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シアとの契約?

 家の中はてんてこ舞いなのか、玄関前で待機していると扉の向こうからガシャン! ドシャーン! と、けたたましい音が聞こえた。まるで祭り中の王都アイドクレースにやって来た商人のように、アレがない、コレがない、アレはどこにやった――などと、ほとんど怒声に近い威勢の良いやりとりも聞こえてくる。


 これが初めての顔合わせだと言うのに、この賑やかさだけで、彼らがどれほど颯月と会いたいと思っていたのかよく分かる。


「――さすが颯月さん、愛されていますね」

「愛されているのは俺じゃあなく、母上だと思うぞ」


 どこまでも複雑な表情で淡々と答える颯月には、ひとつも浮かれた様子がない。まあ、ほんの少し前まで「母親の命と引き換えに生まれた事を責められるのではないか?」と身構えていたのだ。いくら話がしたいだけと言われても、好意的な態度を見せられたとしても――やはりまだ、肩の力を抜き切れないのだ。


 玄関の扉が開かれるまで時間が掛かると判断したのか、颯月はおもむろに綾那の体を引き寄せた。背中から抱きすくめると、彼が背に纏う外套で包み込む。

 特殊な温度調節の魔法が練り込まれた生地で織った外套は、降雪地帯でもポカポカと温かい。


 両肩に感じる心地よい腕の重みに、綾那は息を吐いて目を閉じた。今なら誰も見ていないし、互いに温かいし、好きなだけ触れ合っていればいいだろう。


「昔からよく、いっそルベライトに出奔できれば生きやすいのに――と言われてきた」

「ルベライトに? どなたからですか?」

「禅に。奴は元々この辺りを棲み処にしていた聖獣で名が知れているし、俺はこの通り『痩せた女(スケルトン)』が苦手だろう? だから、骨だらけの王都よりもルベライトの方が人生楽しいだろうと」


 トラウマについてはよく理解しているが、相変わらず酷い言い草である。竜禅も竜禅だ。綾那は苦笑しながら「こっちの方が楽しめそうですか?」と問いかけた。

 正直ここで肯定されると、浮気の可能性を疑ってこれでもかと不機嫌になってしまいそうだったが――それはそれとして、愛する旦那が住みたいと思う街を確認しておきたかったのだ。


「確かに、ここなら泡を吹いて倒れる事はないだろうな。ただ――綾の価値が正しく理解される土地は駄目だ」

「……価値? 私の?」

「こう言うとまた心が狭いと思われるだろうが、王都なら綾は遠巻きにされがちだから安心できる。綾の良さは俺だけが分かっていれば良いのに、ここは……恐らく、あまり長居すると次から次へと男に言い寄られるぞ。ここまで来る道中、そんなに長い距離を歩いた訳でもないのにどれだけの視線を集めていたか」


 憂鬱そうに息を吐き出す颯月に、綾那は目を瞬かせた。そして、先ほどから彼の距離感がおかしいのはそれが原因だったのかと思い至ると、破顔する。

 綾那が「もしも颯月が悪魔憑きとして忌避されていなければ、何度となく浮気の心配をしただろう」と不安に思うのと同じだ。彼もまた、ルベライトでは美姫だと評される綾那の心が浮つかないか不安なのだ。


 いけないと思いつつも、好きで好きで仕方がない男から受ける嫉妬の、なんと甘美な感覚だろうか。


「じゃあ、やっぱり王都で暮らす方が良いですね」

「ああ、それが良い。俺はもう綾さえ居れば周りがスケルトンだらけでも耐えられるし、アンタに男が近寄るだけで不安になるから……毎日不安なまま生きるよりも、骨の街で暮らす方がマシだ」

「颯月さんの心の安寧(あんねい)のためにも、早く()を完成させないと」


 その言葉に不安も薄れたのか、背後で低い笑い声が漏らされた。静かな息遣いと熱が耳元に近付いて、綾那は満ち足りた気持ちになる。いまだに実感が沸かないのだが、こんなにも愛しい人と入籍できたのが本当に夢のようだ。挙式が終わればもう少し実感できるだろうか。


「――綾。実は、創造神からある契約を持ちかけられていてな」

「契約?」

「もう結んじまったから、あとは履行(りこう)するのみなんだが……恐らく、アンタにも迷惑をかけることになる」

「え? えっと……颯月さんにかけられる迷惑なら、私は一向に構わないんですけど――ただ、それは()()()()()()ですか……? シアさん絡みとなると、いつも陽香達が「慎重になれ」と怒ってくるので、少しだけ心配なんですが……」


 綾那の問いかけに、颯月はうっすらと笑うだけだった。少なくともその笑みは甘さを含んだもので、決して気味の悪いものではない。

 否定も肯定もされない辺り、余計に不安を煽られるが――まあ、他でもない彼が結んだ契約なのだから、平気だろう。元王太子だけあって法律に詳しいし、地頭も良いし、口も立つ。

 いくら相手が一筋縄ではいかない創造神であろうとも、一方的に不利な契約を結んで丸め込まれるなんて事はないだろう。


 ――何かしらの弱みを握られているか、返しようのない恩でも売られていれば話は別だが。


「よく分かりませんが……とにかく、私は颯月さんとずっと一緒に居られれば平気です。その権利さえ(おびや)かされないなら、他に言う事はありません。いつも言っているでしょう?」

「――ああ、それを聞いて安心した……言われる度に心地いいから、何度でも聞きたくなる」


 颯月は一度ギュウと強く綾那を抱きしめたのち、そっと身を離した。すると、すぐさまドタドタと大きな足音が近づいてくる。息も絶え絶えに「すっ、すまない、待たせたな!!」と言って勢いよく玄関の扉を開いたのは、頬を紅潮させた鷹仁だった。


「どうぞ、大したもてなしはできないが――少なくとも、暖はとれるから! 入ってくれ!」

「はい、お邪魔します」


 満面の笑みを浮かべる鷹仁に迎えられて、綾那と颯月は家の中へ入った。扉の奥には、白髪混じりの頭をした涙目の女性――恐らく(すみ)だろう――が立っていて、歓喜に打ち震えた様子で「いらっしゃい!!」と、半ば叫ぶような出迎えを受けたのであった。

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