう人間になったのだから、関係ない話だろう。


「これからいくらでも時間があるとは言え――正直、まだ王都には帰りたくないな。綾の家族に弁明するのは骨が折れるし、騎士団に戻れば、また仕事に忙殺(ぼうさつ)される……ずっと綾とこうしていたい」


 颯月は綾那を背中から抱きすくめると、髪に顔を埋めてため息を吐き出した。

 あのマグロが仕事を嫌がるとは、彼をダメにしたくて仕方がない綾那からすれば喜ばしい事なのだが――しかしこれだけの無茶を通したのだから、王都で待つ皆へ弁明も謝罪もなしに、このままヘリオドールで遊んでいて良いはずもない。


「でも、夜になればシアさんがお迎えに来るはずですよね。もうそろそろ帰り支度を始めないと……」


 ホテル滞在中に試着しきれなかった服を捨て置くのは、惜しい。他でもない颯月が贈ってくれたものなのだから、尚更だ。全て王都へ持ち帰るため、ルシフェリアが迎えに来たらすぐ出発できるように荷造りしておかねばならない。


「今この瞬間、二人で過ごす時間が足りてない。魔力制御の訓練は、悪魔としての仕事みたいなもんだし……俺は、新しい綾の頭のてっぺんから足の爪先まで余さず「分析(アナライズ)」したいのに」

「ええと……執着してくださるのは嬉しいですが、プライバシーの侵害はやめてください」

「創造神も少しは空気を読んで、明日の朝――いや、昼に来てくれればな」

「……うぅーん」


 ルシフェリアが空気を読み始めたら、それはもう綾那達の知るルシフェリアではない――とは、さすがに言えない。綾那は、いまだ離れたがらない颯月を宥めながら身支度を始めた。

 なぜ現時点で彼との間に若干の温度差があるのかと言えば、己で決心して身も心も悪魔(ダメ)になりつつある颯月と違って、綾那がまだ中途半端な存在だからだろう。

 これから時間をかけて悪魔化について飲み込み、颯月がダメになればなるほど得られる多幸感に溺れていれば、いずれ感情の差異も消えるはずだ。


 それに綾那は今、呑気に睦み合っている暇ではないと理解している。なぜなら、王都で待つ家族の反応をしっかりと恐れているのだから――。

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