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手がかり

 王都アイドクレースをぐるりと囲む外壁が、かなり近くに見える。和巳の言った通り、絨毯屋の大倉庫は街の外れにあった。

 辺りに他の建物は見当たらず、防犯のためか高い塀に囲まれた倉庫。騎士団本部よりも――下手をすると、別館を含んだ敷地ほど広大な土地である。倉庫といっても、その外観はまるで大きな屋敷のようだ。


 入口は門と守衛所に守られていて、大きな馬車が一台停まっている。絨毯屋のものと違って、ロゴも装飾も何もない。恐らく、街中であの馬車に乗り換えたのだろう。


 綾那達は一旦、入り口から離れた位置へ馬車を停めた。そうして、高い塀に沿って入口――守衛所まで歩く。

 いきなり騎士、それも役職付きの者が三人も訪ねて来たのだ。やましい事があろうがなかろうが、相手は身構えるだろうと考慮しての事である。


「確かここは、絨毯屋の倉庫兼住居だったはずだ」

「では、まずはオーナーに目通りを?」

「桃華が運び込まれる所を目にした訳じゃあないからな。癪だが、面目を保つだけの手順を踏む必要があるだろう――俺らが騎士である以上は」


 颯月の言葉に、幸成の顔が悔しげに歪んだ。よほど強く噛み締めたのか、彼の唇には血が滲んでいる。


 騎士とは、「表」の警察のような役割も担っているらしい。逮捕状どころか人を攫った証拠すらない状態で、家宅捜索をするなんて許されないのだろう。

 まずは家主に協力を仰ぎ、任意で捜査させてもらうしかない。家主の同意なしに無断で侵入して家宅を荒らす警察など、無茶苦茶である。


「綾、桃華がここに居るのは間違いないな?」

「はい、間違いありません」

「なら、何がなんでも捜査の協力を取り付けるだけだ。まずは守衛に話してオーナーと会うぞ。別館で人攫いが出た事と、ちょうどその時間帯に別館から絨毯屋の馬車が出て行った事を話して――あとは、念のため倉庫を確認させろと言うしかない」


 颯月の言葉に、竜禅が頷いた。


「それしか手はありませんね。しかし、肝心の()()()()馬車がここにない以上、捜査協力を拒まれてもおかしくないレベルですよ。根拠に乏しいですから」

「せっかく綾が「攫われたのは桃華じゃない」と大嘘をついてくれたんだ。ここで俺らが強硬手段に出れば、いよいよ言い訳ができなくなるだろう? 特に、俺が必死になり過ぎた時、やはり攫われたのは婚約者(桃華)らしい――なんて話になると困る」


 真実はどうであれ、証拠がない以上「女を攫っただろう、出せ」なんていうのは、ただの言いがかりに過ぎない。

 騎士だから正当に捜査できる訳だが、しかし騎士だからこそ手順を踏まねば身動きがとれない。ここに桃華が居るのは間違いないのに、一刻も早く桃華を探し出したいのに――きっとこの場に居る誰もが、歯痒い思いをしている事だろう。


 けれどそれは、あくまでも騎士の話だ。


「あの、すみません。どなたか私の踏み台になってくださいませんか? 塀を乗り越えたいのですけど」

「…………お姉さん、今度は何を言い出したの?」


 綾那の問いかけに、前を歩く騎士全員が足を止めた。額を手で押さえながら振り返った幸成に、綾那は小首を傾げた。


「なんだか手順が複雑で大変そうですから、こっそり入って、桃華様を助けちゃおうと思って」

「ちょ、ちょっと待って、俺ら騎士なんだけどさ――まさか、犯罪の幇助(ほうじょ)しろって言ってる?」

「ええ? 私は『踏み台』を使って、自分一人の力で不法侵入するだけですよ? あーあ、()()()()()()()今がチャンスだなあ、早く踏み台こないかなあ」


 綾那が塀に向かって大きな独り言を呟くと、ややあってから颯月が「見て見ぬ振りをしろって事かよ?」と噴き出した。彼は綾那のすぐ傍まで歩み寄ると、地面に片膝をついた。そして膝の上に組んだ両手を添えて、綾那が足を乗せるためのステップを用意する。


