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プロポーズ

※ご注意※

蜘蛛を生きたまま踊り食いするシーンがございます。

あと何かと下ネタが多いです、苦手な方はご注意くださいませ。

 ポータータランチュラと呼ばれる蜘蛛入りのビンを顔の前に掲げた綾那は、中身を凝視しながらなんとも言えない艶を醸し出していた。


「――は……っ、はーっ……ふや……あぁ、あ……っすごい、ビクビク動いてるぅ……っやだぁ……許してえぇえ……っ」

「おいアーニャ、やめろ。ここでお色気担当大臣の真価を発揮するんじゃねえ、年齢制限つきの動画になるだろ」

「綾、応援してるからね! それ食べたら結婚しても良いから! あ、でも口の中でよーく噛んでから食べるんだよ。物理でお腹の袋を破らないと胃液で溶けずにそのまま出てくるし、「解毒(デトックス)」の効果もちゃんと発動しないと思うの。本体はともかく下腹にはあらゆる毒が効かない袋って事は、人間の胃液も弾いちゃうよね」

「さあ、それ以上見てても蜘蛛は居なくならないわ、早いとこ口に入れちゃいなさいよ!」

「あぁああ……っま、待って、お願い、私の……私のタイミングで(口に)入れるから……! 無理やり(口に)入れるのだけは、やめて……!」

「アーニャ、お前わざとそっち方面に転がしてんのか? 颯様「魔法鎧(マジックアーマー)」に避難してて良かったなあ、危うく紳士の本能が暴走するとこだったぞ」

「馬鹿も休み休み言えよ、陽香――もうとっくに暴走してる」

「おうおう、バカ言ってんのはどっちなんだ?」


 今から生きた蜘蛛を踊り食いしなければならないという恐怖と嫌悪によるものなのか、呼吸は荒く乱れていて、蜘蛛を凝視しているようでその実、目の焦点は全く定まっていない。

 冷や汗だか脂汗だか分からないものと、涙で濡れて切羽詰まった表情は、まるで何者かに乱暴されて、必死に許しを請うているようだ。


(やあぁ……っ口に入れる、噛む、飲み込む! 口に入れる、噛む、飲み込む……ッ! 口に入れ……い……入れたくない゛ぃ……ッ!!)


 入念にイメージトレーニングする事によって、余計に試練のハードルが引き上げられていく。何せ(なま)、しかも生きているのだ。とても元気に動き回っているのだ。


 これを口に入れたら、中でどんな暴れ方をするだろうか。歯で噛み潰した時の感触は? 腹の袋が破れて、中から毒液が漏れ出る感覚はどうだろう。びっしりと体毛の生えた蜘蛛の舌触り、その喉ごしは?


 絶対に吐き出す事は許されない。綾那が蜘蛛を吐き出した瞬間、この場に居る綾那以外の人物全員が、毒で死に絶えるからだ。

 綾那は震える手でビンを掴み、蓋に手を掛けて――呻いた。


「こんなの食べたら、お嫁に行けなくなるぅ……っ」

「いや~行けるって、平気平気!」

「行けない゛ぃい……!」


 一体なんの根拠があって平気だと励ましているのか知らないが、軽い調子で「早く食えって」と笑う陽香に、綾那は唇を噛み締めた。

 何が悲しくて、愛する颯月の目の前で蜘蛛の踊り食いなどしなければならないのだ。いくら試練と言ったって、度が過ぎている。そもそもコレを無事に食せたとして、吐き出す事なく綺麗に飲み込めたとして。

 こんなゲテモノオブゲテモノを食らう女を見て、颯月は何を思うだろうか。


 変わらずに愛してもらえる保障はない。今後、キスしようとする度に「でもコイツ、蜘蛛踊り食いしてたよな……」なんて思わないだろうか。

 思わないはずがないではないか。綾那が逆の立場でも思うに決まっている、「でも颯月さん、この前蜘蛛食べてたな」と。


 一向に蓋を開ける事なくぴえぴえ泣いてばかりの綾那に、渚が小さく息を吐き出した。そうして、紫紺色の全身鎧に覆われた颯月を見やると、確かめるようにゆっくりと問いかけた。


