救助活動
綾那は、幸成と和巳を引き連れてアクアオーラの街中を歩いた。二人は颯月の団長命令で、一時的に綾那の護衛となっている。
崩れた家の壁、潰れた店、雪に埋もれた瓦礫や倒れた樹木など――それらを撤去するための力仕事はいくらでも転がっていて、綾那は「怪力」を活用しながら街の片付けを手伝う事にした。
レベルを上げすぎるとすぐにバテてしまうので、基本は1か2に留める。あまりにも重たいものが現れた場合には強度を上げて、時たま純白の全身鎧に身を包みながら仕事をこなす。
幸成もまた「身体強化」を使って腕力を底上げしているようで、かなり頼りになる。綾那と違って、魔法を使い過ぎるとバテると言う事もなさそうだ。
和巳は街の住人との交渉役と言ったところだろうか。「アイドクレースから来た騎士だ」と説明して、住人から瓦礫を撤去する許可を貰う役目だ。
彼も「身体強化」が使えれば話は別だが、そもそも火魔法を使えない和巳には無理なので仕方がない。
――であれば、最初から住人に話を聞く役に徹してもらっていた方が良いだろう。実際に作業にあたる綾那と幸成も、その方がスムーズに動けるのだから。
ちなみに渚は白虎を護衛にして、街の診療所へ出かけたらしい。
彼女のギフト「鑑定」があれば、患者の状態は一目瞭然だ。更に「化学者」を使えば、傷病に有効な薬の調合も可能である。
街中で魔物や眷属が暴れたせいで、怪我をした者も多いだろう。闇魔法「分析」を使えるのは悪魔憑きか悪魔だけなので、まるでレントゲンのような渚の「鑑定」は役に立つはずだ。
アリスは、ひとまず明臣と共にルベライト騎士団本部に待機中だ。とりあえず今は待機しておいて、ルベライトの騎士が住人から被害状況を聞き取りした後に作業を始めるようだ。誰でも簡単に修理、交換できるものであれば後回しでも問題ないだろうが、急を要するものは彼女のギフトで創ってしまった方が早い。
何せ「創造主」があれば、壊れた家具だろうが家だろうが、街の入口に立つ巨大な門だろうが創り直せるのだから。
しかし、人前で無尽蔵に物を生成するなど、民衆から妙な信仰を集めそうで恐ろしい。道具と部品を集めて、イチから組み立てるのとは訳が違う。素材さえ集めれば、あとはギフトと想像力だけで手を触れる事なくモノを創り出せてしまうのは異様な光景だ。
――そして、寒さに喘ぐ陽香は右京と旭を連れて、街周辺の見回りに出た。陽香の呪いは既にルシフェリアの祝福で中和されたと言っても、引き寄せられた魔物や眷属がまだうろついているかも知れない。
陽香は街をぐるりと囲む外壁の上を歩き、「千里眼」を使って遠くまで見渡すそうだ。寒さで冬眠する前に本部まで戻るよう伝えたが、平気だろうか――まあ、右京と旭がついていれば安心だろう。
「だいぶ片付いたか? やっぱルベライトの人間って、そもそも魔物の襲撃に慣れてんだよな。片付けの手際も良いし」
幸成は両手の汚れを払うように、パンパンと叩いた。作業用の分厚い革手袋からは、微かにホコリが飛んでいる。
一行は街の中を端から端までぐるりと練り歩き、重機待ちで立ち往生していた住人達を片っ端から手伝った。残りは住人の手でも十分に片付けられるだろうし、そろそろルベライト騎士団の本部へ戻る頃合いだ。
「かなり日も傾いて来ましたし、一度戻りましょうか。まだ十六時前ですが……何故かルベライトは、日が落ちるのが早いんですよね」
「え、まだ十六時前なんですか? こんなに薄暗いのに――」
和巳の言葉に見上げてみれば、魔法の光源は既に夜の時間帯を示すぐらい明度が低い。気付けば街灯も煌々と輝いている。
光球の位置は四六時中変動しないため、どの領に居たとしても光の強弱など気にした事がなかったのだが――ルベライトだけ日が短いとは、なんとも不思議である。
世界の北側は、昼夜関係なく光が弱い設定なのだろうか? これもまたルシフェリアのこだわりなのかも知れない。
「思いのほか時間がかかってしまいましたね。綾那さんの帰りが遅くて、颯月様がヤキモキしていらっしゃるかも……」
「ああ、確かに。さっさと戻った方が良さそうだな」
