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契約交渉

 それから少し経つと、公務終わりの維月がやって来た。彼は約束の時間に――ほんの数分――遅れた事を申し訳なさそうに謝罪しながら、すっかり定位置となった、渚とテーブルを挟んだ反対側に腰を下ろす。

 いつも闊達(かったつ)な彼にしては珍しく、その表情には僅かながら疲労の色が浮かんでいる。まるで、満足に睡眠時間が取れていないような――そんな維月の様子に、綾那はこてんと首を傾げた。


「――維月くん、元気?」

「うん? ああ……いや、元気だ。最近、新しい事を学ぶのが楽しくて――早く仕組みを理解しようと、躍起になっているのかも知れないな。つい、夜遅くまで夢中になって復習してしまう」

「復習」

「渚から『電話交換機』の話を聞いたのが、面白くて――」


 維月は紫色の目を爛々と輝かせながら、「まず実験として王宮内に電話線を引き、最初の内は交換手が手動で電話を繋ぐんだ。ゆくゆくは自動化したい」とか「雷の魔力を通すケーブルの中に、光の魔力を通す細いケーブルを通すと楽しそうじゃないか?」とか、小難しい事を言っている。

 そんな難しい話よりも、綾那はただ、維月がいつの間にか親しげに「渚」と呼んでいる事の方に驚いた。


(いや、なんか……仲良くなるの早いな……!? 維月くんはともかく、あの警戒心の強い渚が異性に名前呼びを許すなんて――)


 綾那は目を丸めて渚を見たが、彼女は不思議そうに首を傾げるだけだ。維月のリハビリ話が出た際に「大丈夫だろうか」と思ったのは、本当に余計な世話だったらしい。


 渚は幼い頃から優秀で、綾那が同じ施設内で彼女の存在を知った時にはもう、神童の名を欲しいままにしていた。更に「蔵書(ライブラリー)」という、使う者によってはチート極まりないギフトを所持していたせいで、彼女は周囲から浮いた存在だった。

 ただ地頭が良く、努力家だっただけなのに――周りの評価はいつの間にか「どうせ本人の実力じゃない」「便利なギフトがあるから賢く見えるだけ」なんて、間違ったものにすり替わって。

 誰にも正しく評価されないため、渚は早々に周囲から理解を得る事に見切りをつけた。だからこそ彼女は、孤高の一匹狼気質なのだ。


 しかも渚のもつギフト「鑑定(ジャッジメント)」は、見ようと思えば人の思考、心理まで丸裸にできる。一見すると人懐っこい顔をして「すごい」とおだててくるような相手でも、()を見れば言葉とは裏腹な思考が漂っている事が多い。そんな力をもっていたら、人間不信にもなるだろう。

 ただ、そこまで強い力を使うと、使用後に寝込むほど体調を崩す。そして他でもない渚自身が、「普通は見る事ができない他人の頭の中を覗くのは、最低最悪のチート行為だ」という意識があるから、滅多に使わない。


 以前颯月相手に「鑑定」を使ったのは、彼の人となりを見極めるのに一番手っ取り早く――そして、確実だったからだろう。あの時は渚も相当に余裕をなくしていたし、いちいち手段など選んでいられなかったのかも知れない。


 実は綾那も幼少期、渚に中を覗かれた事がある。後から聞いた話では、陽香とアリスも小学生時代に覗かれたようだ。

 覗いた上で友として関係が続いて、しかも同じ家に暮らすほどの仲なのだから――少なくとも四重奏のメンバーは、渚のお眼鏡にかなったのだろう。

 ちなみに渚の名誉のために言うが、無許可で勝手に「鑑定」された事は一度もない――――――はずである。


 それだけ人間不信を拗らせた渚が、たった数週間で。いや、時間にすればたったの数日だろうか。全くの初対面であった維月となんの問題もなく付き合っているのが、綾那としては不思議な感覚だった。


(もしかして、維月くんの事をビジネスパートナーか何かだと思ってる……?)


