表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/481

不法侵入

(狭い――)


 綾那は、大倉庫と呼ばれる屋敷のエアダクトの中を這って進んでいる。

 香りを追った結果、桃華がそう離れた位置に居ない事は確かだ。ただ倉庫兼住居だけあって、敷地内には警備が多い。塀から侵入する際、誰の目にも留まらなかった事が不思議なレベルだ。


 元は適当な扉か窓から侵入しようと考えていたのだが、当然の事ながら、どこもかしこも鍵がかかっている。そして、もちろん綾那にピッキングスキルなんてものはない。

 やろうと思えば「怪力(ストレングス)」で鍵を壊すくらい容易いのだが、しかし警備が侵入の痕跡に気付くと困る。下手に騒がれると桃華の身が危ない。


 どうしたものかと考えた末、ふと目に入ったのは屋敷の通気口だった。ちょうど踏み台にできそうな木箱が積み重なっていたため、通気口のカバーを「怪力」で強引に外して、侵入したのだ。


 ただ、比較的長身の綾那がエアダクトを進むのはなかなか厳しい。匍匐(ほふく)前進で少しずつ桃華の香りを目指した。


(なんか、いよいよ本気でスパイっぽいな……本当はこういうの、陽香が得意なんだけど――)


 しばらく進むと、換気用の通気口から部屋の灯りが漏れている場所が見えた。ひとまずこの辺りで屋敷の内部へ侵入するため、通気口カバーを外して下へ降りたいところだ。

 金木犀の香りもかなり近付いているし、綾那は灯りを目指して這い進む。


「どうして、こんな……颯月様が手を尽くして下さったのに、これじゃあ――」


 真下から人の話し声が聞こえて、綾那は慌ててスマートフォンの録画ボタンを押した。ダクトの中は暗くて画面に何も映らないが、音声だけなら拾えるはずだ。

 綾那は音を立てないよう慎重に進みながら、会話を聞き漏らさぬよう耳を澄ませた。どうも話しているのは少女――桃華と、賊という割に喋り方が丁寧な男のようだった。


「お嬢さんには、本当に悪いと思っている。だが、俺達も生きていくためにはこうするしかないんだ――許せとは言わない」

「私にこんな事をしたって、意味がないじゃないですか。それなのに……」


 桃華の声は酷く震えている。今にも泣き出してしまいそうな声に、綾那の胸が締め付けられた。ようやく通気口カバーまで辿り着いた綾那は、その隙間から部屋の中を覗き込む。


 ここは住居ではなく倉庫の一室らしく、丸まった絨毯が窮屈そうに並んでいる。その隅に座り込んだ桃華は、後ろ手に縛られているようだ。肩には黒い布のようなものが掛けられているが、服装が乱れている様子はない。


 そして、彼女から離れた場所に立っているのは、体格のいい成人男性が全部で七人。賊というだけであって、汚れの目立つ服装やボサボサの髪、伸びた無精ひげなど、身なりは粗野だ。

 しかし、その鍛えられた体躯と立ち姿は妙に洗練されており、本当にただの賊なのだろうかと思わせられる。


 彼らは乱暴するどころか桃華に近付こうともせず、その誰もが申し訳なさそうな顔をしている。まるで、彼女をいたずらに怯えさせぬよう気遣っているようにすら見えた。


「アイドクレースに移住する前、お嬢さんはアデュレリア領に居たんだろう? そこへ連れ戻すよう言われている」

「連れ戻す……? 私は、両親と共に王都へ移住したのですよ? 他に親族も居ないのに、一体誰がそんな事を」

「すまないが、詳細は聞かされていない。ここの家主とアデュレリアの依頼主の、利害が一致したとしか言えない」

「申し訳なく思うなら、どうして――」

「もう他に手がないんだ。家族を養うためには、こうするしか……ただ、お嬢さんを傷付けるつもりは毛頭ない。依頼主も、丁重に連れて来るようにと」


 桃華を見つけ次第、颯月達に合図をするという話だったが、どうも様子がおかしい。綾那はスマートフォンで撮影を続けながら、じっと部屋の様子を観察する。


(確かにぱっと見は『賊』だけど、なんか、あんまり悪い人達には見えないな――誰かに脅されている、とか?)


 今この場に騎士が踏み込んでも、黒幕が分からない状態ではなんの解決にもならない。しかも賊だって訳アリで、まだ決定的な犯罪の証拠も手に入れていない。


 今すぐ桃華が危険に晒される訳でもなさそうだし、もう少し様子を見るべきだろう――と思った瞬間、桃華と賊の間の床が光り輝いて、大きな陣が現れた。


(また転移陣!?)


