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高みの見物

 あちらで雷が落ちれば、こちらで氷の柱が立つ。こちらで水飛沫が上がれば、あちらで魔石の破裂音がする。家に居ても四方八方から聞こえてくる眷属の断末魔と魔法の発動音に、綾那達はなんとも言えない表情を浮かべていた。


 ルシフェリアに光魔法を掛けられた陽香は、それはもう見事な囮っぷりを発揮しているらしい。これだけ木が生い茂っていても、葉の揺れだけで眷属の大移動する様子が丸分かりなのだから、よっぽどだ。


 作戦開始から、かれこれ二時間が経っただろうか? 眷属の残りがあとどれくらいなのかは分からないが、それでもまだ断末魔が鳴りやまないのが恐ろしい。


 この調子では、颯月も明臣も早々にマナの吸収抑制魔具を外しているのではないだろうか。

 颯月はともかくとして、明臣の『天邪鬼』は平気だろうか。彼の口の悪さで周囲の――特に颯月の士気が下がっていなければいいのだが。


「――ね、ねえ。本当に平気なのよね、陽香……?」

「うーん? 大丈夫だよお、僕が予知した限りは。それにちょっとくらいケガしても、後で僕が治してあげるからさ」

「ケガして欲しくないから、平気なのかって聞いてるんだけど……」

「え~? 全くの無傷はムリでしょう、だってこれだけ鬱蒼とした森だよ? ただ走ってるだけで、どこかしら引っかけてケガするさ」

「……アンタって本当に、いい性格してるわよね」


 相変わらずのらりくらりとかわすように話すルシフェリアに、アリスは目を眇めた。しかし、既に始まってしまったものは仕方がない。あとは陽香と――彼らの無事を祈って、待つだけである。


 窓から森の様子をしげしげと眺めていた渚は、ほうと小さく息を漏らした。


「思えば、よくこんな世界で無事に生き延びられたよね、皆……私達に使えるのはギフトだけで、魔法なんて使えないのに」

「私に至っては、ギフトすら封印されてたわよ。でもまあ、運が良かったとしか言いようがないわよね。最初に会ったこっちの住人がたまたま善人だっただけで……もし「転移」もちと一緒に飛ばされてたら、こうはいかなかったでしょうし」


 感慨深そうな表情をしたアリスに、綾那もまた「そうだね」と相槌を打った。正直、四重奏の中で誰が一番幸運だったかと言えば、それは間違いなく綾那だろう。

 綾那はまず奈落の底まで「転移」する時点で思い切り躓いており、リベリアスではなく超深海に飛ばされてしまった。しかし、異様な気配を感じ取ったルシフェリアが様子を見に来てくれたお陰で、九死に一生を得たのである。


 しかも後から聞かされた話では、綾那はあの時あの森で颯月に拾われていなければ死んでいたらしいと言うのだから、本当に笑えない。「転移」初日の時点で、既に二度も天使の助けを受けているのだ。その幸運っぷりは――いや、ある意味不幸っぷりと言うべきか――四人の中で群を抜いている。


「それにしてもシアさん、こんなにも私達のお手伝いをして頂いて……世界の維持がどうとかって言うお話は問題ないのですか? あまりシアさんが世界に干渉すると、よくないというのは結局……」

「前にもチラッと話したけれど、それほど気にする事でもないよ。こうして「表」の君らと会ったのも何かの縁だし、これを機に、僕の箱庭をお掃除するのも悪くはないかなって」

「お掃除……」

「まあ、あまり深く考えなくて良い。要は、僕が直接我が子を手にかけたくなかったっていう話さ……善人も悪人も関係ない。人間だけじゃあなくて、この世界に生きとし生ける者全てが僕の子供だからね。そりゃあ、進んで手を下したくはないよ……今回は世界の存続のために、心を鬼にしているんだ。このまま放置していたら、本気で大変な事になりそうだからさ」


 そうして小さく息を吐き出したルシフェリアは、ほんの少しだけ遠い目をして肩を竦めた。慈悲深い天使を自称するルシフェリアの事だ。きっと、無邪気に眷属狩りを推奨している訳ではないのだろう。


 この自称天使は確かに胡散臭い言動が多く、人を振り回す天才だと思う。しかし綾那の目から見た時に「純粋な悪か」と問われると、どうも簡単には頷けないのだ。

 根本は本人が自称する通り慈悲深く、生き物の命を道具のように切り捨てたりしない。

 己の姿が保てなくなるほど世界がメチャクチャになっても傍観していたのは、やはり、悪魔や眷属を切り捨てられなかったせいだろうか。


 なんとなくだが申し訳ない気持ちになった綾那は、腕に抱く幼女の頭をそっと撫でた。撫でながら、ふとあれだけ強い光魔法を掛けた割には、姿が変わらずに顕現しっ放しな事が気になった。


「シアさん、もしかして結構天使の力が戻っているんですか? 前に私に掛けた時よりも、よほど強く陽香に魔法を掛けたように見えましたけど……今回は姿を保ったままですよね」

「まあ正直、「偶像(アイドル)」を貰った事が大きいかな。あれは相当なエネルギーになったから。力が戻っているのにわざわざ幼い姿で顕現しているのは、君らが「小さくないと嫌だ」とか「運びづらい」とか言うからだよ……たぶんもう、僕本来の姿で顕現するのも難しくないレベルだね」

「あら、じゃあ私のギフトのお陰って事ね」

「……そうなんだけど、やっぱりなんか偉そうで嫌だな」


 途端にげんなりとした表情を浮かべたルシフェリアに、アリスは「偉そうって何よ!」と憤慨した。相変わらずソリの合わない二人に綾那が苦笑していると、窓の外を注視していた渚がルシフェリアを振り返った。


「あと残り、どれくらいですか?」

「うーん、そうだなあ……だいたい二十ってところかな」

「開始二時間で残り二十……相当なペースですね。それで、毒の方についてはそろそろ助言頂けるんですか?」


 ルシフェリアは少々考える素振りを見せた後に、「そうだね」と頷いた。


「毒と言うか――ヴィレオールの居場所を教えてあげよう。ここから西へ進んだ海岸線に洞窟があって、ヴィレオールはそこで毒の準備をしてる。だから、眷属の討伐が終わったら皆で西へ行くと良いよ」

「相手は街の生活用水に毒を混ぜ込むつもりだと仰っていましたが、その流し場所は? 先んじて封鎖するのもアリかと思いますけど」

「あー……いや、その必要はないかな。君らはその洞窟内で、事を終えられるから――まあ綾那(この子)が頑張れば、の話だけどね」


 ぽんぽんと腕を叩かれた綾那は、つい先ほどルシフェリアから「綾那が頑張れば、颯月と結婚も夢ではない」と言われた事を思い出して、大きく頷いた。

 そんな(よこしま)でしかない目的のために燃えているなど、アリスや渚が分かるはずもない。


「頑張ります!!」と声を上げた綾那に、二人は「あまり無理をしないよう」にと優しく声を掛けたのであった。

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