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お誘い

 綾那は、颯月と共に幸輝の部屋を目指した。さすが団長だけあって、既に新規入団者の部屋割りは頭の中に叩き込まれているらしい。まあ、彼自身の図抜けた記憶力の良さもおおいに関係していそうだが。


 ほんの少し前――それこそ二、三週間前までは、騎士団宿舎の空室が目立っていた。食堂の空席もかなり多かった。

 訓練する若手の数は足りていないし、領内を巡回する騎士の数も不足していたし、もちろん、街の駐在騎士だって足りていない。しかし五百人ほど新規入団者を獲得したお陰で、これまで誰にも使用されずにホコリを被っていた施設が息を吹き返すだろう。


(でも、千人面接してその半分が冷やかしだったっていう状況は、どうにかしないと)


 陽香が王都を離れている今、彼女の存在がみだりにファンを扇動する事はない。上がり過ぎた『陽香熱』さえ落ち着けば、もう少し入団希望者もまともになると思うのだが――しかし裏を返せば、彼女が王都を発って一週間以上過ぎてもまだ冷やかしが存在するのだ。

 繊維祭のインパクトがよほど強かったのか、それとも『美の象徴』正妃の力が強すぎるのか。


 さすがは『正妃の再来』、そして、さすがは人前で正妃と仲良しアピールをしただけある。

 領民の間で綾那まで注目されているのは、もしや『雪の精』がどうとか演武がどうとかいう話ではなく、単に繊維祭で正妃との関係と仲をアピールしたせいかもなのだろうか。

 そうでなければ、今まで散々「アイドクレース向きではない」と揶揄されてきた綾那が、いきなり注目を浴びる意味が分からない。


「お義母様って、偉大ですよねえ……」

「――なんだ、藪から棒に」


 綾那は、しみじみと噛み締めるようにそんな言葉を口にした。横を歩く颯月が怪訝(けげん)な顔をしたが、綾那は「ふと思っただけです」と笑って濁す。


 そうして軽口を叩いている間に、二人は幸輝の部屋の前まで辿り着いた。綾那に宛がわれている部屋と変わらぬ、白木のドア。それを颯月がノックすると、中からやや緊張した「はい」という硬い声色が返される。


「幸輝、俺だ」

「――颯月!? 待ってろ、すぐ開ける!」


 幸輝は推定十歳と、まだ幼い。しかも元悪魔憑きで、『普通の人間』の輪からずっと爪弾きにされていた。

 それが今では、呪いの元となった眷属が払われて普通の人間になった。そのお陰で念願の騎士になれる訳だが――住み慣れた教会を離れて一人生活する事になれば、寂しくて心細くて、不安になって当然だ。


 そもそも彼は、普通の人間の輪に入り慣れていない。夏祭り以降だいぶマシになってはいるようだが――今まで避けられてきた相手に、どう接して良いのか分からないのだろう。

 騎士を目指すからと言って、別に静真達と二度と会えない訳ではない。しかし、きっと綾那がリベリアスに「転移」して来た時と同じくらいの不安を抱えているに違いない。


 ガチャリと勢いよく扉が開かれて、中から黒髪の少年が飛び出してくる。その姿は、やはり綾那の知る幸輝と少し違った。

 山羊のようにぐるりと巻かれた角はなくなって、金髪だった髪の毛も真っ黒になっている。相変わらず颯月を意識しているのか、ハーフアップに結ばれていて――何やら、金髪だった時よりももっと幼い印象を受ける。

 真っ赤だった目が黄色に変わっているため、恐らく得意な魔法は『火』なのだろう。思えば彼自身「氷が上手く使えないから、たぶん火が得意なんじゃないか」と予想していた。


 時刻は十九時過ぎ。夕食を食べ終わって他にやる事もなく、後は寝るだけだったのだろうか。白い半袖と青いハーフパンツという涼しげな出で立ちだ。

 彼は、教会でも就寝時にこういうラフな格好をしていた気がする。


 幸輝は颯月を見るなりパッと喜色満面の笑みを浮かべて、そしてその横に綾那が立っている事に気付くと「あ!」と声を上げた。


「――アヤも! そうか、アヤって一応騎士団の人間なんだよな……颯月の女ってだけじゃねえのか」

「一応って、何度も『広報』だって言ったじゃない。颯月さんの女である事に違いはないけれど」

「俺がなりたいのは、コーホーじゃなくて巡回も出来る駐在騎士だから興味ない! まずは胸章三つ目指すんだ!」

「胸章三つかあ……まずスタートがそこって、幸輝は向上心の塊だね」


 彼は以前、騎士の胸元に飾られた勲章を見て「剣と盾は、訓練を終えた一人前の騎士の証! 花は王都の駐在騎士として働くための許可証代わりで、獅子は他領へ巡回出来るぐらいの実力者の証だぞ!」と教えてくれた気がする。

 その三つを胸に飾る騎士は、「ただの駐在騎士よりもスゲー」とも。恐らくだが、よく訓練された社畜の証――もとい、獅子の勲章を得るまでに大変な苦労をするのだろう。


 綾那は、幸輝の黒くなった髪を撫でつけて微笑んだ。


「角、なくなっちゃったのかあ……可愛かったのに」

「いや、そんな残念そうに言われても」

「ふふ、良かったね」

「……ん」


 はにかむ幸輝を見て、颯月もまた彼の頭をぽんと叩くように撫でる。


「幸輝、暇なら食堂までついてくるか? 今から綾と食事するんだが」

「――えっ、良いのか!? まだあんまりこの建物の中分かってないから、助かる! 行く、すぐ用意する!」


 幸輝はくるりと踵を返して、部屋の中へ戻って行った。別に街中へ出る訳ではないし、食堂は宿舎内にあるのだからラフな格好でも構わないと思うが――早く格好いい騎士になりたいという意識が、彼を突き動かすのだろうか。


 綾那は、颯月と顔を見合わせて笑った。

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