眷属マラソン
――とにかく、これ以上思考に耽っていても仕方がない。
どうしたって街への行き方は分からない。そしてルシフェリア達との合流方法も分からないとくれば、綾那と陽香の二人だけでこの状況を打開するしかないのだから。
綾那は、青い顔で隣を駆ける陽香に向かって声を張り上げた。
「陽香! あの眷属の大群、全部陽香の『呪い』に惹き付けられてるらしいの!」
「――呪いに!? セレスティンで掛けられたシアの光魔法にじゃなくてか!?」
泣きそうな顔で問いかけてくる陽香に、綾那は大きく頷き返した。
ルシフェリアが彼女に光魔法をかけたのは南部セレスティン領に居た時の事で、あれからそれなりの時間が過ぎている。それに、ルシフェリアは魔法の効果を打ち消すアフターケアまで万全だった。
もし仮に今も魔法の効果が続いているとすれば――皆でアイドクレース領へ戻って来た時も、ルベライト領へ向かう道中だって、眷属に襲われて身動きが取れなくなっていたに違いない。
以前眷属フィーバーに襲われた経験がある綾那には、その辺りの事がよく分かるのだ。
それが、今になって突然こんな大群を呼び寄せるような事態に陥っているのだから――どう考えても、魔法ではなく『呪い』が原因だろう。
「つまり私と一緒に居たとしても、眷属が襲い掛かるのは陽香だけだと思う!」
「…………だから、引き続きあたし一人が囮になれってか!? その間にアーニャが助けを呼びに行ってくれるとでも!? 置いて行くな! 置いて行かないで下さい!! マジで街から飛び出したこと後悔したんだからな!! どうして、もっと眷属の姿形をよく見てから飛び出さなかったのかって!! あんなもんまともに相手してたら呪殺待ったなしだろ!?」
――などと物凄い剣幕で懇願してくる陽香に、綾那は苦笑した。
やはり、足がない、影がない、体が透けているなど、物理が無効そうな系統の存在を見ると、彼女は途端に「らしさ」を失ってしまう。
「――囮は正解! でも、私から引き離すんじゃなくて、ただ同じところをグルグル走り回って欲しいの!」
「嫌だ! 意味が分からん! 死ぬ!! 憑りつかれる!!!」
必死の形相で首を横に振る陽香。そんな彼女を落ち着かせようと、綾那もまた必死で説明する。
「私、陽香を追う眷属の後ろを走りたいんだ! それで「怪力」を使って――後ろから少しずつ、数を減らしていくしか方法がないでしょう!?」
「絶対に嫌だぁ!! ちゃんとアーニャがついて来てるって、どうやって確認するんだよ!? 眷属あんなに居るんだぞ、見えなくなったら不安だろうが! 怖いんじゃあ!! 分かれよバカァ!!」
綾那の考えた苦肉の策は、まず陽香を囮にして、この広い雪原をグルグルと走り回らせる。そうして彼女を追いかける眷属を、綾那が背後から挟撃する事だった。
陽香も綾那も魔法を使えない。しかし、眷属は魔法を使う――となれば、繊維祭の時の演武のように、相手が魔法を使う前に一撃でノックアウトするしかない。真正面から対峙すれば魔法を使われてひとたまりもないし、卑怯だろうがなんだろうが、背後から一体ずつ確殺していくしかないのだ。
眷属は確かに知能が高いが――しかし、少なくともこうして何かに強く惹きつけられている間は、理性を失っているように思う。それはルシフェリアの光魔法にしろ、陽香の呪いにしろ同じ事である。
(だって、そうでなきゃ――後ろの眷属がひとつも魔法を使わずに、ただ陽香を追い続ける意味が分からないもの)
いつまでも経っても追いつけない陽香など、魔法を撃ち込んで無力化すれば済む話ではないか。それをしないという事は、少なくとも今この場に居る眷属の意識は正常ではないという事に他ならない。
まるで洗脳、アリスの「偶像」に通ずる何かを感じる。ただ目標物を追いかけて、手にして、どうにかしなければならない。強迫観念に囚われているような必死さが見てとれる。
だから、陽香さえ眷属に捕まらずに走り続けてくれれば、例え綾那が背後から眷属の群れを強襲しても平気なのではないか。もちろん、もし眷属がいきなりくるりと振り返り、綾那に向かってズドンと魔法を撃ち込んだら詰みだ。その時はもう、運が悪かったと思って諦めるしかないだろう。
「今は他に方法がない! やるしかないと思う!」
「いやいやいや、そもそもゴリラアーマー五分しかもたんだろ!?」
「ゴリラはやめよう! レベル4に押さえれば、もう少し長持ちするから!」
「いいや! 仮に五分以上もったとしても、あんなスピリチュアルなヤツらにお前のゴリラパンチが効くもんか!!」
「ゴリラは今やめよう! 確かに、全部は無理だと思う! だけど動物型のと――魔物が素体になっている眷属なら、なんとかできるはずだよ!」
「そんなヤツらよりも、お化けの方をなんとかして欲しいんじゃ、あたしは!!!」
綾那の呼びかけも虚しく、陽香は悲痛な叫び声を上げた。それはまあ、全てなんとかできればそれが一番なのだが――透けているものに関しては、殴ったところで腕がすり抜けて終わりだろう。
「このまま追いかけっこしていても仕方ないよ! どうせ私はバテて走れなくなるし! そうなったら、結局陽香一人で逃げる事になるでしょう!?」
「うぅううぅうぅううう……!!」
「シアさんと合流して、その呪いをなんとかしてもらわなきゃ……これから、まだ眷属やお化けがどんどん増えるかも知れない! とにかく数を減らさない!?」
「――もぉおおお! 分かった! 分かったから! じゃあ、早くなんとかしてくれ!!」
陽香は自棄くそになったのか、途端に足を速めた。綾那が慌てて「私が追い付けるような速さで、できるだけゆっくり走ってね!」と伝えれば、陽香は「無茶言うな! お化けが来るんだぞ!」と言い――ピーと泣きながら綾那を置いて行ってしまう。
綾那はすかさず眷属の進行方向から横に逸れると、「怪力」のレベル4を発動する。そして、両手両足を純白の篭手とグリーブに覆われた姿のまま、眷属マラソンの最後尾を走り出した。




