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祈り

 取り付く島もないヴィレオール相手に、ヴェゼルはすっかり黙り込んでしまった。

 彼らにとって、人類は敵。創造主であるルシフェリアには放任されて、悪魔はこの世にたった二人だけ。味方と呼べる存在は兄弟のみなのだ。

 当然並々ならぬ想いを抱えているだろうに、執着しているのはヴェゼルばかり。ヴィレオールは「人間になって生き長らえるくらいなら、今ここで死ぬ」と言い張っている。


 兄の反応を直接目にして、ルシフェリアからも散々「話すだけ無駄」と言われて――さすがに諦めもついたのだろう。彼は痛みを堪えるように眉根を寄せた後、勢いよく立ち上がると、綾那の傍まで戻って来た。


 綾那はなんと声をかけて良いものか悩みながら、己よりも低い位置にある頭をそっと撫でる。


「ヴェゼルさん――」

「いい、平気だ……どうしたって兄貴の考えは変わらないって事は、よく分かったから――それに、俺は一人にはならない。()が居る」


 無理をして強がっているのは一目瞭然だったが、それでもヴェゼルは笑みを浮かべながら毅然(きぜん)と答えた。

 まさかとは思うが、新しい悪魔になる颯月の事を弟呼ばわりしているのだろうか? 確かに、年功序列で言えば弟なのかも知れない。


(見た目はとても、ヴェゼルさんの弟とは呼べない気がするけれど――)


 しかしふと思い返せば、今のヴェゼルには弟が何人も居るのだ。なんの説明もなしに教会から忽然(こつぜん)と姿を消した彼を心配する、悪魔憑きの子供達が。

 だからきっと、彼は唯一の兄を喪ったとしても生き続けるだろう。人間と遊ぶ楽しみを知った彼なら、何度だって友人を作れるはずだ。孤独に生きるような事はない。


「さてヴィレオール、僕に何か言う事はある? 君が各地にばら撒いて遊んだ「表」出身の人間は、僕の同族が回収しているところだし……つくり過ぎた眷属はマナに還ってもらった。悪さをするために作られた毒物は、全部毒抜きしておいたし――ここで作って遊んでいるモノも、後で全部消しちゃうからね」


 颯月の腕に抱かれて、すっかり目線が高くなったルシフェリア。床に寝そべったままのヴィレオールは首を回して、若干辛そうにしながら男児を見上げた。


「……つまらないと思った事は、一度もないのか? ルシフェリアは、俺よりもずっと前からリベリアスを見ているだろう。同じ事ばかり繰り返す人間の動きを観察し続けて、それでどうして満足できるんだ?」

「僕は、ずっと楽しいよ? そもそも『悪魔』は、人間が過ちを繰り返さないように引き止める役割を担っていたんだ。魔具じゃなくて、世界の自浄作用をもつ大事な役割――君の事だって、度を過ぎた悪ささえしなければ可愛い子供のイタズラで済んだのに……おバカだねえ」


 その言葉とは裏腹に、ルシフェリアは慈しむような顔と声色をしている。まるで、本物の天使のようだ――と口にすれば、「失礼な! どこからどう見ても天使じゃないか!」と憤慨するのだろうが。


「まあ今回の事は、君の本質を見抜けなかった僕の落ち度でもある。だから――ヴィレオールという存在は消えてしまうけれど、()はイイコで幸せに過ごすんだよ」

「……次? 次って、何を言って――」

「ようし颯月、待たせたね! ……もう良いよ、楽にしてやって」


 ルシフェリアはやや強引に会話を断ち切ると、颯月の腕からピョーンと飛び降りた。結構な高さがあるにも関わらず、男児はまるで重力を感じさせない動きでふわりと着地する。

 そうして小さな指をパチンと鳴らせば、どこからともなく――綾那から借りパクしたままの――「水鏡(ミラージュ)」付きのアイマスクが現れた。


「――「身体強化(ブースト)」」


 颯月の、低く静かな声が室内に響く。魔法の全身鎧で何もかも覆い隠した彼の心情は分からない。

 ただ、見た限りは落ち着き払っている様子で、手足の震えも体の緊張も感じられない。騎士団長として、今まで魔物や眷属以外にも生身の人間を手に掛けるような事もあったのだろうか――。


 綾那はほとんど無意識の内に、まるで祈りでも捧げるように両手を固く結んでいた。それが、誰に対する行動だったのかは分からない。死にゆくヴィレオールに対するものか、人間を辞める颯月に対するものか――彼らを「我が子」と呼び慈しむルシフェリアを想ったものか、兄を見送る弟のためか。


 素面(しらふ)の状態でも十分怪力なのに、魔法によって腕力を底上げされた颯月。彼は「魔法鎧(マジックアーマー)」の後ろに背負う大剣の柄を握ると、続けて「属性付与(エンチャント)」を唱えた。

 大剣の刃に紫色の雷が落とされて、バチバチと弾ける不穏な音とはどこか不釣り合いな、美しくも妖しい光が綾那の目を焼く。


(初めて颯月さんを見た時と、同じ――)


 ――あの頃とは、互いの関係性を含め色んな事が変わってしまったけれど。もちろん良い方向に。

 綾那は、颯月がヴィレオールを手に掛けた事を忘れないだろう。果たしてこれが、彼にとって罪なのか、それとも創造神からお告げを受けて執行した正義なのかは分からない。分からないなりに背負って、もしも彼が気に病むような瞬間が訪れた時には、何度だって慰めるだろう。


 人間とほとんど変わらない見た目のヴィレオール――正直、彼が息絶える瞬間を目にするのは殺人現場を見せられるようなものだ。トラウマものである。

 それでも最期まで目を逸らさずに見届けようと、綾那はグッと両手に力を込めて喉を鳴らした。


 しかし、颯月の大刀がヴィレオールに届く、その瞬間。室内が眩しい光に包まれて、綾那は反射的に目を閉じた。


(シアさん!? 何も、こんな時に力を使わなくたって――)


 センシティブな映像だから見せられません、とでも言うつもりか。いくら目を開けようと思ったって、閃光に焼かれては身体が言う事を聞かない。同じように目を覆っているのか、綾那の隣ではヴェゼルの「ぐぅ」と短い呻き声が聞こえた。

 そうして真っ白に染まった眼裏(まなうら)で、ゴキンッと鈍い音が響く。


 大刀で人を切るには、妙な音だ。まるで、硬い何かを無理やり貫いたような――。

 途端に濃い血の匂いが充満して、綾那は目をこじ開けた。それがヴィレオールのものだろうという事は分かるのだが、何やら胸騒ぎがして仕方がなかった。


(だって――だって私、颯月さんが悪魔になる()()をまだ聞かされていない)


 ぼやける視界。なんとかピントを合わせようと目を細める。心臓はいつの間にか、まるでマラソン終わりかと言うくらい激しく脈打っていた。

 そうして、ようやくクリアになった綾那の目に飛び込んできたのは――鉄壁と言っても過言ではないはずの「魔法鎧」の胸を貫かれた、颯月の姿だった。

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