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お勉強

 綾那は涙を拭うと、顔を上げて微笑んだ。


「――分かりました。今日は寝耳に水な事ばかりで驚きましたし、戸惑いもありましたけれど……全て、必要だったという事にしておきます。だから、一刻も早く王都へ戻らないといけませんね」

「あー……うん、その事なんだけどさ。ちょっと問題があって、今すぐには戻れないんだよね」

「問題?」


 そう言えば、先ほどルシフェリアは、綾那がヴェゼルと会えるのはもう少し後――とか、落ち着いてからでないと王都へ戻れない――とか、そんな話をしていたような気もする。

 すっかり気が動転していたから、まともに聞いていなかったのだ。


「ええと……問題というのは?」


 綾那が訊ねれば、仮面の天使は「やれやれ」と言いたげに肩を竦め、首を横に振った。


「君、魔力制御すらまともにできないのに王都へ行って暮らすつもり? 悪魔のルールその一、王都の人間はできるだけ殺さない! ……分かってる?」

「ははあ、魔力制御。そう言われましても、今は問題ないようですけれど……」

「魔法を使っている訳でもないのに、制御に問題もクソもないでしょう。さっきの吹雪だって、この辺りに人や動物が暮らしていないからなんとかなっただけで――もし王都のド真ん中で同じ事が起こったら? 君、その時点で排斥の対象になるじゃないか」

「ぅ……」


 確かに、年中常夏のアイドクレースでブリザードはまずい。ただ、少なくとも颯月と共に居れば、魔力を暴走させる事はない気がする。

 とは言え、そもそもリベリアスの『氷』を管理しなければならないのに、いつまでも魔法の扱い方が分からないようでは困る。今だって、刻一刻と北部の氷海に異変が起きているかも知れない。


(管理してる感が全くないもんね、今……確かに、このままだとまずいのかも)


 暴走を防ぐ以前の話で、これでは管理者失格である。

 綾那は、チラッと颯月を見上げた。悪魔憑きの子供達にそうしたように、綾那にも魔力制御の稽古をつけてくれないだろうか――いや、もっと初歩的な魔法のイロハから教えてもらわねば厳しいか。


 こちらが言わんとしている事をよく分かっているのか、颯月は目元を緩ませて鷹揚に頷いた。


「あ……だ、だけど、氷渡りはちょっとだけ嫌です」


 アレは何度も海に落ちるから、絶対にダメだ。体を一新して悪魔になったからと言って、超深海で溺死しかけた経験と記憶はなくしていないのだから。

 綾那が分かりやすく怯えた表情を浮かべると、颯月は「当然だ」と言って微笑んだ。


「この辺りには氷渡りができそうな海も、湖もない。それに、そもそも綾の命に関わるような事はさせたくない」

「颯月さん……」

「しかも、綾が使えるのはあくまでも氷魔法だけであって、火が出せなきゃ氷渡りは無理だ。まあ、自分の力で作り出した氷の道を割らずに維持したまま歩く、という手がない訳でもないが――」


 ブンブンと首を横に振る綾那に、颯月はますます笑みを深める。


「綾に向けた手なら、もう別に考えてあるから氷渡りはナシだ。早速だが始めようか、()()の問題があるからな」

「鮮度……よく分かりませんが、頑張ります」


 颯月に手を引かれて立ち上がれば、吹雪が原因で湿った服がやや気になった。散々雪を降らせて凍らせた砂地に膝を抱えて座っていたものだから、ズボンを通り越して下着までじっとりと濡れていて、気持ち悪い。


(でもまあ、私が雪さえ降らせなければ気温の高い場所だし……すぐに乾くか)


 ふと、颯月に洗浄魔法をかけてもらえば――とも思ったが、彼はもう光以外の七属性を使える悪魔憑きではないのだ。恐らく、雷と闇の二属性のみ使える体なのではないだろうか。


「時間かかりそうだし、吹雪く度に視界が寒いから……僕はしばらく、王都で遊んでくるよ」

「……時間、かかるんですね」

「それはまあ、君が魔法の勉強をするのは始めてなんだし? 色々と大変だろうけれど、これから悪魔として働くためには必要な事だから頑張るんだよ。僕としては、できれば明日中にマスターして欲しいかな――北部の氷はちょっとやそっとじゃあ溶けないから、しばらく安心なんだけどさ」


 ルシフェリアは「それじゃあ、ごゆっくり」とだけ言い残して、忽然と姿を消した。

 雪と氷の残る砂漠に残されたのは、颯月と綾那の二人のみ。そして、魔力制御をマスターするまでの期限は明日中。今が既に夜中だから、時間はほとんど残されていない。


 綾那は小さく息を吐き出すと、腹を(くく)った。決して容易くはないだろうが、やらなければ。全ては、颯月と己が幸せになるためだ。


「颯月さん、まずは何をすれば良いですか? 魔法の使い方からしてギフトとは違うみたいで、全くもって謎なんですけれど……」

「ただ制御を失っていただけとは言え、綾はさっき氷魔法を使えただろう? そう気負わずとも、恐らく魔法を扱うための素地はあるんだろう」

「素地、ですか」


 本当にそんなもの、あるのだろうか? 魔法を使えたと言っても、どうしたって吹雪が止まずに匙を投げていただけなのに。

 綾那は表情を曇らせたが、しかし颯月は気にした様子がない。それどころか、大きな手の平で綾那のヘソの下辺り――所謂(いわゆる)丹田(たんでん)と呼ばれる場所を撫でた。


「マナを魔力に変換するための器官は、ここにある。試しに意識を集中させてみると良い」

「意識を集中……」

「もう少し分かりやすく言えば――ここに力を入れて、腹を凹ませるような感覚だ。呼吸は止めない方が、魔力の流れが分かりやすい」


 正解が分からないなりに、綾那は言われた通り腹に力を込めた。

 魔法と言うからには、もっと頭脳や深い知識、繊細な感覚を必要とするのかと思っていたが――どちらかと言えば、武術に近いのかも知れない。


 丹田に力を入れて、呼吸を止めずに気を練る。ヨガにも(もち)いられる『丹田呼吸法』だ。

 本当にこれで合っているのか? そんな不安を他所に、綾那はハッキリと自身の体の中に流れる不思議な力を感じ取った。


 いとも簡単に魔力の流れを理解した綾那は、(みずか)らのセンスよりもまず「颯月さん、どこかの誰かさんと違って教え方が具体的で、凄い!」と感動したのであった。

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