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証拠集め

(もう、やっぱり嫌い! この防弾チョッキ!!)


 綾那は、なんとか桃華の黄色いワンピースに腕を通す事に成功した。

 もちろん所々窮屈だし、桃華が着用していた時は足首まで隠れる楚々としたロングワンピースだったものが、膝下までの長さになっている。ただ、この程度であれば許容範囲だろう。


 しかし当初の予想通り、背中のジッパーだけは胸がつっかえて上がらなかった。やはり、颯月にコルセットの着用を手伝ってもらうしかない――そう諦めて、しっかりと胸が潰れるようにきつく締めてもらった結果、無事ジッパーを上げる事に成功したのである。


 いや、成功したのだが、あまりに息苦しい。

 姿勢よく立っていないとコルセットの締め付けが増すので、体中に力を入れて姿勢を保たねばならない。胸を締め上げているので、自然と呼吸も浅くなる。そのお陰で一時的にスリムにはなれたが、長時間この状態を続けると酸欠で倒れそうだ。


(だから、陽香と魔獣狩りしていても付けたくなかったんだよね――コレ。「表」に帰ったら、いの一番に新調しよう)


 昔、師に「もしもがあると困るでしょう」と渡されてから、ずっと着用を渋っていた代物。以降すっかり成長してしまった体に、全くサイズが合っていない。だから必要以上に胸が潰れて、その苦痛を避けるためにますます着用しなくなる。悪循環だ。


「綾那お姉さまって、とても――なんというか、お綺麗な方だったんですね……」


 綾那が貸与したマスクで目元を隠した桃華が、うっとりとため息を吐き出した。彼女は、ややサイズの緩い――元々綾那の着ていた服を身に纏っている。

 よくよく考えてみれば、彼女の前で綾那がマスクを外すのは、これが初めてだ。


 神子(みこ)として生まれた以上、容姿を褒められる事には慣れている。しかし、「まあ、『神子』なんだから綺麗で当然だよね?」という「表」特有の含みがない誉め言葉は、少々照れくさい。


 綾那は桃華に向かって微笑んだ後、黒髪のウィッグを被り、瞳には黒いコンタクトをはめた。続けて鞄から手鏡を取り出すと、マスカラで眉と睫毛を黒く染める。

 アイドクレース人にはありえない白肌らしいが、北部ルベライト領の人間はこれぐらい白くて当然との事だ。「北部出身です」とでも言っていれば平気だろう。


 むしろ、逆にこの肌色のおかげで「桃華を守るための身代わりとして、その辺りから連れて来た適当な女」とは思われにくいはずだ。


「これで、少しはリベリアスの人っぽくなったかな?」

「いいえ……あまりに素敵過ぎて、ひとつもリベリアスっぽくありません。お姉さまは女神様だったのですか?」

「ぽくならないと、困るんだけどな――」


「ほうぅ」と熱っぽい息を吐く桃華に、綾那は苦笑した。彼女の場合、綾那を「唯一無二の同性の友人だ」と過度に気に入っているため、その欲目が出ているに違いない。

 まあ、好いてくれる分には構わないだろう。綾那は桃華に「もう少し、ここに隠れていてね」と言い残してから、颯月の元へ向かった。


 彼は少し離れた場所に立ち、綾那と桃華の目隠しの壁になってくれていたのだ。


「颯月様、お待たせしました」


 綾那が呼びかけると、颯月はゆっくりと振り返った。


「なるほど、これなら――しかし、髪色だけで随分雰囲気が変わるんだな」

「はい。私は、颯月様の出した「近いうちに別の男性と結婚する」という条件を満たした上で婚約者になったはずが、あなたと過ごす内に本気になって――幼馴染というアドバンテージをもつ桃華様に嫉妬して、犯行に及んだという設定で行こうと思うのですが……颯月様?」


 綾那をじっと見下ろすだけで、反応の薄い颯月。改めて名を呼べば、彼は目元を甘く緩ませた。


「ああ、悪い。久々に顔を見られたのが嬉しくてな。アンタその色も似合うぞ」

「ぅぐっ――い、いえ、嬉しいですけど……お願いですから、その顔で気軽に誘惑してこないでください。こんな事件を起こされるほど女の子から慕われておいて、ご自分がどれだけ魅力的なのか、まだ分からないのですか?」


