価値観
好奇心は猫をも殺す、という言葉がある。強すぎる好奇心は、身を滅ぼすという意味のことわざだ。
西洋のことわざ『猫に九生あり』――猫は九つの命を持っていると思うくらい、容易には死なないという意味――から派生したもので、そんなしぶとい猫をも殺してしまうのが『好奇心』らしい。
ヴィレオールには、正にこのことわざが似合う。
眷属を増やし続ければどうなるのか、知りたい。
ルシフェリアからは、マナが減ればリベリアスの魔法を維持できなくなって海底に沈む――なんて説明が事前にされていたものの、実際に試してみなければ分からないからと、ヴィレオールは止まらなかった。
王都には手を出さないというルールを破ったのだって、破ればルシフェリアがどんな反応を示すのか知りたかったのだろう。
東部アデュレリアで闇魔法「暗示」を用いて、右京を含めた領主一家の人生をメチャクチャにしたのも、単なる興味本位だ。
南部セレスティンで病を流行らせたのも、ジャングルに大量の眷属をつくり出したのも、どのくらいの悪戯で人間が死滅するのかを確かめたかっただけ。
確かに、ルシフェリアは今まで彼の悪戯を黙殺してきたのかも知れない。
そうして無視し続けた結果ヴィレオールが増長したのだから、ルシフェリアにも責任があるのは間違いない――とは言え、あの天使には初めから「世界に干渉しすぎない」という独自のルールがあったのだ。
それを知った上で好奇心を抑えられなかったヴィレオールは、天使の慈悲をかけられなくて当然なのだろう。しかし、なんとか彼の死を回避しようと必死に話しかけるヴェゼルを見ていると、不憫で仕方がなくなってくる。
やや距離があっても分かるほど顔を歪めた彼を見ながら、綾那はルシフェリアに問いかけた。
「シアさん……前にも仰っていましたけれど、やっぱりヴィレオールさん本人の同意がないと、人間には変えられないんですか?」
「うん、無理だねえ。悪魔だろうが聖獣だろうが、まず本人に「交代する」って意思がないと代替わりさせられないんだよ――なんでも僕の思い通りに動かせる世界だと面白くないからって、ちょっと面倒な設定で創っちゃったな」
「そうですか……」
ルシフェリアは軽い調子で「でも、我が子を思い通りに振り回そうとする親なんて、ダメダメでしょう?」と肩を竦める。
そして、「魔法鎧」で全身を覆われている颯月に向かって、「抱け」と言わんばかりに両手を伸ばした。颯月の腕に抱き上げられた男児は、よほど鎧の感触が気に入ったのか、なんなのか。彼の胸元をペタペタと触っている。
――もう既に、十分すぎるほど振り回しているような気がしなくもないが、綾那は口を噤んだ。
「もしもヴィレオールが人間になるって頷いてくれれば、僕だって命までは取りたくないと思っているよ。でも、どうせ頷かないでしょう?」
「……人間になったって、面白くない。未来が視えるルシフェリアからはどうしたって逃げられないし、いつ殺されるか怯えて隠れ暮らすくらいなら――今ここで終わらせてしまった方が良い。面白くない生き方なんて御免だ」
ヴィレオールは、いとも簡単にそんな言葉を口にした。もしかすると、ルシフェリアの定めたルールを破った時点で、とっくに覚悟を決めていたのだろうか? いつかこんな日が来るだろうと――。
それが分かっていても好奇心を止められないとは、ある意味気持ちのいい男である。
「なんで――死ぬ事ないだろ! ルシフェリアは、兄貴が人間になれば生かしてやるって言ってんだから……眷属なんて作れなくても、寿命が短くなっても良いじゃんか! 生きてさえいれば、今まで通りに色んな勉強が――」
「今まで通りの訳がないだろう、本当に分からず屋の子供だな。それとも、俺の代わりに悪魔のお前が好奇心を満たしてくれるとでも?」
「分からず屋の子供は、そっちじゃねえか!」
「眷属が作れなくなった時点で、俺にできる事の範囲は狭まる。魔法だって――闇魔法だけでなく雷魔法、挙句の果てに生活魔法まで封じられたら? 魔力ゼロ体質になれば、魔石なしでは生きられなくなる。毒物の研究だって、病はともかく毒に対する抵抗力が高い悪魔だからこそできたんだぞ」
ヴィレオールは赤い瞳を細めると、静かな声色で告げた。すっかり諦めがついたのか淡々としており、ルシフェリアに対して怯えた様子もない。
「何百年も人間に混じって生活してきて、もう『人間の生活』は十分学習した」
「そ、そんなの、分かんないだろ! まだ兄貴の知らない事だってあるかも知れないし――!」
「あれらは、永遠に同じ事を繰り返す。まるで、つまらない機関のようなものだ。平穏に生きると退屈になり、富と名声を求め始めるとすぐさま同族で戦争する。そうして世界を破壊し尽くして、ある程度すると復興だなんだと言って自然を保護し始める。いくらか資源が回復すれば満足して、また戦争して、破壊して、修復して――退屈なループが、永遠に終わらない。俺に、その渦の中へ入れと? 考えただけで気が狂いそうだ」
その言葉を聞いて、ルシフェリアは小さな笑みを漏らした。そうして呟かれたのは、「そう考えると、人の営みってまるで賽の河原みたいだね」だ。
罪を洗い流すために石を積み上げては、横から鬼に突き崩される地獄の河原に例えるとは。綾那はそう思ったが、しかし言われてみれば――確かにその通りなのかも知れないと、納得してしまった。
人間が同じ過ちを繰り返す生き物だという事は、「表」でも歴史が証明しているのだから。




