復興の手伝い
気付けば、連載開始から丸一年過ぎていました。
いつもお読み頂き本当にありがとうございます。
「それじゃあ、まあ――私は一旦席を外そうかな。まだ「転移」もちの人間もいくらか残っているみたいだし、奈落の底を掃除してきてあげるよ。ある程度片付け終わったら、また様子を見に来るからね」
美果は両膝を叩いてソファから立ち上がると、パチリとウインクする。そうして四重奏に向かって「いつまでも四人で仲良くね」と言い終わるのと同時に、眩い光に包まれた。
その光が収まる頃には忽然と姿が消えており、美果がどこか別の場所へ「転移」したのだと理解する。例え四割程度の力しか発揮できないとしても、やはりリベリアスの大陸内であれば自由に飛べるようだ。
約半年ぶりの再会だと言うのに絶妙にドライなのは、そもそも人ではないからなのだろうか。せっかく可愛い我が子に親だと明かせたのだから、もう少しゆっくりしていけば良いものを――。
とは言え、アリスとて今まで師だと思っていた人物からいきなり「ママよ」と打ち明けられたところで、上手く呑み込めていないだろう。いまだに複雑そうな顔つきのまま黙り込んでいる。
ちなみに、黙り込んでいるのはアリスだけではない。愛しい旦那と愛しいペット――それぞれの将来、存在の不安定さを心配している綾那と陽香についても、その胸中は穏やかではないのだ。
ある日突然、颯月の「擬態」が解けたら。明日彼が物言わぬ草花にでもなってしまったら、綾那はもう生きていけないだろう。
それは、右京を唯一無二のペットとして可愛がっている陽香も同じだ。客間の雰囲気はなかなか酷いものになっている。
途端に誰も何も話さなくなったため、渚が仕方なしと言った様子で口を開いた。
「ええと……それで、私達はこれから何をすれば良いんですか? 話が通じる方の悪魔と、師匠に眷属の処理を頼むとして――他にも何か手伝える事があるなら、聞きますけど。何もないなら、綾が風邪をひかない内に王都へ帰りたいです」
渚が水を向ければ、ルシフェリアは「うーん」と唸った。
そもそも一行がここまでやって来たのは、呪いが強まってしまった陽香を救うためである。こうして問題の陽香を無事に救い出せたのだから、これ以上ルベライトに留まる必要もないだろう。しかしルシフェリアは、ややあってから「もう少しだけ待って」と告げた。
「とりあえず、アクアオーラの収拾だけつけてよ。街はまだ大変な事になっているし、幸いアイドクレースの騎士もこれだけ揃っているんだからさ。街の修繕、手伝ってあげなよ」
「収拾をつけろと言われてもな……ひとまず明臣と禅に任せておけば、一通り片が付くだろう?」
「でも、ここには君の祖父母だって居る訳でしょう。せっかくだし、挨拶ぐらいして行ったら?」
「――今は綾の傍に居たい」
綾那が不安がっている事をよく理解しているのか、颯月は繋いだ手を強く握り締めながら言った。すると、ルシフェリアは呆れた様子で肩を竦める。そうして綾那の髪の毛を引くと、静かな声色で問いかけた。
「あのさあ……僕がこの箱庭に初めて人間を創り出したの、何千年前の話だと思ってる? そもそも、じゃあ「表」の人間の素って何さ? 君らと僕の子供達に違いってあるのかな、誰に創り出されてそうなったの?」
「人間の素――誰に創られたか、ですか?」
いきなり人類誕生の歴史なんていう壮大な質問をされた綾那は、目を瞬かせた。ルシフェリアは呆れ声で続ける。
「別に、最初っから人間という生き物が居た訳じゃないでしょう? 目に見えないような微生物が進化した果てに、今があるだけで――しかも原初の素がなんだったのかなんて、誰にも分からないじゃないか。天使が創り出したのか、もっと上位の神様が創り出したのか……君らは深刻に考え過ぎなんだよ、そもそも僕の「擬態」の効果は永続的だし」
「じゃあ颯月さんは、これからも颯月さんのまま――? 他の人達もですか?」
居なくなられて一番困るのは颯月で間違いないが、綾那が失いたくないと思うリベリアスの住人は、最早一人や二人では済まない。不安いっぱいの表情で首を傾げる綾那を見て、ルシフェリアは事もなげに「当然じゃないか」と答えた。
その言葉に安堵して、綾那はようやく肩の力を抜く。陽香もまた、右京の尻尾を強く抱き過ぎて毛並みが乱れてしまったらしく――それを整えるように手櫛で梳き始めた。その表情は安心しきっている。
「――平気か?」
穏やかな声色で問いかけてくる颯月を見上げ、綾那は笑顔で頷いた。愛しい者がこれからも健やかに生きられるならば、素が何であろうがなんの問題もない。
「それじゃあ、一旦応接室へ戻りますか? 私も力仕事ならお手伝いできるかも知れませんし……アリスのギフトを使えば、壊れたものも直せます。渚は怪我人の手当てができるし、陽香は外の警戒――あ、でも寒くてまともに動けないか」
「うぅ……右京と一緒に頑張ってみる……」
「誰がカイロなの」
右京は眉根を寄せたが、しかし尻尾を手放そうとしない陽香を突き放す事はなかった。
「僕はちょっと野暮用で席を外すから、皆で頑張ってね」
「ホントいつも指示だけで、良い御身分よね……」
「僕はすごい天使だから、当然!」
アリスに突っ込まれながら、ルシフェリアは綾那の膝の上から忽然と姿を消した。
極端に寒さに弱い陽香については、イマイチ頼りにならないような気もするが――ひとまず一行は、ルシフェリアの言う通りそれぞれ街の復興を手伝う事にした。