 颯月はなぜ、流れるように人を誘惑してしまうのだろうか。やはり悪魔なのか。綾那は胡乱な目つきで颯月を見上げたが、彼はなんとも言えない苦笑を浮かべた。


「この顔が? 気に入ってくれている綾には悪いが、俺に近付く女は顔に引き寄せられている訳じゃあねえ。言っただろう? この容姿を理由に遠巻きにされるって」

「そんなはずがないでしょう、何バカな事を言ってるんです! 美しすぎて、こっちは目が合っただけで心臓爆発しそうなんですよ!? そりゃあ遠巻きにもしたくなりますよ!」

「いや――」

「いやじゃない! どうしてそう自覚が乏しいんですか? 顔はキレイだし身長は高いし――」

「綾」

「スタイル良いわ、ガタイがよくて頼りがいあるわ……声まで低くてセクシーで、あと他に何が欲しいんです? これ以上スペックを高めたら、『人間』の域を越えますよ!?」

「……なあ綾、もしかして俺はまた口説かれてんのか?」


 とろりと緩んだ紫色の瞳に見下ろされて、綾那はぱちぱちと目を瞬かせた。今そんな話はしていない――と考えたのも束の間、ハッと我に返って頭を抱える。


「もう! どうしていつも簡単に口説かれちゃうんですか! ノーガードでボディを打たせてどうするんです、もっと脇をしめてください!」

「違う、ガードの上からアンタがぶん殴ってくるんだ。――ック、誰か助けてくれ、このままじゃあ、俺まで綾にビアデッドタートルされちまう」

「ビアデッドタートルされるとは、一体どういう状況を指すのですか……いいえ、それよりも今は、桃華様の事ですよ」


 何を変な造語を作っているのだと思いつつ、綾那は話題の修正を試みた。正直、誰よりも脱線していたのは綾那だった気もするが。

 颯月は頷くと、「これで俯いていれば、被害者感が増すだろう」と、己が背に纏うフード付きの外套を綾那の肩に掛けた。続いて、壁際で整列している賊へ目配せをする。


「オーナーの元まで行く前に、ヤツらの話を聞く余裕はあるか? さっき相当強く締めただろう、まともに呼吸できているのか心配でな」

「あ――はい、ありがとうございます。平気ですよ」


 颯月の提案に、綾那もまた頷き返した。確かに、オーナーの罪を追及しに行く前に、彼らの話を聞いておいた方が良いだろう。

 彼らは誘拐の実行犯である。

 アデュレリアに居るらしい黒幕の詳細は聞かされていないようだが、少なくともこの屋敷の所有者とは面識があるのではないか。オーナーが悪いとハッキリ証言してくれれば、こちらとしても万々歳である。


 ちらりと屋敷の警備を見れば、彼らはようやくビアデッドタートルを解体し終わったところだった。これから、亀だったものを少しずつ外へ運び出すらしい。

 あの作業が終われば、次は「オーナーに状況の説明を」という話になるだろう。もう、あまり時間は残されていない。


 綾那をその場に残したまま賊へ近付いた颯月は、代表らしき男を一人連れて戻って来た。桃華を守るために強く抵抗していた男だ。彼は初め綾那を見て驚いたように瞠目したが、しかし軽く頭を振って表情を取り繕う。


 颯月は男と向き合うと、自己紹介がてら話し始めるた。


「アイドクレース騎士団、団長の颯月だ。アンタらの事情を聞きたいんだが、協力してくれるか?」

「だ、団長!? あなたを見た時に、まさかとは思いましたが……やはり、()()()()()――『紫電一閃(しでんいっせん)』、なのですか」

「……あくまつき?」


 男の口から思いがけない言葉が飛び出したため、綾那はついオウム返しする。しかし、その横で颯月が眉を顰めたのを見て、慌てて口を噤んだ。


「ああ、そうだ――で、協力する気はあるのか」


 常よりも低い声色で問うた颯月に、賊の男と綾那は揃ってごくりと生唾を飲み込んだ。

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