新たな要請
綾那は、陽香の案内で再び客間までやって来た。ちなみに、颯月はルベライトの騎士団長と話の続きをしなければならないとの事で、一旦別行動だ。和巳と力を合わせて、早々に終わらせて来る――との事らしい。くれぐれも綾那達だけで危険な事をしないようにと強く忠告して行ったのが、過保護の彼らしい。
陽香は相変わらず狐尻尾と魔法の火の玉を引き連れていて、その暑苦しい移動方法は、彼女が客間の暖炉前に座る時まで続いた。恐らく右京も旭も、初めは「歩きにくい」だの「そんなに寒がるなら部屋に居ろ」だのと、苦言を呈したのではないだろうか。
結局、今では無言で遠い目をしているだけだが――。
客間には、既に幼女綾那の姿で顕現したルシフェリアがソファに座って待っていた。渚とアリスの姿がないのは、いまだボランティア活動に精を出しているからだろうか。
今頃アリスは明臣と共に街を巡り、ギフト「創造主」を活用して、魔物や眷属に破壊されたものの修復をしているはずだ。渚は、まだ怪我人の介抱で忙しいのだろう。どの辺りで働いているのかは分からないが、護衛の白虎も姿が見えない。
「やあ、おかえり。彼の祖父母とは無事に会えた?」
ルシフェリアは綾那を見るなり破顔して、小首を傾げた。問いかけてはいるものの、どうせ全て事前に予知していたに決まっている。それでも綾那は笑って、「はい、楽しかったですよ」と答えた。
「そうか、それは良かったね。――さて、早速だけど、これからの話をしても良いかな? 今ここに居ない子達には、また後で君達の口から説明してあげて」
「おー。それで、これからの話ってなんだよ? なんか、あたしらの事そっちのけで師匠と話し合ってなかったか?」
じわりじわりと暖炉の火に近付いて行く陽香を見かねたのか、右京は彼女の肩を掴んで「ちょっと、燃えるよ」と真っ当な注意をしている。しかし近付いたばかりに、またしても陽香に尻尾を絡めとられてしまった。
――彼がこれほど長い時間半獣姿を維持している事など、アイドクレースではまずあり得ない。そのせいで、陽香の理性はぶっ壊れ気味なのかも知れない。
「確か、まだこっちに残っている「転移」のヤツらを探し出したら、「表」に返して――ついでに眷属の数を減らしてシアの力を蓄える、的な?」
「そうだね。そっち関係はミカエラ――違う、美果が掃除するから放置で良いよ」
サラリと口を滑らせたルシフェリアに、陽香が「師匠の本名、『ミカエラ』だったのか……」と呟いた。果たして本名と呼べるのかどうか分からないが、いかにも天使らしい名前である。
ルシフェリアは、こほんと咳ばらいをして続けた。
「それはそうと、君達にやって欲しい事ができたんだ」
「やって欲しい事――と、言いますと?」
「西部のヘリオドール領へ行って、ヴィレオールの馬鹿を懲らしめて欲しい」
「次は西部……それも、ヴィレオールさんですか? また、急なお話ですね」
綾那が苦く笑えば、幼女は小さく肩を竦めた。
「いい加減あの子をなんとかしないと、いつまで経ってもリベリアスが落ち着かないでしょう。ヴェゼルと違って、あの子は話が通じない。いくら僕が「ダメだよ」と言ったところで、悪さを辞めない。だから、もう……悪魔を辞めてもらう事にした」
「……悪魔を辞めてもらう? それって、完全に倒してしまうという事ですか? でも、そんな事をしてしまったら、大陸中の「雷」が消えてしまうのでは? そうなると、ありとあらゆる魔具も使えなくなってしまいますよ」
「だよなあ。そもそも悪魔は殺せないって言うから、今までゼルの事もレオの事も見逃して来たんだろ? まあ、少なくともゼルは話が通じるから、悪戯に眷属を増やす事もなくなったけどさ……」
綾那と陽香の問いかけに、ルシフェリアはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。――こういう表情を浮かべた時、もしくは不機嫌な表情を浮かべた時、この天使は絶対に詳細な説明をしてくれない。いくら聞いても時間の無駄で、はぐらかされて終わるだけだ。
その特性を嫌と言うほど理解しているせいか、陽香が顔を顰めて「オイ、また出たよ……」と呻いた。
「それって、西部まで誰が行くの? ダンチョー含めて、一旦アイドクレースまで戻らないとダメな人ばかりだし……僕と旭だって、馬車を連れて戻らないといけないから忙しいんだけど」
右京が言えば、彼の隣で旭も頷いた。しかしルシフェリアの返答は、「何を言っているのさ。全部まとめて僕が「転移」してあげるから、馬車の事なんて気にしなくて平気だよ」である。
それはつまり、例えアイドクレースに戻っても、息つく暇もなくすぐさま西部へ飛ばそうとしているのと同義だ。
やはりここ最近大量の眷属が討伐されているせいか、天使の力とやらの回復量が目覚ましいらしい。よほど余裕があるのか、今までにはない大盤振る舞いっぷりだ。
綾那は苦笑いを浮かべたまま、小首を傾げた。正直言って、ルシフェリアに歯向かったって意味がない。結局は言う通りに動くしかないのだから。
「ええと……でもまあ、悪い事にはならないんですよね、きっと? まさかシアさんが、ご自身の手で世界を壊すはずがないですし……」
「うん、それはもちろんだよぉ。ヴィレオールの事は上手く行くから、平気。それに、ヴェゼルの事もね」
「では、よく分かりませんがササッと済ませてしまいましょう。ただ、ちゃんと颯月さんとお話をさせてくださいね」
「当然!」
「……嫌な予感しかしないのは、あたしだけか?」
陽香が目を眇めれば、彼女に尻尾を捕まっている右京が「いや、僕もそう思う」と呟いた。




