意外と似た者同士
ようやく仕事のキリがついたらしい颯月は、四人分の食事――と、ちょうど近衛が持ってきたらしい茶器――を載せたシルバーカートと共に応接室に入って来た。
維月は途端に喜色ばんで立ち上がると、「義兄上!」と言って颯月の元まで駆け寄った。
「お疲れ様です、仕事はもう良いんですか」
「ああ。二人は食事の後も勉強会を続けるんだろう? 時間が限られているって言うのに、待たせて悪かったな」
「いいえ、そんな。俺としては有意義な時間でしたよ、義姉上達から色々な話が聞けましたし」
よく出来た義弟の模範解答みたいなものを口にする維月を見て、颯月は目元を緩ませた。
彼はそのまま、手際よく食事の配膳――と言っても、食堂から受け取ったプレートをそのままテーブルの上に置くだけで終わりだ――を始める。綾那相手にリハビリするのが功を奏したのか、最近こういった事も問題なく出来るようになったのだ。
変わりつつある義兄の姿を見た維月は目を瞬かせたが、しかし悪い変化だとは思っていないのだろう。綾那を横目で見ると、ふっと小さく笑った。
(身の回りの事が一切できない颯月さんも可愛くて好きだけど……でも、本人が一番気にしているんだよね。周りができて当然の事ができないのは辛い――って。私だって小さい頃は、周りの子よりも要領が悪くて大変だったし……気持ちは分かる)
綾那の場合は、今も要領が――というか感性が独特でずれている感が否めないが、それでも颯月の抱えるもどかしさは理解できる。彼が「やりたい」と言うならば、綾那はただ支えて見守るだけである。
ただ、全て彼に任せきりにして召使い扱いする訳にはいかない。綾那も立ち上がり、カートの上にある茶器を手に取った。
そうして全員に食事と茶が行き渡ったところで、渚はおもむろに「鑑定」を発動した。そうして食事になんの問題もない事を確認すると、維月に向かって「平気みたいですよ」と声掛けをする。
維月は満足そうに頷いて、「義兄上の手ずから運ばれた毒ならば、飲み干す事も厭わないさ」と冗談なのか本気なのか分かりづらい事を口にした。
――かくして、空腹の渚お待ちかねの昼食会がスタートしたのである。
◆
綾那と渚が隣り合って座り、机を挟んだ反対側には颯月と維月が並んで座っている。颯月は鶏の照り焼きを頬張りながら、渚に問いかけた。
「それで、異大陸とこっちの法律に違いはあったのか?」
彼に水を向けられた渚は、ムグムグと咀嚼しながら小さく頷いた。
「基本的な考え方や――いくつかの法、特に刑法は「表」と全く同じものが多くあります。ただ、やはりリベリアスにしかない魔法や、逆に「表」にしかないギフト関連の法律……そういったものは丸ごと違うので、面白いですね。覚えるのは大変ですけど」
「そうか。ただまあ、綾から何度となく「努力する天才」だと聞いているから……覚えるのも早いんだろうな」
渚は颯月には答えずに、ただ隣の綾那を見て嬉しそうに笑った。彼女の事だから、既読済みの部分に関しては早くも丸暗記できているような気がする。便利なギフト云々以前の話で、渚自身の能力が優れまくっているのだ。
単なる天才よりも、鬼のような努力家よりも、「鬼のように努力してしまう天才」が一番手に負えない。今後、彼女がリベリアスの法律にも精通するようになれば、四重奏もとい『広報』の活動の幅も広がるだろう。
今までは、そういった事に詳しい颯月や和巳に確認を取りながらでなければ身動きが取れず、どちらかと言えば要領が悪くフットワークも重かった。「表」では合法だった事も、土地が変われば違法になりかねない。四重奏は動画を使って『広報』がしたいのであって、決して炎上したい訳ではないのだ。
しかし、その役割を渚が担うようになれば、陽香の思い付きともいえる企画の数々を次から次へと実現できるようになるに違いない。
「維月も、異大陸の文化から学べる事が多そうだな」
「はい、それは俺も思います。事実、先ほどほんの少し聞きかじっただけでも興味深い事が多くて――色々と考えさせられました」
「学べる内になんでも吸収しておくと良い。柔軟な考え方が出来るのも、好きなだけ迷えるのも……即位前の今だけだろうからな」
颯月はそのまま「まあ、俺は即位した事がないから想像でしかないんだが」と補足した。義兄の言葉に、維月は穏やかに笑って頷く。
「――今日俺が持ってきた本はそのまま貸し出すから、ゆっくり読むといい。あなたとは勉強より、もっと具体的な話がしたいから」
「具体的……そうですね、私もまだ聞きたい事がたくさんありますし――互いの文化の違い、そのすり合わせをするのも面白そうです。今後の動画配信をどうしていくかも、やり方を悩んでいるところですから」
やり方と言うのは、まず配信場所の問題である。大衆食堂だけの限定配信では、今後トラブルが発生するのも時間の問題だ。それを解決してからでなければ、次回作の配信も厳しい。
「表」の人間が頭を悩ませても良い解決策が浮かばなかったため、ここは現地の人間と話し合った方が、建設的な意見が生まれるだろうと思っての事かも知れない。
綾那はひっそりと、「午後も難しい話が続くんだな」と複雑な面持ちになった。しかしそんな綾那に救いの手、もとい颯月の手が差し伸べられる。
「綾、午後から俺の用事に付き合って欲しいんだが……維月と渚は二人でも平気か?」
「え? ああ……まあ、俺は平気ですよ。どうせ近衛も居ますから、厳密には二人でもありませんが」
「私も構いませんよ。これ以上は、綾が疲れちゃうだろうしね」
さすが渚、綾那の性質をよく理解している。綾那は「ありがとう」と微笑んで、午後からは颯月とのんびりしようと胸を躍らせた。




