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渚の婚約者

 陽香達の見送りを済ませた後。渚だけならともかく、白虎まで居るとなると綾那の私室へ招く訳にもいかず――誰よりもまず、渚が強い拒絶反応を示した――まだ書類仕事に追われている颯月とは早々に別れて、綾那と渚、白虎の三人は、騎士団本部の敷地内にある裏庭で話す事にした。

 渚が、この世界について詳しく知りたいと言い出したからだ。


 リベリアスに「転移」させられてから三か月半――もう四カ月が経とうとしている訳だが、渚はこの世界についてまともに知ろうとしなかった。それは恐らく、彼女が生来もつ「他人や周囲の環境に興味を抱きづらい」という性質のせいだろう。


 そもそも綾那を初めとした家族の安否確認がとれず、自暴自棄になっていたという渚。

 家族が生きている事を知った後も、「全員と合流して「表」へ帰る」「長居するつもりはない」という明確な意思があったからか、この世界に興味をもてなかったのだ。

 しかし、四重奏は今後ここ「奈落の底」へ活動拠点を移す。興味がない、知らないでは、この先やっていけないだろう。


 女性の戦闘行為を禁止する法律と言い、十六歳を超えた女性に婚約者が居ない場合は領を追い出される事と言い、この世界には一風変わった法律が多すぎるし――と、そこまで考えた綾那は「あ」と声を出した。


「渚に婚約者が居ないのって まずいんじゃあ……」

「婚約者? ああ、陽香やアリスが行政の目を誤魔化すために結んでる、仮の婚約ってヤツ? 確かそういう法律があるんだよね」


 既に陽香達から話を聞いるのか、渚は口元に手を当てて考える素振りを見せた。


 颯月曰く、これは数代前の国王が制定した法律なのだそうだ。過去、悪魔や眷属による被害が爆発的に増えた事によって、人間は絶滅の危機に瀕したらしい。

 とにかく出生率を上げるために、国を挙げて「住み慣れた土地や愛する親兄弟と引き離されたくなければ、さっさと相手を見つけて子供を作ってくれ」という――女性にとっては、少々負担の大きい法律である。


 ただ今となっては、仮初(かりそめ)だろうがなんだろうが婚約者さえ居れば、後々契約破棄しても問題ない――なんて、緩い決まり事になっているらしいので、わざわざ改定していないようだ。

 確か、新たな法律を施行できるのも既存の法律を改定できるのも国王のみで、しかも一生に一度しか着手できない。それは慎重にもなるだろう。


 まあ、国王だからと言って好きなようにコロコロ法律を変えられるとなれば、とんだ暴君が誕生するだろうし――「一生に一度」で、十分バランスが取れているのかも知れない。

 思えばこの法律が原因で、綾那は颯月と「契約(エンゲージメント)」したようなものだった。


 ――いや、やはりこんな法律がなくとも、結果同じタイミングで「契約」していたような気もする。


「でも私、一応セレスティン領から王都へ転居してる訳じゃん。それでもダメなのかな?」


 渚の問いかけに、綾那は悩んだ。

 確かに渚は、強制的に「転移」させられてから三か月半セレスティンで暮らしていた。その事は白虎も、セレスティンの領主も証明してくれるだろうが――しかし彼女は、そもそもこの世界の身分証明となる通行証を所持していない。


 それはつまり、この世界に身分どころか戸籍すらない状態であり、彼女が今までどこでどう過ごしていたかなんて事を公的に証明するものは、どこにもないという事だ。

 セレスティンからアイドクレースに引っ越して、領間を跨いでいるのは事実だ。しかし、まず関所すら通っていないのに、それをどう国に証明するのか。


 綾那が疑問に思った事は正しかったようで、白虎がゆるゆると首を横に振った。


「ご主人はまだ通行証を発行してませんし、リベリアスに戸籍が存在しない状態ですよ。ここで通行証をつくるって話ですけど、それってたぶん、()()で新たに戸籍をつくるって事だと思いますし……だから、ご主人にとっての「住み慣れた土地」ならぬ本籍地は、ここアイドクレースです」

「……本籍がセレスティンって事にはできないの?」

「だとすれば、ここじゃなくセレスティンの首都で発行しなきゃでしょうねえ」


 さらりと告げる白虎に、渚は眠そうなジト目を更に眇めてため息を吐き出した。


「それならそうと、どうしてセレスティンに居る間に教えてくれない訳? 完全に二度手間じゃん」

「だって、ずっとセレスティンから出て行きそうになかったんで。首都の人間はご主人を「聖女だ」って持ち上げて領から逃がさないようにしてたし、ご主人も通行証――てか街自体に興味なさそうだったんで、戸籍も何も必要ないだろうなって」


 白虎がそのまま「セレスティンの街は首都ひとつだけです。そこに興味なかったら、通行証なんて要らないでしょう」と続ければ、渚はぐうと小さく呻いた。

 まさか己の無関心がここで効いてくるとは、思いもしなかったのだろう。


 法律どころか世界に興味をもたなかったのは、渚だ。だから白虎はいちいち口出ししなかったし、セレスティンの領主だって、下手に彼女に知識を与えて他領へ転居されたくなかったのだろう。

