報告会
渚の唐突なプロポーズから、更に一週間が経った頃――綾那は、朝から颯月の執務室に呼び出されていた。
部屋の中央にある長机と、対面に囲むように配置された長ソファ。ソファには幸成と和巳、そして竜禅が座っていて、茶の入ったカップを和やかに傾けている。颯月は執務机に、綾那は彼に寄り添う秘書のように立ったままだ。
本日は、役職もちの騎士が集まって報告会を開くらしい。最早『広報』なのかなんなのか立ち位置が微妙な綾那だが、颯月直々に呼び出されたため、内心「場違いなのでは」と思いつつも彼の横に控えている。
まあ、場違いだろうがなんだろうが、少なくとも新規入団者の推移については把握しておきたいところだ。アイドクレース騎士団の不足人員と言われている五~六千人の人員補填を目指す以上、現状把握と問題点の洗い出しは必須である。
「繊維祭から約ひと月半――ようやく、陽香さんの宣伝効果が薄まってきた気がします。新規入団希望者に混じる冷やかしの数は、ピーク時と比べて四分の一以下ですね」
まず口火を切ったのは、参謀の和巳だ。彼はある意味『広報』――というか、陽香の被害者である。
繊維祭で『美の象徴』正妃と並んでステージに立ち、領民の前に姿を現した陽香。彼女は――胸以外――正妃そっくりの見た目に、明るく人を惹きつけるキャラクター。しかも今アイドクレースで注目の的である、『広報』として働く女性だ。
その影響力と言ったら、謎に本家の正妃よりも大きかったのではないかと思わずにはいられない。
次から次へ集まって来る新規入団希望者。しかし、その全てが本気で騎士になるつもりがあるかと言えば否で、「ただ陽香を一目見たいだけ」「面接に行ったら陽香と話せると聞いて!」「結婚してくれ!」という冷やかしも多かったらしい。
肝心の陽香はと言えば、繊維祭の直後倒れた綾那の看病に奔走していたし、一週間ほど南部セレスティン領へ雲隠れしていた。そこからようやく王都へ戻って来たと思ったら、次はすぐさま北部ルベライト領へ旅立ったのだ。
つまり「一目見たい」なんて言われても、「面接で話せるんでしょう?」と言われても、仕方がない。そもそもアイドクレースに居ないのだから。
完全に領民の中で『陽香熱』が上がり過ぎた結果生まれたデマである。
口コミだけでこんなにも情報が錯綜するのに、本当にインターネットなんて敷いて平気なのだろうか。
「昨日付けのカウントで、繊維祭以降に入団した新人の数は約九百人です。冷やかしが減ったのと同時に、騎士に対する熱も冷めつつあるので――ここ数日は採用試験も落ち着いていますね。そろそろ、新人教育を開始しても良い頃合いかも知れません」
和巳が報告を終えれば、颯月が「ご苦労」と鷹揚に頷いた。そうして次に口を開いたのは、軍師の幸成である。
「新人は軒並み宿舎に入居し終わってるから、訓練開始までそう時間はかからねえかな。ただ、下は十歳、上は三十八歳と、これだけ年齢に幅があるのは珍しいかも……誰と誰をどう組み合わせるか、どう素養を見るか――今まで通りのマニュアルじゃあ対処しきれない可能性がある。今後はもうちょっと柔軟に対応していくのが良いと思う」
「そもそも、九百人もの新人を相手にすること自体が初めてだろう?」
竜禅が首を傾げれば、幸成は金色の目を細めて「そうなんだよなあ」と頬を掻いた。
「正直、今のままじゃあ指南役の数が足りねえよ。どっかから引っ張りたい気持ちはあるけど……どこも忙しいだろうからなあ」
騎士の新規入団者は、過去ゼロが続く事もしばしばあったと言う。それほど大変で、過酷で――そして、結婚できない職業なのだ。必然的に指南役も少なくなる。何せ教えるべき相手が居ないのだ。教員ばかり居ても、生徒が居なければ仕事にならない。
――力ある教員の手が空いたならば、ただでさえ人手の足りない領内の巡回をさせられるに決まっている。
その上、新人騎士の教育制度は――ブラック社畜集団の割に――かなり手厚い。一、二週間勉強したら即現場に出す、なんて事はあり得ないのだ。
平均して半年、早い者であれば二ヵ月ほど宿舎でみっちり訓練して、そこから街の駐在騎士の下に配属される。そうして先輩方の補助をしながら、更に数週間から数か月職務を学んで、ようやく独り立ちが許されるのだ。
やはり命の危険がつきまとう仕事なのだから、そこまで手厚く教育しなければ騎士の身さえ守れないのだろう。
