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駄目で元々

 やはり、ルシフェリアの「隠蔽(クリプシス)」で、一行の存在感は綺麗サッパリ隠されていたようだ。

 いきなり気配のない乱入者が隠れ家へやって来ただけでも驚いただろうに、出会い頭に体の自由と言葉まで封じられて――床に転がるヴィレオールが受けた衝撃と言ったらないはずだ。


 その証拠に、唯一意思表示ができる真っ赤な瞳はこれでもかと見開かれている。


「――ル、ルシフェリア、やっぱり兄貴と話し合う訳にはいかないのか? それは、未来が視えるんだからやるだけ無駄だって分かってるんだろうけど……」

「うーん? まあ、話したいなら話せば良いよ。結末は変わらないと思うけれど、それでヴェゼルの気が済むならね」


 問答無用で床に転がされた兄を見て動揺したのか、ヴェゼルは焦った表情を浮かべている。しかし、ルシフェリアの返答はあまりに素っ気ないものだった。

 それでもいくらか慈悲はあるのか、ルシフェリアは「綾那、降ろして。ヴィレオールが逃げ出さないように、闇魔法だけ封じてくるから」と言って、綾那の腕から床に降りた。


 短い足でてちてち歩く後ろ姿は大変愛らしいが、今やろうとしているのは、颯月がスムーズに悪魔を殺すための手伝いである。そうして男児が真横にしゃがみ込むと、ヴィレオールは床に転がったままビクリと体を揺らした。


 ――彼らの関係性はイマイチ分からないが、少なくともヴィレオールの方は、ルシフェリアを恐れているらしい。小さな紅葉(もみじ)が長い銀髪を撫でれば、見ていて可哀相になるほど体を硬直させている。

 ヴェゼルもまた兄と話すため、転がる彼の真横まで駆けて行った。


(私も傍へ行った方が良いのかな? いや、でも封じるのは闇魔法だけって……邪魔になるといけないから、ここに居よう)


 颯月の傍を離れないとは言ったが、魔法に対抗する手段のない綾那では、足手まといにしかならない。颯月一人ならスマートに討伐できたものを、もしも綾那がヴィレオールの人質にでもされたら、目も当てられないのだから。


 綾那は、一行からやや離れた場所に立ち尽くしたまま――自立するのが大嫌いな――偉大な天使が戻って来るのを待つ事にした。仮にここで待つのが悪い事だとすれば、きっとルシフェリアが忠告してくれるだろう。


「颯月、口元の「風縛(バインド)」だけ外してあげて? もう逃げる力は残っていないけど、君はそのまま「魔法鎧(マジックアーマー)」を着ていた方がいいね。それを発動している限り、ヴィレオールの雷じゃあ悪魔憑きの君は傷付けられないから」

「ああ、分かった」


 悪魔がつくり出した眷属が原因で悪魔憑きが生まれるのに、正にその悪魔憑きこそが己の安全を(おびや)かす存在なのだから、皮肉なものだ。

 颯月はフルフェイスマスクのまま鷹揚(おうよう)に頷くと、ヴィレオールの口元を覆う「風縛」を解いた。ようやく発言の自由を許された彼は、床に転がったまま身じろぐと、すぐ横にしゃがむルシフェリアの顔を見上げる。


「――ルシフェリア、なんで今更厳しくするんだ? 俺が何をしたって、今までずっと黙認していたじゃないか」

「なんでって、仏の顔も三度撫でれば腹立てるって言うじゃない?」

「俺には()()()がなんなのか分からない」


 見た目だけは成人男性だが、意外な事にヴィレオールの声は弟のヴェゼルよりも高めであった。ますます性別不詳な悪魔である。すぐさま閉口してしまった彼を見下ろしたまま、ルシフェリアはやれやれと肩を竦めた。


「僕の定めたルールを守れない上に忠告も聞けないんだから、呆れられても――例え見放されても、仕方がないでしょうって事だよ。必要以上に人間を苦しめない、眷属をつくり過ぎない、王都に手を出さない……そういうルールだったはずだよね」

「それは――人間の敵で居ろと言うくせに、痛めつけるなと言うルール自体がそもそも矛盾……いや、破綻しているから。人間のためだけに生きろなんて、まるで物言わぬ魔具みたいだろう? あまりにも酷い役割だとは思わないか?」

「いかにもそれらしい高尚な理由を言っても、今回ばかりは見逃してやらないよ。ヴィレオールはただ、自分の好奇心を抑えられなかっただけだし……それに君は、魔具じゃないでしょう。だって魔具なら、最初から最後まで僕の思い通りに動くはずだもの」


 ルシフェリアは彼と深く論じるつもりがないのか、音もなく立ち上がるとヴェゼルに目配せをした。特に言葉はなかったが、厳しくも優しくもない無感動な眼差しからは、「それじゃあ後は、君の気が済むまで話せば?」と問いかけが聞こえてくるようだ。


 男児と入れ替わりでしゃがみ込むヴェゼルの表情はやはり複雑で、困ったように眉尻を下げている。

 その横で、ルシフェリアはまだ綾那の元へ戻るつもりがないのか、颯月の「魔法鎧」を指先でなぞって遊び始めた。ああしていると、まるで本物の子供のようだ。


「なあ、兄貴――悪魔を辞めて、ただの人間にならないか? 人間になれば()は居なくなるし、眷属だってつくらずに済むし……平凡に生きられるだろ?」

「……ヴェゼル、しばらく見ない内に変わったな。ほんの少し前までは、そそっかしいアホだったのに」

「だっ、誰がそそっかしいアホだ! 茶化すなよ……このままじゃあ兄貴、死んじまう。でも、生きてさえいればやり直しも利くだろ? だから、悪魔としての役割は颯月(コイツ)に渡して、兄貴は人間に――」

「はあ? 人間になったら、眷属がつくれなくなるじゃないか。しかも寿命で悩むハメになるし、限られた時間内で俺の好奇心を満たせるとは思えない。そんなので生きていて、何が楽しいんだ?」


 つい先ほどまでルシフェリアに怯えていたくせに、ヴィレオールは目を眇めて呆れ顔になった。床に転がる芋虫状態でも、彼の目はまるでヴェゼルに「本当にアホだな」と言っているようだ。


 あまりに価値観が違いすぎる。綾那は「これは確かに、話すだけ無駄なのかも知れない」と眉を(ひそ)めた。

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