「――コレ食べる綾、見たいですか? 見たくないですか?」

「……何?」

「見たくなければ席を外してくれませんか、このままじゃあラチが明かないんで。綾はあなたに嫌われたくないんですよ、分かるでしょう」


 颯月の表情は鎧に隠れて窺い知れないが、しかし渚の目には違って映っているのだろう。まるで彼の反応を試すような目で、じっと返答を待っている。

 颯月はやや考える素振りを見せたのち、首を横に振った。


「正直言って、見たい」

「……えっ」


 思いもよらない返答に、綾那はびくりと肩を揺らした。


「俺と結婚するために、泣きながらこんなもの食わされるんだぞ? 見たいに決まってる。俺はもうさっきから気分が高揚しっ放しだ。早くポータータランチュラを口に含んで、もっと愛らしい泣き顔を見せて欲しい」

「……そこまで踏み込んだ話は聞きたくなかったんですけど」

「アンタ、どうせまた俺の頭ん中を覗いてるんだろう? 下手に隠すとかえって心証が悪そうだから、全部晒け出す事にした」

「本当、クソ野郎だわコイツ……まあ良いです。綾、これで頑張れるね? 嫌いにならないし、むしろ虫食べるような女がタイプなんだって」

「そうは言ってない、「俺のために酷い目に遭って泣いてる綾」が、たまたま俺のタイプだっただけだ」

「マジで死んでほしいんですけど」


 渚は眠そうなジト目を更に眇めて、今にも歯ぎしりしそうな勢いで顔を顰める。問題発言ともとれる告白を終えた颯月は、ビンを持ったまま床に座り込んだ綾那の横に片膝をついた。

 そうしてその背に手を添えると、優しく撫でる。


「――綾、王都へ戻ったら結婚しよう」


 正直言って、こんなムードも何もない状況下でだけは聞きたくないプロポーズであったが、綾那は桃色の瞳を涙に濡らしながら、全身鎧の颯月を見つめた。

 カメラを覗く陽香とアリスが「ひゅーひゅー!」「良い、大いに盛り上がってんぞ、動画的に!」と囃し立てているが、残念ながら今は、彼女らに構っている余裕がひとつもない。


「こんな……こんなの食べても、好きでいてくれますか……?」

「ああ、嫌う理由がないからな。それに蜘蛛型の魔物は、西のヘリオドールで珍味として重宝されている。さすがに中毒死の恐れがあるポータータランチュラを口にするヤツは聞いた事がないが……綾なら問題ない」

「コレ食べた後も、私とキスしてくれますか?」

「公認が下りれば、いくらでも……綾が望むだけしよう。そもそも、何を食べたかなんて関係ない。俺はただ、綾が俺と共に生きるために動いたという結果にしか興味がないんでな」

「……キスの先も?」

「……………………籍さえ入れたら、すぐにでもしたい。その場で組み敷きたいぐらいだ。今まで俺が、どれほど我慢してきたと思って――」

「颯月様。お願いですから、そういったプライベートに関するお話は綾那殿と二人きりの時にして頂けませんかね」


 コホンと大きな咳ばらいをして告げる竜禅に、颯月は「二人きりになったらなったで、「未婚の男女が」なんて言うくせに」とぼやいた。

 ――そもそも、綾那の体内に入った毒の「解毒」が完全に終わるまでは、キスもその先もとんでもない事のようにも思えるが。


 とにもかくにも、綾那は颯月のプロポーズに背中を押される形で大きく頷いた。再びビンの蓋に手を掛けると、力を入れて回す。


(結婚……! 結婚したいんだもん、やるしかない!)


