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健康管理

 綾那は、渚と共に陽香達が不在の間にも『広報』として考えるべき事、やるべき事をそれぞれ話し合った。そうして心ゆくまで話し合ったところ、あっという間に夕方を迎えてしまった。

 朝一番に騎士団本部へ呼び寄せたのが気付けばこんな時間なのだから、渚がどれだけ丹念に綾那磨きをしてくれたのか――改めて考える余地もない。


 ひとまず渚は、維月の手が空くまでは宿屋で待機してもらう事になった。その間にも彼女はリベリアスについて知見を広げていくだろうし、恐らく動画配信に関連して起こりうるチャンネル権争奪戦についても、何かしらの案を練ってくれる事だろう。


 次に彼女を騎士団本部に呼び寄せるのは、維月との勉強会の日だ。綾那もそれまでに、何かしらいい案が思い浮かぶといいのだが――渚と違って天才とは程遠い頭脳の綾那に、果たして彼女以上の案を思いつく事が出来るのか(はなは)だ疑問ではある。


(頑張って考えるけどさ……)


 最早肩書だけのようなものだが、これでも一応は広報のリーダーである。つい最近「もうリーダーは陽香に引き渡せ」みたいな話を騎士団長から直接されたような気がするが、何かしら案を考えたい。


 綾那は決意を新たに、颯月の執務室を訪れた。少々時間が遅くなってしまったが――仕事休憩のお誘いもとい、夕食のお誘いをしに来たのである。


「――綾」


 扉を開けて室内に入ると、執務机に颯月の姿があった。彼は綾那の姿を見るなり、目元を緩ませて立ち上がる。


「颯月さん、お疲れ様です。ちょっと来るのが遅くなってしまったんですけれど……もう夕飯は食べられましたか?」

「いや、綾が来るのを待っていた」


 言いながらすぐ傍まで歩いて来て両手を広げる颯月に、綾那はふにゃりと蕩けた笑顔を浮かべて抱き着いた。

 正直言まだ実感が沸かないものの、今日は二人が籍を入れた日――結婚記念日である。余裕があれば、外食したっておかしくないぐらいめでたい日だ。ただ、颯月は忙しいし、綾那は街中を歩きづらいしで、現状難しい。


 いつも通りこの執務室に食事を運び込んで、二人きりで食べるのもまた()()()()良いだろう。綾那がそんな事を思っていると、颯月の低い声が耳朶(じだ)を震わせる。


「こんな日になんだが――幸輝の様子でも見に行かないか?」

「……幸輝! そうだ、入団試験受けたんですよね? もうこの宿舎へ越して来たんですか?」

「どうも、そうらしいな。うーたんが居れば幸輝も心強かっただろうが、今ルベライトに出張中だろう?  あの年頃の子供はまだ他に居ねえし――何かと心細いだろうから」


 颯月の言葉に、綾那は大きく頷いた。悪魔憑きでなくなった幸輝の事は、綾那もずっと気になっていたのだ。

 ただでさえ、突然『異形』から解放された事に戸惑っているだろう。そんな中彼は教会を離れて、早くも念願の騎士団へ採用試験を受けに来たと言う話だ。


 ずっと「早く颯月の手助けがしたい」と彼を慕っていたし、少しも入団が待ちきれなかったのだろうか。

 しかし、教会で静真に甘やかされてきた幸輝がいきなり一人で宿舎へ越して来て、寂しくない訳がない。部外者の静真達は気軽に宿舎へ立ち入れないし、幸輝だって今後訓練が始まれば、外出する暇がなくなるはず。


 ――であれば、近場に居る綾那達が気にして支えてやるべきだ。いや、別にエコ贔屓(ひいき)している訳ではない。単に知り合いなのだから、「頑張れ」と声掛けくらいしても良いではないか。


(知り合いだからって、重要な役職に就けようと働きかけている訳でもないし……騎士団長が直接会って話す若手と言えば、一応、伊織くんだってそうだし?)


 綾那は自分自身に言い聞かせるように、ウンウンと頷いた。そもそも、相手は十歳の子供だ。団長が話しかけたからと言って、いい大人が「ずるい」なんて嫉妬はしないで頂きたい。

 まあ、その点は散々うーたん――もとい右京の相手をしているため、問題ないだろう。


 十歳を演じる右京は、なんだかんだで若手の団員から『皆の弟』として可愛がられている。もちろん元アデュレリア騎士団の面々からは、いまだに『分隊長』として慕われているが――。

 きっと幸輝も、()()なるだろう。弟ポジションを上手く確立して、これでもかと可愛がられて欲しい。


「幸輝は今どこに? きっともう、夕飯は食べちゃってますよね」

「採用試験が落ち着くまでは、若手の訓練も始められん。恐らくやる事もなくて、自室に居るだろう――呼び出して、俺らの食事に付き合わせてやれば良い」

「なるほど、食事がてら話を聞くんですね。でも……さすがにこの執務室へ招くのは、やり過ぎですか?」

「ああ。たまには食堂で食べよう」


 綾那はニッコリと微笑み頷いた。颯月が食堂を利用する姿なんて初めて見る。団員を集めて話すのは何度か見かけたが、肝心の食事はいつもここ、執務室でとっていたからだ。


 まあ、別に不思議ではないだろう。まず彼自身が多忙だから、食事のためだけに移動する時間が惜しいのだと思う。そのせいで、いつも竜禅が執務室まで運び込んでいるのだ。

 更に――基本的には垣根のない騎士団とは言っても――彼は団長だ。若手と同じ場所、同じテーブルで食事をするなど、周囲にこれでもかと気を遣わせてしまうだろう。


(なんだか、レアな颯月さんをお見かけするような気分。でも、これからたくさん見た事ない颯月さんが見られるようになるんだろうな)


 綾那はますます笑みを深めて、颯月の体にぎゅうとしがみついた。そうして、まるで充電するようにしばらくの間颯月を堪能してから、体を離す。

 はにかみながら颯月を見上げれば、何故か彼はじっと黙って綾那を見下ろしている。


「……綾。渚に何かされたのか?」

「え? あ、はい、色々してもらいました!」

「一体どんな事をされたら、俺が目を離した僅かな隙に体のサイズが変わるんだ……?」

「――――――もしかして今、また「分析(アナライズ)」してます?」

「ああ、してる。顔から足首まで細くなっている癖に、一部分だけ残るどころか数値が増えているのはおかしい。やたら柔らかいから思わず「分析」してみれば……一体どんな裏技だ? まさか、俺も学べば綾の体を自由自在に出来るのか?」

「こ、これは永続的なものではなくて、マッサージでリンパと脂肪を流した結果、一時的に体のラインが変わっているだけです! ――結婚しても、無断「分析」はセクハラですよ!」


 そもそも、人の体のサイズを自由自在に操ろうとしないで欲しい。綾那は眉尻を下げて、無駄と知りながら両腕で胸元を隠した。

 着衣状態でモロバレなのだ、腕で隠したところで体の数値は隠せないだろうが――。


 案の定、その行動にはなんの意味もなかったらしい。むしろ「そういう顔でそういう行動をされると、かえってテンションが上がるから絶対にやめた方が良い」と真剣な表情で諭されて、綾那は嬉しいんだか恥ずかしいんだか、よく分からない心情でぐぅと唸った。

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