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結婚の条件

 渚達と別れた後、綾那は自室で『颯月さんに聞きたい事リスト』を書き上げて――その翌朝。

 綾那は、何かと無茶をしがちな颯月の様子を見に執務室を訪れた。すると、すっかり片付いてしまった執務机を目にして愕然とした。

 整理整頓された机の前に優雅に腰掛けて、ほんの数枚の書類を手にゆったり目を通している颯月――その姿を見咎めると、綾那はぎゅっと眉根を寄せる。


「――颯月さん、絶対に無理をなさったでしょう」

「してない。アンタが触れてくれれば分かる事だ、「解毒(デトックス)」が発動するかどうか確かめれば良い」

「そんなバカな……!」


 綾那はすぐさま颯月の両頬を手で挟み込んだが、しかし彼の主張通り「解毒」が発動する事はなかった。

 右京といい、旭といい、颯月といい、一体なんなのだ、騎士のこのタフさは。

 以前、度重なる心労が祟り颯月が臓器にダメージを受けていた時があったが――アレは恐らく、正妃と国王から受けたストレスが大半であったに違いない。

 寝不足や体の疲れというよりは王に綾那を取り上げられるわ、正妃から急務を任されるわで、ただ精神的に病んでいただけなのだろう。


(だからと言って、あれだけの量の書類仕事を不眠不休でこなして……それでも「解毒」が発動しないなんて、ムチャクチャじゃない?)


 綾那は「うぐぐ」と小さく呻きながら、颯月の顔をじっと見下ろした。もっと自分の身体を大事にしてもらいたいのに、どうして彼は分かってくれないのか。

 いや、実際体になんの異常も出ていないのだから、大事もクソもないのだが――そういう問題ではない。


 綾那はクッと悔し気な表情を浮かべたのちに颯月から離れると、来客用の長ソファに浅く腰掛けた。そして小さく息を吐き出すと、改めて颯月を見やる。


「颯月さんと幸せな結婚生活を送るに当たって、いくつか守って頂きたい事があります」

「ああ、聞こうか。幸せな結婚生活のためなら善処しよう」


 颯月は楽しげな笑みを浮かべると、書類を机の上に放り投げて頬杖をついた。その姿と笑顔に、つい「好き……っ」と漏らした綾那は、しかしすぐさま気を取り直して頭を横に振った。


「今すぐではなく、ゆくゆくは――の話なんですけれど。今後アイドクレースで働く騎士の数が増えて、一人あたりの受け持つ仕事量が減ったら、その時は週に二日……いえ、初めのうちは一日でも良いですから、絶対に騎士服を脱ぐ日を確保してください」

「休日か……()()四回じゃダメか? その方が作業効率も良さそうなんだが」

「不定期でも、月のどこかでまとめて四日休むのもいけません。必ず()()一日休むようにしてください。それはまあ月にまとめて四回でも、今までと比べれば十分に働き方改革されているとは思いますけど……」

「正直言って、俺にはハードルが高いと言わざるを得ないが……綾と共に過ごすためなら努力しよう」


 そう言って神妙な顔をする颯月を見れば、彼にとってコレがどれだけ難しい事なのか分かるというものだ。しかし、本当に努力してもらわねば困る。綾那が見据えているのは今ではなく、死ぬまでの人生設計なのだから。


 正直な話、かれこれ十年以上休みなく働いているらしいので、最早手遅れ感はある。彼が歳をとった際、一気にガタがくるのではないだろうか――と。

 例えば綾那の「解毒」が、病の快復や体の修復に長けていれば良かったのに。しかし現実にできる事と言えば、ストレスが溜まって疲れ気味の臓器を回復させられる事くらいだ。

 それが間に合わないほどボロボロになられたら、綾那に打つ手はない。今が良ければそれで良いなんて事は言っていられないのだ。


 この世界の医療体制がどうなっているのかイマイチ分かっていないが、ケガは光魔法で治すし、病は――薬師頼みにするくらいだから、恐らく医者という存在がハッキリと確立されていないのではないだろうか。

 そんな状態で颯月の体がボロボロになって、病気でもして早死にするのだけは御免である。


 思えば、科学がまともに発展していない魔法の世界なのだから当然だ。科学なくして医療の発展はない。それでも極端に出生率が低いとか、病気にかかったら終わりとかいう話は聞かないので、魔法と薬でそれなりに上手く回っているのだろう。


