会談?
唐突に開かれる事になった、会談――もとい家族団らんの場。既に時刻は二十二時過ぎで、家族団らんをするにしてもかなり遅い時間帯である。
綾那は「心の準備が全くできていない」と言ってごねる颯月の手を引き、王宮を訪れた。相変わらず豪奢な門を潜って、外観だけは豪華絢爛な屋敷を見れば感嘆の息が漏れる。
しかし、これが中に入ると打って変わって質素なつくりで、質実剛健を地で行くような住まいなのだから面白い。
(まあ、広さは「王宮」としか言いようがないけどね)
両端に立つ近衛騎士騎士が守る、入口の扉。その真ん前にはいつかと同じように維月が立っていて、綾那と颯月を出迎えてくれる。彼は颯月の顔を見るなり、ぱっと華やぐような笑みを浮かべて恭しく頭を下げた。
「――義兄上、お帰りなさい! 何やら創造神の力を借りて、セレスティン領まで出向いていたとか……ケガもなく息災のようで良かったです」
「ああ、なかなか顔を見せに来られなくて悪かったな、維月。……はあ、今日はもう綾と維月に挟まれて座りたい……だが、正妃サマに「そのソファは二人掛けだ」とかなんとか言われるだけだろうな」
「ははっ、じゃあ俺が横に座って、義姉上は膝の上にでも乗せておけば良いではありませんか」
「――――俺の義弟は天才なのか? よし、それで行こう」
「せ、正妃様の前でそれがまかり通るとは、思えませんけれど……」
正妃に対する鉄壁の防衛網を張りたいのかなんなのか知らないが、素っ頓狂な事を言い出した義兄弟に、綾那は静かにツッコミを入れた。そこでようやく綾那を見た維月は、緩く笑って肩を竦める。
「義姉上も元気そうで何よりだ。一時は死ぬか生きるかの瀬戸際まで追い込まれたと聞く、本当に良かった。――だが、他でもない義兄上を悲しませるなと言ったじゃあないか。どうしてあなたはいつも、危険な事に巻き込まれるんだ」
「う……ご、ごめんなさい……だけどもう、絶対に悲しませるような事はしません! ずっと傍について、支えたいと思います」
「分かった、じゃあ今日は義兄上の膝に乗ると良い」
「――それはまた、「支える」とはちょっと違うような……?」
首を傾げる綾那を見て、維月はおかしそうに笑った。そうして踵を返すと、「父上と母上がお待ちかねです」と言って王宮の中へ招き入れてくれる。
颯月は中に足を踏み入れる前に、肺の中の空気を全て吐き切るつもりかというほど、大きなため息をついた。しかし綾那に手を引かれると観念したように歩を進め、屋敷の中へ入ったのであった。
◆
案内されたのは、前回の家族団らんにも使われた応接室だ。既に部屋奥の上座には颯瑛が座していて、その斜め前の次席には、正妃の姿もあり――二人は優雅に茶を飲んでいる。
もうとっくに夕食を終えているだろうし、さすがに茶菓子は用意されていないようだ。室内に立ち込めた甘い匂いに混じる、やや清涼感のある香りから察するに――あれは安眠効果があるカモミールティーだろうか?
カモミールではないにしても、何かしらのハーブティーである事は間違いないだろう。
本日のの集まりは公式の会合ではなく、あくまでも私的な面が強い。
そのため維月は入室の挨拶を軽い会釈で済ませると、さっさと正妃の横に腰掛けた。どうやら、先ほど「綾那を膝に」なんて話していたのは冗談だったようだ。
――しかし颯月の方は冗談ではなかったのか、綾那の隣でやや肩を落とすような気配がした。
「こんな時間に呼び出して悪いな、座ってくれ」
「……失礼します」
先ほどまでは綾那が手を引いていたのだが、さすがに国王や正妃の前では見せられないと思ったのか――今度は逆に颯月に手を引かれて、ソファまで歩く。
しかし、立場的に今日こそは颯瑛に近い方の座席に座るかと思いきや、またしても席を譲られて綾那は苦笑した。まあ、颯月だけでなく颯瑛の方も「いきなり距離を詰められると、色々と耐えられない」と言うから、この席次で正解なのかも知れない。
(これで正妃様の真正面も避けられる訳だしね、颯月さんは)
綾那もまた「失礼します」と断ってからソファに腰掛ければ、颯月はそのすぐ横へ寄り添うように座った。
「君、もう体の調子は良いのか? 皆で心配していたんだ」
「あっ、はい! ご心配おかけしました、もう平気です……すみませんでした」
綾那は、もう何度目になるのか分からない謝罪の言葉を口にした。颯瑛は「元気なら良いんだ」と首を横に振り、正妃も黙って頷いた。
どうも正妃は、国王である颯瑛が同席している時は彼を立てるためなのか、必要最低限の発言しかしないようだ。
「――それで、颯……騎士団長から、何か話があると聞いたんだが。日中は私達三人まとめて時間が取れなくて、随分と待たせてしまった」
「いえ、元より時間がかかると思った上での要請だったので……俺としては早いぐらいでした」
「そ……そうか。なんだか悪いな、こちらが逆に……急かしたような形になったか」
ぎこちないながらも直接会話する父子に、綾那は内心「また仲が進展している」と嬉しく思った。ついこの間まで綾那が仲介しなければ会話が成り立たなかった事を思えば、とんでもない発展である。
双方、歩み寄るための心の準備が多少はできたという事だろうか。
(――さて、挨拶が済んだら真面目なお話が続くよね)
これからしばらく法律の改定について難しい話をするのだろうと思い、綾那は背筋を伸ばした。話を聞いたところで全ては理解できないし、せめて邪魔にならぬようじっといていた方が良いだろうと考えたのだ。
すると突然腰に颯月の手が回されて、おやと目を瞬かせる。少しでも肉感のあるものに触れていなければ耐えられないのだろうかと、さりとて抵抗せずに身を任せて――いると、颯月は僅かに弾んだ声色で告げた。
「綾――綾那を、俺の妻にします」
「……えっ」
遅かれ早かれ結婚の報告と相談はするつもりでいたが、まさかこの話から始まるとは思わなかった。綾那はぽかんと口を開けて、王族三人組も面食らった表情で固まっている。
ただ颯月だけが蕩けるように幸せそうな笑みを浮かべていて、応接室にはなんとも言えない沈黙が流れたのであった。