「上等だ、行ってこい」


 不敵に笑う颯月に見上げられて、綾那は数歩後ずさった。


「うぇあ!? ちょっと待ってください、こんな踏み台がある訳ないでしょう? 光り輝き過ぎでは!? チェンジでお願いします!」

「チェンジはなしだ、さっさと行け」

「断固チェンジ!!」

「……禅、成?」


 どんどん離れていく綾那に痺れを切らした颯月は、部下の名前を呼びかけた。すると綾那は、あっという間に左右の腕を一本ずつ取られて、彼の元まで引きずられるように運ばれてしまう。


「ヒッ、い、いやぁあ! ヤダ、放して……っお願いだから、酷い事しないでぇ! も、もういっそ、私を殺してください! 耐えられません!」

「だからアンタは、オークに襲われる婦人みたいな声を出すな。傷つくんだぞソレ。――さあ、行くぞ」

「うぅうぅうう……っ!」


 颯月を踏み台にすると言うよりも、最早三人がかりで体を持ち上げられて、綾那は無事に塀の上へ到達した。

 そして塀の上でしゃがみ込んだまま体を反転させると、涙目で騎士を見下ろす。


「嫌がる婦女子に無理矢理、なんて事を! ぜ、絶対に許しませんから……!」

「聞こえねえ。俺らには()()()()()からな」

「く……っ!」


 悔しげに眉根を寄せた綾那に向かって、幸成が己の腰に差した剣を柄ごと抜いて掲げた。


「何も見えないから独り言だけどさ、お姉さんこれ持ってく? 長さは全く違うけど、刃物が使えない訳じゃあないんでしょ。丸腰じゃあ、さすがに――女性の戦闘行為は禁止されてるけど、()()()()なら許されるからさ」


 幸成の言葉に、綾那は目を瞬かせた。

 いまだ綾那の愛刀ジャマダハルは凶器として没収されたまま、騎士団本部に保管されている。剣がなくても魔法が使える幸成達と違って、ギフトしかもたない綾那は丸腰だと危険――と判断した上での提案だろう。


 しかし、短刀であるジャマダハルと幸成の長剣では、リーチから柄の握りまで、何もかも違う。綾那が手にしたところでまともに扱えるはずもなく、付け焼き刃にしかならない。

 であれば、正直あってもなくても同じ事だ。


 それに、いざとなれば()()がない事もないのだ。綾那は黙って首を横に振ると、「これは独り言ですが」と前置きをしてから口を開いた。


「私は力ずくで斬り伏せる事しかできないので、どうせ魔法使い相手では勝ち目がありません。桃華様が今どのような状況か分かりませんが、彼女を見つけても私一人の力で助け出すのは、難しいと思ってください」


 一旦そこで言葉を区切ると、綾那は肩にかけた鞄からスマートフォンを取り出した。それを彼らに見せながら話を続ける。


「ですので、彼女を見つけたら居場所を伝えるために――そうですね、なんとかして大きな音を出すので、助けに来ていただけませんか? ただ、()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、皆さんと全くの無関係とは思われないでしょう。後で揉めた時に少しでもこちらに正当性があったと証明するため、犯罪の証拠集めも並行します。言い逃れできない証拠が出れば、きっと先方も泣き寝入りしてくれますよね?」


 綾那がにっこりと笑えば、幸成は剣を降ろして頷いた。


「無理だけはしないでね、お姉さん」


 寝不足によるクマが目立つ目元を緩ませた幸成に、綾那はほんの少しだけでも認められたのだろうかと嬉しくなる。そして、颯月のためだけでなく彼のためにも、絶対に桃華を助け出そうと決意を新たにしたのであった。

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