(約九百人の相手を、半年から一年間付きっきりで教育か……気の遠くなるような話だなあ。しかも、今後新人が増えないとも言い切れないし――)
まだ人員は不足しているし、もちろん『広報』としても九百人で終わらせるつもりはない。今は陽香とアリスが旅行中のため撮影できないが、ついに四重奏が揃ったのだ。綾那も、最早マスクで顔を隠す必要はなくなったし――どうせならカメラマンばかりだけでなく、演者にだって回りたい。配信者の裏方に興味を抱いているらしい、楓馬の育成もしたいところだ。
しかし、いたずらに新規入団者ばかり増やしても受け皿がないのでは意味がない。教育制度を整えた上で受け入れなければ、どうしても今までの騎士と練度が変わってくるだろう。いずれ「アイドクレースの騎士は質が下がった」なんて、揶揄されるような事態になりかねないのだ。
「指南役の確保か、それは確かに急務だな。しばらくは俺や禅も訓練に回るようにはするが……他からは引っ張りようがない。近衛をいくらか分けてもらうか――いっそ元アデュレリアの騎士、全員指南役に格上げしちまうか」
「旭らを? あー、それはアリだな。正直、あいつらウチでは新人ってだけで、アデュレリアでは実務に当たってた訳だし」
「あとは欲を言えば、うーたんが『右京』を晒してくれればな……しかしまあ、こればかりは本人の意志を尊重するしかない」
元アデュレリア第四分隊の騎士――旭や右京を含めれば、全部で八人――は、元々アデュレリア領主の駒使いだった。その社畜具合と言ったら、他の追随を許さないレベルだったらしい。ゆえに彼らはやたらと仕事ができる。
更に、分隊長が厳格な人間だからなのか、人格的にも申し分ない者ばかりだ。ほんの一時賊に身をやつしていた件については、生存戦略であったため触れないでおこう。
彼らの分隊長――頑なに「時間逆行」という魔法を解こうとしない悪魔憑き、右京。彼はアイドクレース騎士団の新人の中で、本気で十歳男児として扱われている。その正体を知る騎士はここに居る面々と、元アデュレリアの騎士だった者だけだ。
右京は、悪魔憑きであったせいで今までに相当な苦労をしてきている。できる事ならば子供の姿のまま、何も気にせずに生きていたいというのが彼の思いだ。
何せ彼の『異形』半獣人化は、実の両親から「化け物」呼ばわりされる姿だ。それは、誰彼構わず見せたくないに決まっている。
右京の事を心の底から――本人が辟易するぐらい――これでもかと可愛がれるのは、恐らく陽香だけだろう。彼は陽香にとって、唯一アレルギーを発症しない最愛のペットなのだから。
「アデュレリアではともかく、ウチでは分隊長どころではない実力なのに……惜しいですね」
竜禅が同調するように漏らせば、颯月は「ああ」とため息交じりに頷いた。
いっそ、彼の呪いの元となった眷属を見つけ出して祓えれば――とも思うが、そうなると陽香が最愛のペットを失ってしまう。しかも悪魔憑きだからこそ使える闇魔法「時間逆行」まで使えなくなると、右京を同年代の子供だと本気で信じている、幸輝達が憐れな気もする。
右京本人の気持ちを考えれば祓った方が良いに決まっているが、なかなか難しいものだ。
「とにかく、訓練については指導要領から改善するしかないだろうな。今までみたいに、付きっきりのやり方じゃあ無理だ。新人を組分けして、基礎体力訓練と基礎魔力訓練、実技指導を組ごとにローテーションする方向で練り直してくれ」
「あぁー……しばらく机と向き合うしかねえなあ……」
げんなりとした表情の幸成に、和巳が笑いながら「私も手伝いますよ」と励ました。
そうして新規入団者に関する報告会が済んだところで、颯月が突然「綾は『広報』として何かあるか?」と水を向けてくる。綾那はやや逡巡したのち、顔色を窺うように小首を傾げた。
「その……大量の新人さんを教育する現場については、カメラを入れても許されるのでしょうか……?」
「――俺を映さないなら許すよ」
すかさず反応した幸成に、綾那は「でも幸成くんは軍師で、訓練の責任者で……それを映さないのは、なんだか道理が――」などと呟いている。そのやりとりを見かねたのかなんなのか、不意に竜禅が「平気だ」と口にした。
「私が「水鏡」を使うから、安心して撮影すると良い」
「なにひとつ安心じゃねえんだよ、ふざけんな禅!」
眦を吊り上げる幸成には大変申し訳ないが、綾那は竜禅の言葉に「良かった、確かに安心だ」と笑ってしまった。