 ようやく決心がついた綾那は、ビンの蓋を外して床に置いた。新鮮な空気と出口の気配を感じ取ったらしいポータータランチュラは、カサカサと外を目がけて動き出す。

 これだけツルツルとしたガラスでも滑らずに歩くのだから、よほど足を覆う体毛のアレが、コレで、ソレなのだろう。食感は間違いなく酷いものになるに違いない。


 幸い動きは俊敏ではないから、ビンから出た途端に見失うようなことはないはず。

 出てくると同時に掴んで口に放り込む。噛み潰して飲み込む、それだけだ。


「あぁあ……っぅあ、ぁあ……」


 あともう少しで蜘蛛が脱出する。悲鳴なのかなんなのか分からない声を漏らして震える綾那に、陽香とアリスは大盛り上がりだ。

 今まで真剣な表情で見守っていたはずの渚も、いつの間にか口元を緩めて、普段ジト目の瞳はぱっちりと開いて期待に揺れている。


 以前ルシフェリアから指摘された通り、やはり綾那は自覚なく周囲の人間を振り回してしまうらしい。

 しかしまさかその報復で、他でもない四重奏に――家族にこんな罰ゲームを強いられるとは、思ってもみなかった。


 いや、四重奏の存続を無視して颯月と添い遂げたいと我が儘を通した時から、覚悟だけならできていた。ただ、心のどこかで「でも皆は優しいから、きっと許してくれるよね」と、甘ったれた思考回路をしていただけだ。


「――い、行きまーす!!」

「いっけえ、アーニャ! 結婚式の余興ビデオは任せとけよ!!」

「これ流すつもりなら、陽香のスマホは叩き割るからね!?」


 綾那は激しくツッコミながらも、「ええい、儘よ!」と蜘蛛をひっ捕まえた。そうしてギュッと目を閉じると、口を開けて放り込む。

 口内で蜘蛛が蠢く感覚に、舌が無意識の内に異物を押し出そうと動いて吐き出しそうになるが、必死に耐えた。万が一にも吐き出さぬよう両手で口元を押さえこめば、ポロポロと涙が零れる。


「綾那、ちゃんと噛んだ!? 噛まなきゃ意味ないんだからね!」

「――ヴェ……」

「おい、吐くな吐くな! 吐いたらアーニャ以外、皆死ぬんだぞ!」

「ヴ……」

「綾、頑張って! 最高だよ綾、結婚はすぐそこだから!」


 皆死ぬなんて言いながら、なんて嬉しそうな顔をするのだろうか。

 陽香もアリスも渚も、イキイキしている。まるで、スタチューに投稿する動画づくりに集中していた時のようで、懐かしくも愛おしいような気もする――撮影内容がこんな罰ゲームでなければの話だが。


 綾那の心身の状態を案じてくれているのは、家族ではなくリベリアスの住人だけだ。颯月はずっと背中を撫でてくれているし、竜禅も明臣も心配そうに眉尻を下げている。

 喜んでいるのは、四重奏とルシフェリアだけなのだ。


 蠢く蜘蛛を上下の奥歯で噛み潰せば、口内に広がったのは火傷するような熱さの毒液と、喉奥からこみ上げて来た苦い胃液。

 綾那は声にならない悲鳴のようなものを漏らしながらゴクリと喉を鳴らして、蜘蛛も毒液も胃液も全てまとめて飲み込んだ。


 床に突っ伏せるようにして体を丸めた綾那は、絶えずこみ上げてくる吐き気と戦って、時折びくんと体を跳ねさせる。

 その姿を見た陽香が「だから、全年齢向けじゃあねえのよなあ……」と呟いたような気がするが、今は本当にそれどころではない。そもそも蜘蛛の踊り食い動画の時点で、決して全年齢向けではないのだから。


 綾那の身体は蜘蛛を拒絶し続けていて、少しでも気を抜けば全部吐き出してしまうだろう。しかも、純度百%の毒液の威力と来たらとんでもない。


「解毒」している感覚というよりも、暴走しているような感覚の方が近い。今体内で何が起きているのか、綾那自身全く理解できないのである。

 何かが打ち消されているのは分かるのだが、次から次へと毒に反応するものだから、もう訳が分からない。

 この気分の悪さは、果たして蜘蛛の踊り食いをしたせいなのか、それとも毒の効果なのか。


(これ本当に、「解毒」できるの……? しんどい……吐きそう……つらい……)


 思いきり泣きじゃくりたい気分だったが、しかし口を開けば全部出る。綾那は、ただ床に蹲って耐える事しかできなかった。

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