颯月はアイドクレース騎士団の団長として、竜禅と共に本部に残っている。ルベライトの騎士団長から、「今回の騒動の原因と今後の対策について見解を聞かせて欲しい」という要請を受けたのだ。
そもそも何が原因で騒動が起きたのか。今後同じ事が起こらぬように――また同様の騒動が起きた際、より早く危険を排除できるように。予防と改善策、安全対策などを話し合っているらしい。
見解も何も、ぶっちゃけた話が「うちの陽香が呪われていたせいです、本当にすみませんでした」である。しかし、そんな事を馬鹿正直に話す訳にはいかないので、ありもしない原因について真剣にああでもない、こうでもないと議論しているのだ。
原因を知る颯月にとっては時間の無駄としか言いようがない議論だが、陽香を批判から守るため――そして「アイドクレース騎士団のせいで街が!」なんて争いの火種を蒔かぬためには、付き合うしかない。
彼には知らぬ存ぜぬの嘘をついてもらう事になるが、他でもない颯月自身が「これが最善だ」と言うのだから仕方がない。
大慌てでここまで「転移」してきたため、できるだけ早くアイドクレースに戻りたいというのが一同の総意である。揉め事は少ない方が良い。
まあ、アイドクレースから持ってきた馬車を連れて帰らねばならないので、少なくとも右京と旭には「転移」ではなく、ひと月かけて地道に帰って来てもらう事になるだろうが――。
「ところで綾ちゃん、寒いのは平気? 風邪ひきそうな気配は?」
「――あ、私寒さには強いんです。この環境下で汗をかいたままにしたら、さすがにまずいとは思いますけど……幸い、そこまで動いていませんし」
「うーん……ついさっき、五メートルぐらいありそうな木を抱えて街の中と外を三往復ぐらいしてたような気がするけど――まあ、平気なら良いや。早く帰ろうか、颯のヤツ探しに来るかも」
綾那は笑顔で頷いてから、先導する幸成のあとに続いた。隣には和巳が居るので、迷子になる心配もない。
(それにしても――)
話には聞いていたが、ルベライトは本当に豊満な女性が多いようだ。胸や尻がという話ではなく、全体的に肉付きが良い。
アザラシのように――なんて言うと例えがアレだが、寒さの厳しい環境だから、ある程度脂肪がなければ生きられないのかも知れない。例えば、アイドクレースに住むようなガリガリの女性がルベライトに放り出されたら、瞬く間に凍死しそうだ。
(だからこそ陽香は、常に冬眠寸前なんだよね……熱を溜め込めるだけのお肉がないんだもの)
全く、いかにも颯月が舞い上がりそうな街である。浮気の心配なんてしていないが、やはり綾那以外の女性を見て「良い」なんて感想を抱いて欲しくない。
幸成の言葉通り、颯月に探しに来られたら大変だ。よそ見などできないように、常に綾那が横を歩かねば。
「前に禅が言ってたんだけどよ……ルベライトの人間からしたら、綾ちゃんってこの上ない美姫なんだってよ」
「――え? そうなんですか?」
「うん。顔は元々アイドクレースでも通用する美人さんじゃん。ここじゃあ、真っ白い肌も体つきも最上級だって言ってた」
「…………三キロ太っても?」
「そこはノーコメントかなあ」
途端に影を背負う綾那に、幸成は苦笑した。
「結構さ、今日手伝った人らの目つき見ると危ないかもな~と思った訳よ。綾ちゃんがおかしなヤツに声を掛けられでもしたら、颯が暴れる。面倒事が起きる前に戻らねえと」
「まあ、髪色を含めて綾那さんは目立ちますからね」
「ふふふ、でも私には「怪力」があるので、何かあっても平気ですよ。まあ、魔法には弱いですけど……」
幸成が「だからその、魔法で何かされた時が怖いんだよなあ……騎士が傍に居れば、誰も何もしないだろうけどさ」と独りごちれば、和巳も「そうですねえ」と同意した。
――すると、不意に背後から「そこの君、ちょっと待ってくれ!」という声が掛けられる。幸成と和巳は警戒して綾那を庇うように立ち、綾那自身も後ろを振り返る。
やや離れた位置で息を切らしていたのは、初老の見知らぬ男性であった。




