「表」の動向
――ルベライト騎士団本部の客間。その一室を借りた一行は、各自ソファへ腰を下ろした。長丁場になるだろうと、気を利かせた明臣が客間を押さえてくれたのだ。
綾那は「怪力」スクワットのせいで息も絶え絶えだったが、颯月が度々魔法で洗浄してくれたお陰で、汗が冷える心配はなかった。恐らく、この状態ならば風邪をひく事もないだろう。
しかし、そうしてゼーハーと荒い呼吸を繰り返しているにも関わらず、「座るなら柔らかい方が良い」という理由でルシフェリアが膝の上に乗って来た。どうも、立っている時には背の高い颯月――座る時には、目線の高さよりも座り心地を重視するようだ。
綾那は隣に座る颯月に背中を撫でられながら、既に酷い筋肉痛に襲われている両足と臀部の筋肉をプルプルと痙攣させた。
「――おお、マジで師匠だ! お久しぶりッス!!」
「わあ、陽香も元気そうだね」
ややあってから、アリスに呼び出された陽香がやって来る。彼女は入口の扉をくぐるなり、真正面に座る美果に向けて愛想の良い笑みを浮かべて見せた。
ただ――大人右京に――まるで猫のように首根っこを掴まれて運搬されてきたため、どうにも締りが悪い。
「てか、『酢豚』の結果どうなりました? やっぱ殿堂入りしたっしょ!?」
「――ああ、さすが陽香。君は生粋の動画バカだったもんねえ」
「おー、褒め言葉として受け取りますわ!」
客間まで陽香を運搬し終えた右京は、彼女を床の上に下ろすと「込み入った話なら、僕は席を外そうか?」と首を傾げる。しかし、陽香はすぐさま「別に大した話じゃねえから、ついでに聞いてけば?」と大きなキツネ尻尾を胸に抱いた。
決して些細な世間話ではないと思うが――恐らく彼女は、モフりたいだけだろう。散々「物理が無効そうな眷属」に追われて怖い思いをしたせいで、癒しが必要なのだ。
右京は呆れた様子でため息を吐き出したが、大人しくされるがままになっている。
「スターオブスターについてだけど、結論から言うと殿堂入りした――いや、するはずだった」
美果の言葉に、四重奏は最初ワッと声を上げかけた。しかし、後半に続いた訂正に言葉を飲み込んで首を傾げる。
「少なくとも私の『予知』では、四重奏は三年連続スターオブスターに選ばれて殿堂入りするはずだった」
「予知――そっか。シアと同族って事は、師匠にもあたしらの先行きが視えるって事か」
「まあ、それこそ同族に横槍を入れられると、視えていたはずの未来がメチャクチャになっちゃうんだけどね――ほら、よりによって表彰式の前日に「転移」で行方不明になったでしょう? いざ君らが帰って来た時の事を考えたら、一度「表」の世界から四重奏の存在を消すしかなかった」
「……あたしらの存在を消す?」
陽香の問いかけに、美果は鷹揚に頷いた。
曰く、「転移」のギフトを管理する神が過去ルシフェリアに対して数々の嫌がらせを行った際にも、同様の処置が成されているらしい。何せ無機物だけでなく、「表」に存在していたはずの人間まで忽然と消えてしまうのだ。そんな事が何度も続けば、いずれ世間では何かしらの事件、集団失踪、はたまた神隠しか――なんて大騒ぎになるだろう。
そこで活躍するのが、「表」の神々による洗脳だ。今回の場合、「表」の世界から『四重奏』という存在、人間そのものの記憶を消した上で、過去の受賞歴やスタチューの登録チャンネルを含む、様々なデータを改ざんしているらしい。
そうでもしなければ、まず四重奏が表彰式に無断欠席した時点で世間は大騒ぎだ。
警察が捜査すれば、すぐさま行方不明になった事が露呈するだろう。しかも行方不明どころか、一夜にして家ごと消滅しているのだ。正に神隠しとも言える事態に、世界中が混乱するはず。
そこまでの騒ぎになると、さすがに「転移」を管理する神にとっても都合が悪い。ギフトの真価を人間に知られる訳にはいかないし、神々――天使の存在について知られるのも困る。
「それに、無事「奈落の底」から君らが帰って来た時にも問題があるじゃない?」
神々の洗脳やギフトについて知ってしまった四重奏の記憶は、「表」へ帰還した際の魔獣化を防ぐため、美果が抹消する予定だったようだ。しかしその場合、いざ「表」に戻って人から「今までどこで何をしていたのか」と問われても、誰も何も答えられない事態に陥ってしまう。
渚が危惧した通りだ。ますますおかしな事件として、大騒動になるだろう。要らぬ騒動を起こさぬようにするには、天使にとって都合の良いように人類を洗脳するしかなかったのだ。
「つまり、あたしらが行方不明になった事だけでなく、存在自体「表」ではなかった事になってる……?」
「そう。でも、君らを「表」へ連れ帰った後、データや記憶をまた改ざんするつもりだったの。まあ――結果として、「奈落の底に永住したい」って言うなら余計なお世話だったね」
「じゃあ、殿堂入りも最早幻みたいなもんだな……ちょっと残念だし中途半端で気持ち悪いけど、よく健闘しましたって事にしとくか?」
陽香が肩を竦めると、渚もアリスも「良いんじゃない」と笑みを漏らした。
「あの……師匠、「表」から私達の存在自体消えているなら、陽香の弟さん……呪いは――」
まだ呼吸が整っていないため途切れ途切れだが、綾那が問いかけると、陽香も「おお、そうだ! 陽太は今どうなってるんだ!?」と声を上げた。
既に「表」から四重奏の存在そのものが抹消されていると言うならば、辻褄が合わなくなる。今も弟に陽香の記憶が残っていなければ、こんなにも想い――呪いは強まらないだろう。
「あ~……陽香の弟くんも記憶を失っているはずなんだよ。でも、陽香をどうにかしたいという想いが強すぎたのか、自力で思い出しちゃうみたい」
「自力でって――」
「けれど、全てではないよ? あくまでも朧気に――「誰か大切な人が居た気がする、取り戻さなければ」ぐらいのもの」
「……あたしって、マジで陽太にそこまで想われてたんスか?」
複雑な面持ちの陽香に、美果は困ったような笑みを浮かべて「そうかも知れないね」と答えた。




