顔合わせ
颯月の実母は想像以上に豪快でぶっ飛んだ人物であり、その両親も親バカを拗らせた大変奇特な人種らしい。それを確認できただけでも、素晴らしい収穫だ――いや、果たして収穫と言えるのだろうか。
そうして綾那が真剣に悩んでいると、店の入り口に付けられたベルがけたたましい音を立てた。随分と勢いよく入店してくる客が居るものだ。そんな思いでもって入り口を見やる。
「――あっ」
ダイナミック入店してきた人物の姿を認めた綾那は、思わず声を漏らして椅子から立ち上がった。その後すぐに横の和巳に目配せすると、苦く笑う。
祖父を隠すよりも先に、旦那が迎えに来てしまった。いくら輝夜や竜禅の話を聞くのに夢中になっていたとは言え、それにしたって迎えが早すぎる。さすがは過保護の颯月だ。
彼は席から立ち上がった綾那を視界に捉えると、足早に近付いてくる。
「――綾! 平気か? 俺のせいで面倒事に巻き込まれたとか、嫌な思いをしたとか……そういう事は?」
「そんな事、起きるはずありませんよ。私はこの通り平気ですから」
颯月は綾那の両頬を手で挟むと、そのまま顔を右へ左へ向けた。その次は両肩を掴み、二の腕を掴み、胴を掴んで無事を確認する。その間、綾那はまるで警察に身体検査をされているような心地であった。
あくまでも心配しているだけなのは間違いないから、辞めてくれなんて事は言わないが。
綾那は颯月の手に指を絡ませると、安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「帰りが遅いと思っていた矢先に、成が血相を変えて飛び込んでくるから……本当に何事かと思った」
心の底から安堵した様子の颯月を見て、綾那は眉尻を下げて「ごめんなさい」と囁く。そうしてチラと鷹仁を見やれば、彼は椅子に座ったまま呆けた顔で颯月を見上げていた。
放心状態という表現が適切だろうか――ただ、金髪混じりの黒髪や『異形』を隠すための眼帯を見て忌避しているようには見えない。
綾那は颯月の手を引いて、鷹仁へ意識を向かせた。おもむろに視線を下げた颯月は、鷹仁の顔を見るなりハッとして息を呑む。恐らく、そもそも何故自分がここまでやってきたのか――その目的を思い出したのだろう。
颯月は逡巡するように目線を泳がせたが、その一瞬で、鷹仁はぶわりと涙をあふれさせる。
「あっ、えっと、鷹仁さん、こちらが――」
「わ、分かるよ……そうか、この子が輝夜の……凄いな、本当に生き写しだ。もし輝夜が男だったら、こうだったのかも知れない――それはそれで凄く良い、輝夜は男に生まれても最高だったという事か……! さすが輝夜だ……!!」
声を震わせてボロボロ泣く鷹仁に、綾那は正直「男だったらこう」という意見はいかがなものかと思った。いや、感動しているようだからそれはそれで別に良いのだが、彼はいつだって輝夜を主軸にしてモノを考えてしまうらしい。
颯月がどこか困惑した様子で眉根を寄せると、椅子に腰かけたままの和巳が苦く笑った。
「颯月様、こちらは側妃様のお父上――つまり、あなたの祖父にあたるお方だそうです」
「ああ、まあ、成からそう聞いて来たんだが……母上が亡くなったのは俺のせいだし、恨み言のひとつやふたつ浴びせられるのかと思って――俺の代わりに綾が標的にされたら敵わんと、慌てて来たのに」
「そ、そんな! 恨み言だなんて、とんでもない! 君はあの子が――輝夜が遺した、唯一の子だ。私はただ孫の姿を見て、あわよくば話をしてみたいと思っただけなんだ」
鷹仁は慌てた様子で、首と両手をぶんぶん横に振った。ひとまず責められるような気配はないと理解したのか、颯月は僅かに姿勢を崩して立った。それでも少なからず緊張しているのか、綾那と繋いだ手を握る力はやや強い。
「話……と言っても、俺は母上と入れ替わりでこの世に生を受けたようなものです。母上について語れるような事は、何も――」
「何を言うんだ、輝夜の事なら私たちの方が詳しいさ。知りたかったのは、君の話だよ。今までどういう風に生きてきたのか……悪魔憑きとして生きるのはどうか、今幸せなのか――そういう話だ。できれば、私の妻にも顔を見せてやって欲しい」
颯月は何事か考えてから「奥方は今、どちらに?」と、どこまでも他人行儀に問いかける。しかし鷹仁はひとつも気にした様子がなく、手で涙を拭いながら「家に居るよ」と答えた。
やはり、いくら彼が血族という存在に飢えていても、すぐさま胸襟を開けるかと言えばそうではないのだろう。ただでさえ悪魔憑きとして畏怖されていて、しかも――事実はやや異なるが――輝夜の命と引き換えに生まれてしまったようなものだから。
二十三年越しに祖父と会えたからと言って、いきなり「お爺ちゃん」なんて甘えられるはずもない。颯月は和巳に目配せすると、肩を竦めた。
「――実はまだ会議が途中で、成に押し付けて無理やり出てきた。和、一足先に戻って代わりを頼めるか?」
「致し方ありませんね、承りますよ。幸成は、正直そういう場が向いていませんし」
「悪いな、頼んだ。綾は俺と一緒に来てくれ」
「はい、分かりました。……お爺様とお婆様のお家へお邪魔するのですか?」
「……先方の都合がよければ」
颯月がついと目線を下ろせば、鷹仁は椅子の上で「えっ!?!?」と飛び上がった。彼の頬はほんのりと上気していて、まだ涙が乾ききっていない瞳はこれでもかと光り輝いている。
よく耳を澄ませば、小さく震える唇から「え、嘘、本当に……? 本当に来てくれるのか……?」という呟きが漏れているようだ。
「――いかがですか」
「そ、それはもう、喜んで! ……アッ、いや! ちょっと待ってくれ、何かこう……特別なディナーを用意したい! 一旦店に寄って――ああでも、眷属の襲撃を受けたせいでほとんど開いていないんだった……!」
「いや、そんな別に、無理はなさらず――」
「いやいやいや、そういう訳にはいかん! と、とりあえず来てくれ、まずは家に案内しよう!」
鷹仁はテンションが上がり過ぎているのか、軽いパニックに陥っているようだ。颯月は綾那と顔を見合わせると、揃って困ったように眉尻を下げたのであった。




