ささやかな抵抗
綾那は、ただ必死に魔法を使い続けた。無心で打ち込めればそれが一番良かったのだろうが、何も考えずに魔法を使うのは難しい。それに、失敗する度にペナルティとして差し出される焼き串の具が、いつサソリからクモに変わるのかと言う不安と焦りもあった。
そうして雑念に邪魔されればされるほど、焦れば焦るほど、制御は上手くいかない。さすがに、悪魔憑きの子供達が火の雨を降らせた時ほど深刻ではないが、それにしたって氷のサイズが一向に縮まらないのだ。
考えるな、感じろと言わんばかりの脳筋理論の割に、魔法は難しすぎる。何度繰り返しても感覚が掴みづらい。普通、ゲームや物語で魔法と言えば、知力がモノ言う力ではないのか。それがなぜ、体で覚えるハメになっているのか――。
もしかすると、悪魔なんていう特殊な存在として生まれ変わったせいなのかも知れない。聖獣や悪魔は文字通り人並み外れた魔力を有しているらしいので、一般的な魔法使いよりも制御に苦労して当然である。
(これは確かに、いきなり魔法の実践なんてできるはずもない……)
綾那は、揚げサソリをバリバリと咀嚼しながら、ぼんやりと遠くを見つめた。すっかり日が高くなって外気温も上がったのか、まるで蜃気楼のように遠くの景色が揺らめいている。
スタチューバーとして活動していた時分、散々罰ゲームとして味わったため、揚げた昆虫に対する抵抗感はほとんどない。
それでも苦手なクモを口にするのは相当に悩ましいが、セレスティンで経験した踊り食いと比べればどうという事はない――などと口にすれば、すかさず「実は生食の用意もある」なんて言い出しそうなので絶対に言わない。
こんなところで、地獄の言霊も、引き寄せの法則も味わいたくはないのだ。
咀嚼したものをゴクリと飲み下せば、口の中にざらつきと苦み、そして香ばしさが残っている。いくら栄養価が高いらしいと聞いても、やはり食べ慣れた牛や豚からたんぱく質を摂取したいものだ。
早くも疲れ切った表情でチラと颯月を見やれば、小首を傾げて「どうした? 続けろ」と微笑まれて困る。
何度見ても好みドストライクの顔面に「好き」となりつつも、いつ「あまり軽々食されるとペナルティになっていないな」と言い出すか――気が気ではない。
ただでさえ綾那の泣き顔を好んで、何かにつけて見たがる彼の事だ。揚げサソリが揚げクモになり、いずれは生食になる未来が丸見えであった。
「……颯月さん、コツが知りたいです」
「コツなんて聞いたら、また余計な考えを巡らせる事になるぞ」
「でも……このままじゃあ制御できません。何度か繰り返しても、氷の様子は全く変わりませんし――」
綾那は、サイズの変わらない巨大な氷の玉を見てため息を吐き出した。
「変わってない事はない、氷の密度が明らかに違う」
「……密度?」
「確かに、一見するとガワは変わっていないように思うが、透明度が違うだろう? 初めは透明に近かったものが、段々白っぽくなって向こう側を見通せなくなってきた」
「白っぽく……言われてみれば」
「小さな氷の結晶が集まって固まると、こうなりやすい。つまり、綾が「小さくしよう」と心掛けている事の結果は出ている訳だ」
氷は、水の中の不純物や空気を減らしてゆっくり凍らせると、無色透明に近付く性質をもつ。例えば、家庭用の製氷機でつくるものはどうしても零度以下の急速冷凍になる上、冷凍庫内に生じる冷気のせいで空気も混じりやすい。すると、空気が入る分水の密度が低くなって凍り付きやすく、気泡入りで軽く、白っぽい氷が出来上がるのだ。
そうしたものは一つの氷と呼ぶよりも、無数の小さな結晶が凝縮されて一つの氷塊になっている、と言う方が正しい気がする。
初めに綾那が創り出した氷は透明で、たった一つの巨大な氷の結晶で出来上がったものに近かったのだろう。それが「小さくしよう」と念じる事で、結晶一つ一つが縮んでいるようだ。
まあ、それらが集合体となっているので、結局のところ巨大な玉のサイズは変わっていないのだが。
(なんだかそれって、結果がズレてない……? そういう小ささを求めている訳じゃあないんだけど)
氷の体積も密度もどうでもよくて、もっと分かりやすく小さな玉になってくれれば、それで良いのに。ガワの大きさが変わらなければ、なんの意味もない。やはり元々綾那の感覚がズレているせいで、魔法が起こす事象までもズレてしまうのだろうか。
綾那が「うーん」と唸れば、長い指先が頬をくすぐった。
決して見放さず、常に傍について指導してくれるのは心強いが、正直颯月とはこんな面白みのない訓練よりも、別の事を楽しみたい。せっかくの新婚なのに、綾那はどうして砂漠で揚げサソリなんか食しているのか。ゆっくり街歩きをして笑い合って、好きなだけ触れ合えればどれほど良かったか。
「もしかすると、鞭よりも飴の方が効果的かも知れません。正しくは、飴というか――例えば、失敗した回数×日数ハグ禁止とか、そういう罰の方が」
「それは、綾よりも俺の食らうダメージの方が大きいから却下。指導にも熱が入って一切甘やかせなくなるし、俺は恐らく綾が離れれば離れる程ダメになって狂うからな」
「あ、ハイ……」
なんとか罰を回避しようとしたものの、全く上手く行かないものだ。つまりこのままサソリを食べ続け、串がクモに切り替わっても耐えるしかないのか。
綾那はじんわりと涙目になりながら、ほぅと息をついて訓練を続けた。




