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竜禅との出会い

 綾那は胸元を手で押さえると、複雑な表情のまま鷹仁を見やった。とにかく、急ぎ話を変えなければ――これ以上男の趣味がどうのこうのと責められては敵わない。いや、別に綾那の話ではなく、輝夜の話をしているだけなのだが。


「ええと……そ、そうそう! 竜禅さんと輝夜様って、どのような関係だったのでしょうか? 先ほど『青龍様』と仰っていましたけれど……彼が聖獣である事は、皆さん周知の事実なんですね。私の国には聖獣なるものが存在しないので、お話を聞いてもいつも上手く理解できないんです」


 首を傾げる綾那に、鷹仁は微かに笑って頷いた。


「竜禅は元々、ルベライト領の最北端にある氷海に住んでいたんだ。竜禅という人間ではなく、聖獣の青龍様として」

「今は人の姿をしていますけれど、本当はお名前の通り青い龍……なんですよね?」


 話には聞いた事があるものの、実際にその姿を見た事はない。彼はいつも人型で過ごしているし、なんなら目元のマスクだって滅多に取らない。

 同じ聖獣の白虎が人型になったり虎になったりしているのを見る限り、なんとなく普通の人間ではないのだ――と理解できるだけ。


「聖獣は、東西南北それぞれの領に住まう守り神のようなものだ。自分の棲み処を守るついでに、自然や魔物の脅威から人間を守ってくれる。一体いつからそうして生きてきたのかは知らないが……竜禅も何千年と生きているらしいし、気の遠くなるような昔から存在しているんだろう」

「……ふーむ。とにかく、()()()なのですね」


 綾那は、早くも考える事を辞めた。要点をかい摘まむどころか、分かりやすいただ一点をのみ摘まみ上げた綾那を見ると、鷹仁は好々爺(こうこうや)の顔をしてウンウンと頷いた。まるで、出来の悪い孫を見て「可愛いねえ、偉いねえ」と笑うだけの、酷い(ジジ)バカのようだ。


「竜禅と初めて会ったのは、輝夜がまだ三歳ぐらいの頃だったかな。氷海を見たいとねだられたから、傭兵に護衛してもらいながら最北端まで旅行して……いやあ、なかなか大変だったよ。ルベライト領は本当に魔物の数が多いからな。一人、また一人とケガをした傭兵が脱落して行って――」


 懐かしむような、慈しむような顔をして話す鷹仁。そんな危険な旅を三歳の娘を連れて敢行するぐらいだ、やはり相当な親バカだったのだろう。


「そうして辿り着いた場所で、目的の氷海よりももっと輝夜の興味を引くものを見付けてしまった。それが、氷海に棲む竜禅――青龍様だ。彼は人間などには目もくれず、大きな氷を割って優雅に泳いでいたんだが……うちの輝夜ときたら、「アレが欲しい」と言って聞かなかった」

「――アレが欲しい」

「妻の腕に抱かれていたのにぴょんと飛び降りたかと思うと、頼りない足取りで海に浮かぶ氷をよちよち伝い、青龍様の元まで行ってしまってな……はっはっは、あの時は妻と二人で「頑張れ」と応援したものだよ」

「三歳児が氷海を渡る姿を、ご夫婦揃って応援……」


 まるで、それが美しい思い出であるかのように恍惚とした表情で語る鷹仁に、綾那はちらと横に座る和巳に目配せをした。

 彼は僅かに眉根を下げて困ったように笑っているが、その目はひとつも細められていない。緑混じりの水色の瞳は、「コイツはヤベー」と物語っている。


 やはり、とんでもない輝夜を育てた両親の感性もまた、とんでもないのだ。そうでなければ、王都の官僚を(ことごと)くグーパンチで黙らせる側妃など生まれなかった。

 これは甘やかしや親バカなんてレベルの話ではない。一家揃って感性が独特なのだ。


「さすがの青龍様も、輝夜が氷を渡って近付いてくると無視できなかったらしい。頭の上に乗せると陸地まで運んでくれたが、輝夜は降りようとしなかった。家までついてくると頷くまでは、手を離さないと言ってな」

「………………それはそれは、随分と気に入ってしまったのですねえ」


 綾那は遠い目をしながら、全く心の篭っていない相槌を打つ。それぐらいしか言う事がなかった。


「ああ、それはもう……「飼う」と言って聞かなくて! これだけ可愛い私に飼われるのだから、光栄に思いなさいなんて――全く、輝夜の言う事はいつも正しいから困る!」

「副長、飼われていたのですね……」


 和巳もまた遠い目をしながら頷いた。どうも輝夜は、綾那の知り合いの()()()()を煮詰めた性格をしていたらしい。


 一目見て気に入った者の手を掴んで放さず、応と頷くまで熱心に口説き篭絡(ろうらく)したのは、一体どこの颯月だったか。

 唯一アレルギーを発症しない右京(モフモフ)を見つけるなり「飼う」と言って聞かなかったのは、どこの陽香だったか。

 一度でも見聞きした事は二度と忘れない瞬間記憶能力をもち、弁舌も物理的な腕も立つのは、どこの渚だったか。

 やたらと傲慢、そして高慢で――ギフト「偶像(アイドル)」の力込みで――自分のもつ求心力に絶対的な自信をもつのは、どこのアリスだったか――。


 なるほど、颯瑛が正妃について「根本的に輝夜さんと似ている」と評する訳だ。輝夜もまた正妃と同様『一人四重奏』――どころか、颯月の強引で我の強い部分まで持ち合わせている。

『一人四重奏』とは言っても、今回もまた「綾那の要素が入ってなくないか」とツッコんでくれる者は居なかった。強いて言うならば、笑った時の目元だろうか。


「青龍様は酷く困っていた様子だったが、最終的にはうちの輝夜の愛らしさに折れた。何時間経っても輝夜は諦めず、あの子自身も、待たされている私たちや傭兵まで、真っ青の顔をしてガタガタと震えていたよ……輝夜は聖獣との根比べに勝ったんだ」

「なるほど……」

「ただ、さすがに龍の姿では街に入れないからな。それでやむなく人の姿を得てもらい――輝夜が「竜禅」と名付けた。最初は渋々だったが、いつの間にか主従契約まで結んで、従者としてよく支えてくれていたものだ。私たちは、竜禅なら婚約どころか結婚しても良いくらいだと思っていたのに……輝夜は「ヒゲは趣味じゃない」と一刀両断したんだ」


 ハハハと愛想笑いする綾那の横で、和巳が「ダメだ、副長のヒゲを見たら笑ってしまうかも知れません」と深刻そうな顔をして呟いた。

 とにもかくにも、輝夜は大物であった。それだけ分かれば十分だ――というか、これ以上とんでもない話を聞かされても困るだけであった。

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