 まあ、白虎の口添えでいとも簡単に引っ越しもとい旅を容認したため、その辺りは何とも言えないが――。


 白虎はにんまりと人好きのする笑みを浮かべると、「俺で良いじゃあないですか」と嘯いた。しかし渚は即座に「それは、無理無理のムリ」と切り捨てる。


「いくら仮でも、トラはなんか……無理」

「いやムリムリ言い過ぎでしょ!?」

「無理無理のムリの無理だよ」

「ちょっと! あーもう、ホントご主人って変わってる……」


 参ったように額に手を当ててやれやれと首を振る白虎は、確かに見目麗しい。


 伏せられた瞼を縁取る真っ白な睫毛は長く、つまようじが五本くらい乗ってもへこたれないのでは? と思うほど綺麗にカールしている。

 瞳を見れば神秘的なオリーブグリーン。小ぶりな割にしっかり筋の通った鼻梁は、まるで人形のような造形だ。南で生まれ育ったからか肌はよく焼けていて、白い歯は『虎』の名残か犬歯が目立つ。


 長身なのに痩身、しかも筋肉が全くないため、ぷにっと柔らかそうな体躯は人によっては「もやし」と揶揄されるだろうが――これだけの美貌の持ち主ならば、もやしだろうが構わないという女性は多いはず。


 しかも聖獣だけあって、彼の魔法は自然災害をも凌駕するらしい。一般的な人間が使える魔法の上限が『上級魔法』だとすれば、聖獣の彼が使う魔法は『超級』もしくは『災害級』と言ったところか。

 魔法の国だから、例え物理が弱かろうが魔力さえ強ければ問題ないのだろう。


 それは、女好きで手癖が悪くなっても仕方がない。そもそも、何もしなくても勝手に女が集まってくるのだから――集まって来たファンをどうしようが、白虎の自由である。


(とは言え、渚はこういうタイプ嫌いだよね……て言うか、渚の好きなタイプってどんなの? って感じなんだけど)


 綾那は苦笑しながら、渚と白虎のやりとりを眺めた。

 まず、聖獣である白虎を婚約者にするなど、可能なのだろうか。聖獣は悪魔と同様人間ではないし、とんでもなく長命で――いや、不死ではないにしろ、そもそもが不老だろう。

 そんな超常的存在が相手でも、婚約者として認められるのか。


 颯月の生母輝夜の元カレが竜禅だという話もあるくらいだから、可能なのかも知れない。

 しかし――セレスティン以外での聖獣の扱いがどうなのかは、微妙だが――神に近い存在なのに、一夫一妻というのもおかしな話ではないか。その辺りの扱いも謎である。


「ねえ、綾。アイドクレースの知り合いで、都合のいい婚約者候補居ない?」

「都合のいい婚約者候補かあ……」


 渚のあんまりにもな言い草に、綾那は笑みはますます苦いものになった。


 一応颯月は一夫多妻を容認されているが、綾那が居る限り他の女性に手を出す事はないだろう。というか、今もまだ十数人だか二十数人だか、仮の婚約者を抱えている状態のはずだ。

 しかし、彼は綾那が嫉妬深いという事を知っているし、現在預かっている婚約者の女性達についても「契約がある以上は無理だが、本音を言えば、綾那のため早々に清算したい」と願っているらしい。


 そんな状態で、新たに渚を婚約者として受け入れるというのは――いくら絶対に間違いが起きるはずがないと分かっていても――難しいだろう。

 颯月は自身の配偶者を、綾那ただ一人に限定したいと思っているのだから。


 では他に誰か、渚の仮初の婚約者役をしてくれそうな知り合いが居るのかと言えば――。


(幸成くんは来年、桃ちゃんと結婚するからダメ。そもそも未成年だから、婚約者はもてないか……竜禅さんも聖獣だからよく分からないし……和巳さん? なんか、和巳さんはOKしてくれそうな気がする――でも、ただでさえ婚期がどうのって言ってるのに、渚を婚約者にしちゃったら、ますます婚期が遠のくかな……?)


 アイドクレース騎士団の暗黙の掟、「役職が上の者から結婚する」。和巳は、割と頻繁にこの掟のプレッシャーに苦しんでいるため、仮でも婚約者ができれば喜びそうな気はする。

 とは言え、実際に渚と結婚する訳ではないし、いざ彼に本命の女性が現れた際は、面倒な事になりそうだ。


(いや、そんな事を言い出したら、誰にも頼めないんだけどね……旭さんも未成年だし、伊織くんも――いっそ、静真さんとか!? 渚だって「表」の神様由来のギフトたくさんもってるし、セレスティンでは実際に『聖女』って呼ばれている訳だし、信心深い静真さん的にも良いのかも……いやいや、でもまだ静真さんに相手が居ないと決まった訳じゃあないし……!)


 そうして最後、綾那の脳裏をかすめた知り合いは、近いうちに義弟になるであろう維月の顔だった。

 彼はまだ年若いが、王太子として、いい加減誰かしらと婚姻を結ばなければ周りがうるさいと悩んでいた。

 次期国王という事は間違いなく一夫多妻だろうし、渚がその一席に座ったからと言って、おかしな事はない――が、渚が探しているのは適当な結婚相手ではなく、婚約者だ。


 下手に王太子の婚約者なんて大層なものになって、逃げられなくなるのも困るだろう。


(でも維月先輩って確か、「義兄上みたいな女が居れば悩まずに結婚するのに」って言っていたよね……渚って、正に「女颯月さん」って感じするんだけど……いや、ううん。だけど、さすがに――)


 熟考しながら一人唸る綾那を見て、渚は「居ないんだね……」と遠い目をしたのであった。

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