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ペナルティ

 とにかく、先ほどの失敗から学べば良いのだ。失敗した要因を挙げるとするならば、明らかに魔力の込めすぎがまずかったはず。


(つまり、魔力を溜める必要なんてなかったんじゃない? だって、ほんの少し溜めただけでこんなに大きな氷が創れちゃうんだもん)


 無理に()き止める必要はない。ただ体内に流れている魔力をそのまま使えば良いのだろう。次こそは余計な事も考えない。氷山ではない、綾那が創るのはロックアイスだ。

 もう、まごう事なきロックアイスで行った方が良い。表面がツルツルで円形の、美しい氷だ。


 下手にギフトなんてものを抱えて生きていたせいで、綾那の想像力はリベリアスの一般的な魔法使いよりも育ち過ぎているらしい。であれば、逆にそこを強みとして、より明確なイメージを膨らませれば良いのではないか。


(そうすればやりすぎたり、おかしな事になったりしないはず――だから、私の手の平サイズで丸い氷! 今度こそ決める!)


 綾那の脳内イメージは完璧だった。余計な魔力も溜めていないし、込めたつもりもない。


 しかし、眼前にドシンと落ちてきた直径二メートルを超える巨大な氷に、綾那は真顔のまま「誠に遺憾(いかん)である」と呟いた。

 確かにイメージした通りツルツルで、ここが砂地でさえなければどこまでも転がっていきそうなほどに丸みを帯びているのだが――如何(いかん)せん、サイズがおかしい。

 一体、どれほど魔法を使うセンスが足りていないのか。割と早い段階で魔力の流れを察知できたからと調子に乗っていたが、まるでダメではないか。

 そうして項垂れる綾那の横で、腕組みをした颯月が低く唸った。


「綾は恐らく、魔法を使う時にまず頭で考え過ぎるんだろう。こればかりは慣れろとしか言いようがないんだが……繰り返し発動して、身体で覚えてもらうしかない」

「に、二十一年間考えなしと言われ続けてきた、この私がですか……!? そんな馬鹿な!」

「ショックを受けるところが独特で可愛い。――似ていると思ったのに、ギフトと魔法じゃあ発動要領が違うのか? まず頭で考えてから力を使う癖がついているらしい……少し厄介だな」


 失敗について淡々と分析している颯月を尻目に、綾那は胸中で「そりゃあ、生まれてからというもの、当たり前にあったギフト()ですから」とぼやいた。

 癖なんて生易しいものではない。呼吸をするのと同等に馴染んだ、無意識の習慣である。


 考えすぎるのが悪、あまり明確にイメージしない方が良いと言うなら、リベリアスの魔法使い達はどうやって現象を起こしているのだろうか。

 綾那が癖でギフトを使う時にアレコレと頭を働かせるのとは違って、魔法使い達は細かく考えなくとも感覚だけで魔法を発動できると言うのか――。


 並んだ巨大な氷柱と氷の玉を眺めながら悩んでいると、颯月がおもむろにパチンと指を鳴らした。まるで『共感覚』のスイッチを入り切りする時と同じ彼の行動に、綾那は目を瞬かせる。

 しかし次に起きた事象は、綾那の創り出した氷を一瞬で蒸発させるほど激しく燃焼する火柱の出現だった。突然の事に驚いて後ずさったが、その火柱は氷を溶かし切ると同時にパッと立ち消える。


 恐らく、颯月の巧みな魔力コントロールによって、力加減が計算し尽くされた魔法なのだろう。


(これが、魔力を制御するって事なんだ。でも私、魔力を込めたつもりがなくても大きな氷を創っちゃうのに、どうすれば――)


 指先に溜めず、体内に流れる魔力をそのまま利用してもダメとくれば、もっと細く小さく絞るしかないのか。綾那は、すっかり自信を喪失した不安げな瞳で颯月を見上げた。そうして彼の赤い垂れ目と視線がかち合った時、「おや」と首を傾げる。


「――颯月さん今、()を使いましたか……?」


 もしかすると、雷魔法を利用した火花か――とも思ったが、それにしてはおかしい。バチリと電撃が弾けるような音を聞いた訳でもないし、ただ単に炎が燃え上がったという感じだった。

 しかし、彼は既に七属性の魔法を扱える悪魔憑きではなく悪魔で、雷魔法と闇魔法しか使えないはずなのに――綾那が不思議に思っていると、颯月はうっそりと笑った。


「色々と使えた方が便利だろう? もしもの時、属性の不得手が原因で綾を守り切れないと困るからな。創造神が俺を悪魔にする際の、条件のひとつだ」

「……だけどそれって、あまりにもチート悪魔すぎませんか?」

「創造神が頷いたんだから、問題ないんだろう」


 いくら彼がルシフェリアのお気に入りだからと言って、そんなにも強大な力を悪魔に与えたままで、本当に大丈夫なのだろうか。今は問題なくとも、これから何十年、何百年と生きるうちに、いつか彼が反旗を翻したらどうするのか。


(いや、まあ……それでも、最終的にはシアさんが鎮圧できるんだろうけれど)


 何せあの天使の能力(ギフト)は、チートどころではないのだから。ただそれにしたって、ルシフェリアの他に颯月を止められる者が居ないというのは、大問題な気はする。

 綾那は「あの人、我が子は手に掛けない主義なのに大丈夫なのかな」と不安に思いつつ、小さく息を吐いた。


「綾、とりあえず制御を覚えられるまで何度でも繰り返してみろ。まず手加減する事を覚えないと、俺も綾も人間社会には戻れないからな」


 言いながら外套に隠れた袋を探っている颯月を見て、綾那はそこで初めて彼が何かしらの荷物を持っている事に気付いた。そう言えば秘策を用意しているとか、ペナルティがどうとか言っていた気がする。

 氷渡りのように海へ落とされるような事がないとは言え、それでも罰は罰だ。果たして、綾那が緊張感をもつために用意されたものとは――そうして彼が満面の笑みで袋から取り出した一本の()に、綾那は無言のまま頭を抱えた。


(うん、実はなんとなく予想してた――だって颯月さん、言ってたものね。「これは使()()()かも」って)


 長年スタチューバーとして活動してきたせいで、罰ゲームを予想する想像力と罰に対する慣れがあるのだろうか。

 常々、自分達が悪魔化した後の世界にばかり想いを馳せていた颯月の事だ。ヘリオドールの街中でこの焼き串を見た時から、綾那の魔力制御訓練に使うための罰を決めていたのだろう。


 少年のように目を輝かせながら「今後も失敗を積み重ねればサソリがクモに変わるから、そのつもりで」と言う颯月に、綾那は諦観の表情で「はい」と頷いたのであった。

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