 転移陣の光が収まると、今まで誰も居なかったはずの場所に、黒いフードを被った人物が二人立っていた。その光景を見て、綾那は瞠目(どうもく)する。


 綾那の知る「転移(テレポーテーション)」は、モノを移動させる力だ。それなのに、人が「転移」してきたではないか。「表」でそんな話は聞いた事がない。

 しかしこれで、ひとつハッキリと分かった事がある。

 一体どうやったのか仕組みは分からないが、四重奏(カルテット)は本当に「転移」で奈落の底へ飛ばされたのだ。


 人攫いの証拠集めのみならず、四重奏にこんな仕打ちをした犯人に近付くチャンスまで訪れた。綾那は息を呑んで、フードを被った二人組を注視する。


「ウィーッス、誘拐お疲れ~あれが例のお姫様? この屋敷の娘と男の取り合いしてるっていう?」


 低い声からして男だろう。やけに軽薄な喋り方をするフードの男は、桃華の目の前まで近付くと、彼女の顔を無遠慮に覗き込んだ。びくりと肩を震わせた桃華を見て、男が声を上げて笑う。


「へー、まだガキだけど可愛いじゃん! なあなあ、あの坊ちゃんに渡す前に、俺らで遊んじまおうか?」

「はあ? お前バカ言うな、バレたら何されるか分かったもんじゃねえぞ。あいつらマジで魔法使うバケモンなんだから、やめとけよ」


 どうやら、もう一人も男のようだ。下衆(ゲス)な提案をする軽薄な男を(いさ)めて、フードの下で大きなため息をついている。


「バレるも何も――だってこの子、男居んだろ? 初めてじゃあるまいし、つまみ食いぐらいよくねえ? てか、初めてなら逆に棚ボタじゃん? 坊ちゃんになんか言われても「いや~、だって婚約者、居ましたからねえ~?」で終わりだっつの」

「お前、サイテーだなマジで……この子まだJKぐらいじゃねえの? そんな悪戯していいのかよ」

「はぁ~? こっち来てからずっとガキのお守りで、どれだけストレス溜まってると思ってんだよ、分かるじゃん。ちょっとくらい発散してもよくね? ほら、坊ちゃんには無傷でって命令されたけどよ、ここのオッサンには「二度と娘の邪魔にならんように、痛めつけて欲しい」って言われてんじゃん。それが、この倉庫を引き渡し場所として提供する条件だ~っつってよ?」

「そりゃ、分かるけど……あ~、まあ、もう、良いか。じゃあ、報酬はあとで渡しに行くんで、もう帰って良いッスよ?」


 フードの男達は桃華の前に立つと、後ろの賊に向かって片手を上げた。恐らく、下衆な提案を実行するつもりなのだろう。


(あの二人だけになったら下に降りて、思いっきり殴っちゃおう)


 本来「怪力」もちの綾那は、国の英才教育のせいで滅多に怒らない。しかし、だからと言って全く怒らない訳ではない。

 特に女性を手籠(てご)めにしようとする輩などには、手加減する必要がない。手に持つスマートフォンがみしりと音を立て、綾那は慌てて力を緩めた。


 JKなんていう単語が出てくる会話から察するに、やはり彼らは「表」の人間だろう。であれば、魔法も使えないはず。フードで髪色を確認できないため、神子(みこ)の可能性は残るが――相手が同じ「怪力」もちでない限り、素手の喧嘩で綾那が負ける事はない。


 素手で速やかに()してしまえば、わざわざ大きな音を立てて騎士を呼ばずとも、綾那の力だけで桃華を助け出せる。当初の予定よりもよほどスマートだ。

 しかし、あの賊は違う。七人も相手するのは骨が折れるし、間違いなく魔法を使うはずだ。彼らが部屋に居る間は降りられない。


(だから、一刻も早く出て行ってください……!)


 まるで念を送るように彼らを見つめたものの、残念ながら動く気配がない。もしや旗色が悪いか――と綾那が冷や汗を流せば、賊の一人が右の手の平を突き出すように(かざ)して、何か呟いた。


 すると彼の手の平から、突然サッカーボール大の火の玉が飛び出した。それはフードの男らの足元にぶつかって消えると、床を真っ黒に焼き焦がして煙を上げた。


「……は?」


 部屋の中に、フードの男達と綾那の声が重なって響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