 閉鎖された島国のセレスティンで毎年病が流行っても壊滅していないあたり、かかった後の事はともかく、そもそも病を予防する考えも根付いているようだ。

 手洗いうがいやマスクの概念もしっかりしているし、別に「表」と比べて極端に医療知識が遅れているなんて事はないだろう。

 ただ科学か魔法か、傷病に対するアプローチが違うだけ。

 開腹手術しても縫わずに魔法で閉じられる訳だし、術後の快復率はある意味「表」よりも高いのではないだろうか。


「――誤解のないよう先に言っておきますが、騎士服を脱いで終わりじゃありませんよ? 私服で仕事すれば良いなんて、そんな話じゃありませんからね?」

「分かってる。そもそも、私服で街中を歩けるほど強心臓じゃねえ。俺はこの制服で『異形』を隠せるからこそ、好きなように移動できるんだからな」


 別に制服でなくとも、長袖であればいくらでも『異形』――もとい刺青くらい隠せるだろう。ただし、常夏のアイドクレースで長袖生活に耐えられるならばの話だ。

 やはりあの騎士服には、特殊な体温調節機能でもついているのだろうか? この服を着ている時の颯月が――いや、他の騎士も含め――大汗をかいているのを滅多に見ない。


「他の条件は?」

「ええと、他は……颯月さんがショートスリーパーなのはよく知っていますけど、できれば毎日五、六時間ぐらい眠れるようになってくれると安心します」

「五、六時間か――そうだな。だがその点は、あまり深刻に考える必要がなさそうだ」

「と言いますと?」

「少し前に綾が添い寝してくれた時、驚くほど眠れたからな。たぶんアンタと一緒に寝るだけで、俺の睡眠時間は自然と長く……いや、結婚してからしばらくの間は、極端に短くなるかも知れん。俺には、例え睡眠時間を削ってでも綾で試さなきゃならん事が死ぬほどある」


 微笑みを浮かべて颯月の言葉を聞いていた綾那は、しかし露骨なセクハラまがいの後半部分でじんわりと頬を染めた。別に、全く嫌な訳ではない。彼と結婚するという事はそういう事だと、再認識しただけだ。

 颯月から「どこぞのワインみたいに言うな」と指摘されたが、結婚すればアレやコレやが解禁されるのだから。

 綾那が漠然と「一生懸命、頑張ろう」と決意していると、颯月は僅かに目を伏せて「それに」と呟いた。


「その内、夜中の散歩は必要なくなる」

「必要なくなる? ……それは、眷属が居なくなるという事ですか?」


 颯月の『夜中の散歩』とは、夜中に動きが活発化する眷属を探し歩く巡回の事だ。

 確かに、現在ヴェゼルはルシフェリアの命令を受けて、過去自身が作り出した眷属狩りをしているらしい。自分で作り出した分の眷属であれば所在地が丸分かりで、探し出すのも容易なのだそうだ。


 しかし、探し出せるのはあくまでもヴェゼルが作り出した分だけ。兄のヴィレオールが作った眷属については感知できない。だからヴェゼル一人が心を入れ替えて頑張った所で、ヴィレオールが居る限り眷属は増え続けるはずだ。


(だからと言って、この世界の『雷』を司るヴィレオールさんを倒す事はできないし……懐柔できるような性格でもないって言うし)


 そもそも、仮に眷属を一体も残さずに滅する事ができたとして――眷属が居ないわ悪魔は大人しいわでは、人類共通の敵が消え失せてしまう。

 悲しいかな、そうなればいずれまた人間同士の領土争いが勃発するだろう。


 三百年平和を守って来たからと言って、それが未来永劫続くとは限らない。そんなに簡単な話ならば、まずルシフェリアは悪魔なんてものを生み出さなかっただろう。


「眷属が消える訳じゃあないが……たぶん、今より管理されるようになる」

「もしかして、シアさんが何かお考えなんですか?」

「まあ、あの創造神の言う事だからなんとも言えんがな」

「へえ……」


 曖昧に笑う颯月を見て、綾那は「颯月さんがお気に入りだからって、私が居ない時にちょっかいかけてるみたいだからなあ」と考えた。「偶像(アイドル)」騒動の時だってそうだったが、綾那しか知らないルシフェリアの話があれば その逆もまた然りなのだろう。


 一体どんな手を使って眷属を管理するつもりなのかは知らないが、最近のルシフェリアは能動的に動いているから、なんでもやってのけそうな気もする。

 ずっと「自分の子供達を傷付けたくない」「世界に干渉し過ぎるとよくない」なんて色んな理由を付けてはのらりくらりと躱していたが、今となっては全て「ただ、自分で解決するのが面倒くさかっただけだろう」とも思う。


 ルシフェリアは神だけあって とんでもない力の持ち主だ。それは数日前に見せられた「解毒」然り、綾那達のもつギフトの上位互換どころではない力を発揮するところからして、間違いない。

 そもそも初めは、その力を消耗し過ぎたせいで、身動きが取れないなんて話だったが――恐らく綾那と出会った当時でも、やろうと思えばどうとでもできたのではないだろうか。


(シアさんも、渚やお義父様とはまた違うベクトルの面倒くさがりな気がするんだよね……)


 まず自分の足で歩く事が嫌いだし、世界を形づくる八属性の管理だって、「僕はゆっくり箱庭を眺めて暮らしたいから」なんて理由で聖獣と悪魔に譲渡している。

 眷属の処理も本当は自分でできるくせに頑なにやろうとはしないし、ヴェゼルともっと早くに向き合っていれば、眷属の被害だって大幅に抑えられたはずだ。


 大事な箱庭であるはずの世界からマナが減り、崩壊しかけていても放置していたのは――面倒が勝って流れに身を任せようとした結果なのではないだろうか。

 悲しいけれど、ここで滅びるならそれまで――なんて思っていたところに「表」から四重奏が放り込まれて来て、「これも何かの巡り合わせだから」とかなんとかフワッとした理由で四重奏を使い、世界を救済する事にしたのではないか。


 気まぐれで、しかも気分によって意見を二転三転させるルシフェリアの事だから、そんな気がする。

 綾那は颯月を深く問いただす事はせずに、一人納得して頷いた。

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