 四重奏の交渉人――企業と話をつけるのは、ほとんど渚の役目だった。時たまアリスを連れて彼女の「第六感(シックスセンス)」を利用し、交渉するに値する案件なのかどうかふるいにかける事もあったが、だいたい渚が一人でフロントに立っていた。

 彼女は根っからの人嫌いだが、しかし仕事が関わるとなれば話は別だ。自分達の利になるものはなんでも利用する、(したた)かさもあった。


 王都限定でも構わないから電話を引きたいだの、ネットを敷きたいだの、かなり大規模な事業展開を目論んでいるようだし――こうして早々に維月と仲良くなる事も、渚にしては珍しく胸襟を開いて接しているように見えるのも、全て彼女の交渉術のひとつなのだろうか。そうだとすれば、身内ながら本当に恐ろしい人物である。


 綾那がそんな事を考えていると、いまだ電話交換機について熱く語る維月に向かって、渚が「殿下」と呼び掛けた。


「……どうかしたか?」


 維月は、いつもの王太子らしく非の打ちどころのない作り笑顔ではなく、ごく自然に目元を緩めて応えた。やはりその面差しは十三歳のソレではない。

 渚は彼を真っ直ぐに見返して、いつも通りの眠そうなジト目で告げる。


「私と結婚してくれません?」

「――ブッ!?」

「………………何?」


 いきなり問題発言をした渚に、まず先に綾那が噴き出した。維月もさすがに目を丸めていて、己が何を言われたのかイマイチ理解していないようだ。

 しかし渚がじっと黙ったまま返答を待っている事に気付くと、彼は途端に居心地悪そうに身じろいで目を逸らした。


「いや、俺は……今はまだ、そう言った事は考えられん」

「じゃあ、とりあえず婚約者ならどうです?」

「婚約……? 婚約者か――」


(まず難題を提示した後に、条件を緩和する交渉法――こういうの、なんて言うんだっけ……『ドア・イン・ザ・フェイス』……?)


 間髪入れずに婚約者ならどうだという代案を示した渚に、綾那は「最初から結婚を断られるの前提で用意してたんだろうな」と目を眇めた。

 それにしたって渚の行動は性急すぎると思うが、しかし維月が婚約について真剣に悩んでいるところを見る辺り、意外と無茶を言っている訳でもないのかも知れない。


「俺は、少なくとも渚を憎からず思っている。ただ、婚約となると――恐らく俺の立場上、()()では済まない。他に婚約者が存在する訳でもないし、自動的に結婚まで流れつく可能性が高い」

「でしょうね」

「でしょうねと言われると、困るな……参考までに、何故その結論に至ったのか聞かせてもらえるか? 俺の妃になれば、法整備し放題だからか? 渚の思う法案を次から次へ通すだけなら、わざわざ妃にならずとも――例えば、秘書のような役職に就いてくれれば良いのに」

「うーん……今後リベリアスで生きやすくするために何が必要か、色々な条件を考えた結果、殿下以上の異性は居ないと判断しました。あとは、まあ……それなりに好ましいから、ではいけませんか?」

「……ああ、それは意外だな。頭に「それなりに」と付くのは、いかにも渚らしいが」


 維月は困ったように笑いながら、ちらと綾那を見やった。彼と目が合った綾那も、どうしたものか困って苦笑いしてしまう。


「義姉上はどう思う?」

「え!? あ、ええっと……個人的には、悪くないかなって思いますけど……維月くんも、早く即位するための条件が――ね」


 颯瑛は維月に、彼を支えてくれるような婚約者が居れば、即位の件も前向きに検討すると言っていた。それが見つからなければ、せめて成人するまで――つまり、あと七年は王太子のまま我慢しろと。

 とりあえず渚をその座に据えてしまえば、条件は満たされる。しかも渚は、亡き輝夜に並ぶほど腕と弁舌が立つはずだ。颯瑛だけでなく正妃まで安心させる事が可能かも知れない。


「即位の条件か――確かに、そうだな。しかし、俺の都合で妙齢の女性を振り回していいものかどうか……」

「いや、私も思う存分殿下を振り回すつもりですので、お互い様なのでは?」

「……何やら「お互い様」どころか、俺の方が酷く振り回されそうだな」

「そういう事です。婚約の()については、それこそ殿下が成人なさるまでゆっくり考えれば良いのではありませんか? 七年もあれば本気で好ましい相手も出てくるでしょうし……その頃には、私も誰か他に適当な婚約者を見繕えるはずです。もしくは、殿下が法律の改定をしてくださっている事でしょう」

「……七年後には、貴女はもう三十手前だぞ。俺のところで遊んでいて良いのか?」

「女は三十から熟し始めるそうなので、余計なお世話です」

「それは失礼した」


 維月は声を上げて笑うと、「では、前向きに検討しよう」と答えた。ひとまず何事もなく収まったが、突如として始まった身内のプロポーズ劇に、ただ綾那一人がドギマギしたのであった。

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