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契約の確認

 翌朝、シャワーを浴びてから朝食のルームサービスを頼んだタイミングで、客室内がカッと発光した。まず間違いなく、事前連絡通りにルシフェリアがやって来たのだろう。


 綾那は眩しさに手で顔を覆い、光が収まってからそっと目を開いた。やや荒れたベッドの端には、幼い頃の颯月の姿を借りたらしい天使が腰掛けている。

 その姿を見るのは初めてではないが、相変わらずの神々しさと愛らしさに、綾那は「可愛い」と歓声を上げて飛び跳ねた。しかし床に着地した瞬間、腰が抜けてその場に崩れ落ちる。そんな様子を見て、ルシフェリアはじっとりと目を眇めた。


「――僕、「張り切り過ぎないように」って言わなかったっけ?」

「俺はひとつも張り切っていない、至っていつも通りだった」

「ああ……言い方が悪かったみたいだね。普段よりも控えなさいって言うべきだったのか」

「仮に言われたところで、俺が控えられるかどうかは全く別の話だけどな」


 颯月には悪びれた様子が一切ない。床で潰れている妻の体を抱え起こすと、「わざわざ飯のタイミングを狙って来やがって、本当に食い意地の張った創造神だな」とぼやいた。

 綾那は「とてもいいものを見た」と言わんばかりに、彼の腕の中で安らかな顔をしている。しかし、体はぐったりとしていて動かない――というか、動かせない。


 それを見かねたのか、ルシフェリアは肩を竦めて小さな手をパチンと鳴らした。すると、綾那の体が白い光で包まれて重だるかった腰が一気に軽くなり、目を開く。


「……あれ? 体が凄く楽になりました……もしかして、また天使の力でで回復してくださったんですか?」

「そうだよ。ああ――先に言っておくけど、「創造神に回復してもらえるなら、毎晩限界まで励んでも問題ないな」っていうのは受け付けないから。サービスは今日だけだ、明日からはこの子がどうなっても僕は知らないよ」


 綾那の頭上でチッと短い舌打ちが響いて、苦笑いを浮かべる。


 ――それにしても、本当に一日二日で終わる任務ではないようだ。ルシフェリアが言った「明日からは」という言葉に、綾那はこれからしばらく王都に帰れないらしいと理解する。

 悪魔退治と言われてもイマイチ実感が沸かず、あまり深刻に捉えていなかったのだ。


 そうして考え込んでいると、颯月の腕からベッドの上にゆっくりと下ろされる。そのまま離れ際に唇を掠め取られて、目元を緩ませた。


「ねえ……僕が居るんだから、少しは控えてくれないかな」

「招いても居ないのに新婚の部屋へ乗り込んで来ておいて、勝手な事を言うな。それはそうと、食事は追加注文した方が良いのか? 腹の具合は?」

「腹ペコだよ、メニューの端から端まで全部頼んで来て」


 颯月は「とんだ大食漢だと思われるな……」とぼやきながら、追加注文をするために一人ロビーへ向かった。電話なんてものは存在しないから、口頭でスタッフに伝えるしかないのだ。

 つい先ほど二人分の注文を入れたばかりなので、やや不審に思われそうだが――まあ、彼は素性が確かな騎士服を着ているし、金ならあるから問題ないだろう。


 部屋に残された綾那は、当然のように膝の上へよじ登って来る男児を抱き上げて相好(そうごう)を崩す。


「シアさん、ヴェゼルさんも来られるというお話でしたが……合流は後ですか?」

「あの子は長生きだけれど、中身がお子様のままだからね。君らの仲睦まじさは教育に悪いよ」

「う……いや、そんな事は……ない、こともないかも、知れないですけれど――」

「まあ、幸せそうで何よりだよ。これからも二人でずっと仲良くね」


 小さな手の平で頬を撫でられて、綾那はくすぐったい気持ちになる。まるで颯月の血を引いた子供のような姿をしているから、尚更だろうか。

 ――彼と数十年励んでもどうにもならなかった時には、やはりルシフェリアに子供役を頼むしかない。


「ええと、それでシアさん。無事ヘリオドールまでやって来た訳ですが、私は何をすれば良いのでしょうか……魔法は使えませんし、あまり役に立ちそうにありませんよね。ヴィレオールさん探しに尽力せよ、とか?」

「んーん、綾那は()が来るまで待機していれば良いよ。ずっとあの子――颯月の傍に居て、離れないで。それだけで良い」

「そう言えば名前、覚えてくださったんですね」

「……君らは、僕のお気に入りだから?」


 神に名を覚えられるなんて光栄な事なのかも知れないが、どこか薄ら寒い気配を感じるのは何故なのか――。綾那は不安を振り払うように頭を振ると、あれからルベライトに残った仲間達はどうなったのかを訊ねた。


 ルシフェリア曰く、居残り組はこれといって問題がないようだ。強いて言うなら、アイドクレース騎士団が――抜けた颯月の穴を埋めるため――書類仕事に追われて大変そうである、という事くらいか。

 王都まで馬車ごと「転移」したため陽香が寒さに凍える事もないし、アリスは明臣と離れ離れになった。別れ際は悲壮感溢れるものではなく、至って快活なものだったと言う。

 ただし、それが今後どうなるかは正に神のみぞ知る、だろうか。明臣の方が遠距離に耐えきれなくなってルベライトを出奔するかも――まず間違いなく遭難して、数か月間は行方知れずになるだろうが――知れないし、アリスの方が彼を求めるようになるかも知れない。

 その答えは、綾那も楽しみに待たせてもらう事にする。


「ああ、そうそう。僕さあ、颯月と契約している事があってね」

「え? あ、はい……なんとなく、颯月さんから聞いていますけれど」

「その件を居残り組に――というか、君の家族に話したら、すっごく怒らせちゃってさ。王都に帰ったら、頑張って宥めてね。「転移」がない以上、あの子達はヘリオドールまで来られないし、邪魔は入らないから安心なんだけど」

「………………はい? あの、シアさん……一体どんな契約なんですか?」

「え~、知りたい?」


 にんまりと笑う男児は、颯月そっくりで愛らしい。しかし、やはり中身が違うせいか、どうにも背筋が寒くなる。綾那は逡巡したのち、おずおずと頷いた。


「まず颯月には、ヴィレオールをやっつけてもらうでしょう?」

「……師匠ではなくて、颯月さんが手を下すんですね。でも、この世界の雷を司る悪魔が居なくなってしまうと、まずいのでは?」

「平気だよ、もう()()()を見付けたから」

「代わり? そう言えば、聖獣も代替わりがあるというお話ですよね。()の聖獣候補を見付けてから引継ぎをして、没すると――」

「そういう事~」


 今にも歌い出しそうなほど上機嫌なルシフェリアに、綾那はじっと続きを待った。しかし、いつまで経っても続きが紡がれずに、首を傾げる。


「ええと……それで、代わりというのは?」

「あれっ、まだ分からないの? 全く、綾那は本当にゆるんゆるんのふわんふわんだね」


 ルシフェリアは小さな両手で綾那の頬を挟み込むと、ぐにぐにと押し揉んだ。じゃれつく男児は可愛らしいし見ているだけで和むが、何やら話を逸らされているような気がして目を眇める。

 すると、猫のように笑うルシフェリアが綾那の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「とっても魔法が得意で、お仕事中毒で、体力オバケな子で、それなりに話の分かる子が良いよね……特に、()と親和性の高い子が――さ」


 その言葉に、綾那は青ざめた。いくら察しの悪い綾那でも――これだけ露骨なヒントがあれば――明らかに颯月の事を言っていると分かったからだ。

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