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お見送り

 綾那が食事を余す事なく「あーん」した後、颯月は満足げな表情で執務机に戻った。

 彼は自身が食べ終わった後、綾那もまた食事が途中辞めである事に気付くと、「次は俺が綾に「あーん」する」なんてお花畑極まりない事を言い始めたが――しかし綾那はやんわりと、「私は自分で食べられるので、お仕事に戻ってください」と断った。


 確かに颯月の「あーん」は魅力的だが、我欲に走っていたずらに彼の仕事を遅らせた結果、更なる無理を強いるようでは本末転倒なのだ。

 とにかく綾那は颯月のサポートに回って、彼が寝食を疎かにしようものなら苦言を呈する世話係として傍に居るしかない。それが、仕事もせずにただ傍に(はべ)っているだけの綾那にできる、精一杯の『職務』である。


 ――颯月の世話係その一である竜禅が「助かる」と言うのだから、きっと今はこれで良いのだろう。


 竜禅は綾那が食事を終えるまで食器の片付けを待っているようで、綾那が「後ほど自分で片付けるから、カートごと残して仕事に戻って欲しい」と伝えても無駄だった。

 慌てて飲むように食事しようものなら、竜禅だけでなく颯月からも「頼むから、落ち着いて食べてくれ」とツッコまれ――もう開き直って、しっかりと咀嚼しながら昼食を味わう事にした。


 そうして手でちぎったパンをすっかり冷えたカボチャのポタージュに浸しながら、気になっていたこの世界の婚姻制度について訊ねてみる。


「あの、リベリアスで結婚するとなると、どういった事が必要になりますか? 「契約(エンゲージメント)」の時みたく、結婚するにも魔法があるのでしょうか」


 綾那の問いかけに答えてくれたのは、書類に忙殺されている颯月ではなく、竜禅だ。


「いや、互いに「契約」さえ済ませていれば、既に魂が繋がった状態だから他の魔法は必要ない。あと婚姻に必要なのは書類だな、婚姻届を記入して役所に出せば良い」

「ああ、そこは「表」と同じなんですね。ええと……もしかして戸籍謄本とか、身分証明書とか要ります? 要るとすれば、私の場合どうすれば良いんでしょう?」


 そもそも綾那は、リベリアスの住人ではない。創造神であるルシフェリアには永住の許可をもらっているようなものだが、しかしその事を公的に証明する書類なんて、この世のどこにも存在しないのだ。


 そのせいで颯月と結婚できないとなったら、綾那はどうすれば良いのか。眉尻を下げる綾那に、竜禅はゆるゆると首を横に振った。


「身分証明書なら通行証で問題ない。戸籍についても……通行証を発行する際に、和巳が上手い事やってくれているはずだ。結婚後の転出届なんかも、彼に任せておけば良いだろう」

「そうなんですか? それは、改めて和巳さんにお礼を言わなければいけませんね……」


 なんて心強い参謀だろうか、さすがは(おとこ)――頼りになる。

 綾那はホッと安堵の息を吐くと、使い終わった食器類をひとまとめにしてシルバーのカートに載せた。そして竜禅に淹れてもらったお茶まで残さず飲み干して、「ごちそうさまでした」と両手を合わせる。


(ひとまず書類の中で結婚が完結するなら、皆が居なくても平気かな? 別に、式を挙げる訳じゃあないもんね)


 陽香達がルベライトの旅から戻って来る頃には、さすがに騎士団のゴタゴタも片付いているだろう。その時は簡単な立食パーティでも良いから、式のようなものを挙げられればと思う。


 綾那は、婚姻というものは基本的に一生に一度だと思っている。もちろん、それが誰しもに当てはまる訳ではないが――どうせならば結婚式だって挙げてみたいものだ。


(て言うか、ただ純粋にタキシード姿の颯月さんが見てみたいだけかも……格好良いんだろうなあ)


 いつの間にか三分の二あたりまで減った書類の山の隙間から颯月を見て、綾那はうっとりと目を細めたのであった。



 ◆



 そして、翌日の早朝。

 善は急げと言っても、さすがに準備に手間取るのではないかと思われていたが――陽香、アリス、明臣、右京、旭の五名は、瞬く間に旅支度を済ませてしまったらしい。

 まだ見ぬルベライトに期待している陽香やアリスだけでなく、一刻も早く書類地獄から解放されたいと願う右京と旭のフットワークも軽快だった。


 アリスと明臣が滞在していた宿の部屋は、今朝早く――というか、最早深夜だ――に引き上げたようだ。元々荷物の少なかった明臣はともかくとして、王都に来てから化粧品だ何だと買い込んで増えたアリスの荷物は、一旦同じ宿にある渚の部屋へ運び込まれる事となった。

 まだ正式に『広報として採用されていないアリスの荷物を騎士団宿舎に運び込むのは、問題があるからだろう。


 ちなみに渚と白虎の宿泊代については、明臣が世話になった礼として、既にかなりの額を支払ってくれているらしい。少なくともふた月は過ごせる金額をぽんと支払ったようで、計算すると少々恐ろしくなる。やはり騎士というのは、稼げる職業で間違いないのだろう。


 しばらく書類や事務仕事に忙殺されていた右京と、旭の心身の疲労については少々気になるが――しかし顔色を見る限り、そう悪くはないようだ。

 特に右京に至っては、昨日会った際に酷くくたびれた顔をしていたのに、今はケロリとしている。一体どんな回復力をしているのだろうか。


 綾那が試しに「解毒(デトックス)」が発動するかどうか試したところ――もしも臓器に疲れが出ていれば、今の内に「解毒」してしまえば良いと考えたのだ――右京も旭も、発動さえしなかった。

 つまるところ、例え疲れているように見えたとしても彼らの身体はひとつも(こた)えていないという事だ。さすがは社畜集団、そう簡単に体調不良を起こさない。


「そんじゃ、行ってくるわ!」


 馬車の御者席に座った陽香は、魔具(カメラ)を片手に笑っている。行きは明臣が馬の手綱を握り、横に座る陽香が地図を見ながら進む方向を確認するらしい。もし仮に道に迷ったとしても、旅に慣れている右京と旭さえ居れば修正が効くため、あまり問題はないようだ。


「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 綾那は渚と白虎、そして颯月と共に馬車を見送る。

 雪山越えだけではなく、道中魔物まで出るとなれば、それなりに心配だ。しかしまあ悪魔憑きが二人もついていれば、余程の事がない限り平気だろう。

 それでも、ここ最近何かとルシフェリアの予知ありきで行動していたため、落ち着かない気分だ。


「お土産と動画撮影よろしく、帰ってくる頃には全員広報になれるかな」


 渚が言えば、馬車の荷台側に乗ったアリスが「そうね」と言って笑った。そうして出発した馬車を見送れば、いつも賑やかな陽香が居なくなったからだろうか――何やら、騎士団が少しだけ静かになったような気がした。

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