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熟考

 すっかり頭を抱えてしまった渚は、綾那の部屋で綾那の膝を枕にして寝転んでいる。先ほどから眉根を寄せて頭痛を堪えるような表情をしているが、しかし意識を失うとか、高熱を出すとかいう心配はなさそうだ。


 綾那は渚の頭をぽんぽんと叩くように撫でながら、彼女の顔を覗き込むようにして見下ろした。


「なんか渚、意外とダメージ少なそうだね? いつもは、もう少ししんどそうなイメージだったんだけど――」

「不思議と、「鑑定(ジャッジメント)」で受けた身体的ダメージは少ないね。どちらかと言えば、精神的なダメージの方が遥かに大きい……結婚はダメだからね、綾」


 颯月の頭の中を覗いたせいで、渚の精神は相当なダメージを負ったようだ。全力で使った「鑑定」の反動を受けても寝込む気配はないが、その表情はげんなりとしている。


「やっぱり、「表」で使うのと「奈落の底」で使うのとでは勝手が違うのかな。神様の洗脳や邪魔がないせいかも知れないね」

「ねえ綾、私の話聞いてる? 適当にはぐらかそうとしてもダメだよ、あの男の事は認めないからね。涼しい顔して、頭の中はとんでもない事になってるんだから」

「……渚~」

「ダメ」

「渚ちゃ~~ん……」

「ダメだって言ってるでしょ」


 どうにかしてご機嫌をとろうとする綾那だったが、渚の回答はにべもない。綾那はぷくりと頬を膨らませて口を噤んだ。そのまま渚の髪の毛を梳くように撫でていると、下から大きなため息が聞こえてくる。


「綾は、アイツと結婚したいんだよね」

「したいね」

「はー……今まで「結婚したい」なんて言った事なかったのに……よりによって、なんであんな――てかアイツなんなの? 朝昼晩いつ訪ねても起きてたけど、本当に人間?」

「颯月さんはとっても働き者の社畜で、止まると死んじゃうの」


 果たして答えになっているのかどうかも微妙だが、綾那は朗らかに笑って言った。渚は「それで陽香が、『颯さマグロ』なんて言ってる訳ね」と納得している。



 ◆



 ――颯月の頭の中身があまりにもアレだったため、思わず反対の言葉が口をついてしまった。しかし渚は、なんだかんだ二人の関係を認めるつもりでいるのだ。

 それが綾那の幸せなのだから仕方がない。ただ、やはりこのまますんなりと認めてしまうのは色々と悔しいから、「ダメだ」と言って困らせているだけだ。


 綾那の事は好きだが、ちょっとくらいぎゃふんと言わせられないだろうか。綾那がダメなら、なんとか颯月に酷い嫌がらせができないだろうか。


 ここ数日の『おつかい(という名のいびり)』は全て不発に終わってしまったし、そもそも颯月は、無駄に能力が高すぎる。

 妙に知識が豊富で勘がよく、体力も無尽蔵だ。その上魔法まで使えるとなれば、敵なしである。

 どんな面倒くさいおつかいを頼んでも、嫌な顔一つせずに「綾のためならなんでもする」と言って引き受けるし――渚から見た颯月は、あの綾那好みの外見を含めて完璧超人であった。


 実は痩せた女性が怖いとか、『正妃』という一生克服できそうにない弱点を抱えている事とか、いかにも使用人がやるような家事炊事掃除などをやれと言われても、体が受け付けないとか。弱みはいくらでもあるのだが、出会ったばかりの渚がそんな事を知る由もないのである。


「鑑定」で調べたのは、あくまでも綾那に対する想いだけだ。

 大変腹立たしい事に、彼の頭の中にあるのは綾那に対する嘘偽りのない愛情だけだった。その深すぎる愛情の『副産物』を垣間見た事によって、渚は相当深刻なダメージを受けてしまった訳だが。


 ――とにかく、渚にはまだ考える時間が必要だった。

 どうにか綾那、もしくは颯月に一矢報いたい。それが、三か月以上セレスティンに一人放置された渚の意趣返しなのである。結婚はダメだと言って焦らしている間に、何かいい案が思い浮かばないだろうか。


 陽香とアリスは「あの二人に何を言っても無駄だし、渚だって口ではダメと言いながらも、最後には綾那のために受け入れるだろう」と察しているのか、アテにならない。

 だから彼女らに助力を乞う事はせず、渚一人が考えるしかないのだ。


 もし仮に渚が二人に相談していたならば、颯月の弱点をいくらでも聞き出せたに違いないのだが――これは言っても詮無き事である。


「颯月さんは、王都アイドクレース騎士団の団長さんなんだ。街の人や部下の人にも慕われていてね? しかも、リベリアス至上最速で騎士団長になったんだって。当時十四歳だったんだよ」

「うん」

「怖くて総資産を聞いた事はないけれど、他人に億単位のお金をぽんと使えるぐらいお金もちみたい。ずーっと仕事してるし、夜中は眷属を探すためにお散歩してて――だからいつも、仮眠しかとらないの。仕事のお休みも十年以上とってないみたいだから、休み方も知らなくて……偉いけど、心配だな……」

「うん――」

「それに、実はリベリアスの王様の実子なんだよ。色々と複雑な問題があって勘当されちゃってたけど、つい最近、王様とも仲直りしてね――」

「待って、綾。たぶん、あの男の『良さ』を伝えているつもりなんだろうけど、なんか聞けば聞くほど嫌味で腹が立つから、たぶん逆効果かな」

「そんな……しょんぼりです――」

「かわいこぶるのやめて、可愛いから」


 しゅーんと肩を落とした綾那に、渚は息を吐きながら起き上がった。そして、改めて「関係は認めない」と念押ししようと口を開きかけたところで、突然部屋の中が眩い閃光に包まれて息を詰まらせる。


「何……!?」

「わっ――も、もしかしてシアさん……!?」


 あまりの眩しさに目を開けていられず、閉じた瞼の上から手で覆って光を遮る。

 やがて光が収まると、綾那と渚は恐る恐る目を開いた。すると部屋の中には、綾那そっくりの女児がにっこりと笑って立っていた。



 ◆



「――ねえ、めっちゃ可愛いんだけど。見て、やばい。ヤバヤバのヤバ」

「いや、リアルタイムで見た事あんだろ、お前は――」


 綾那の――恐らく五歳ぐらいだろうか――姿を借りたルシフェリアを目にした渚は、体調不良など初めからなかったかのように飛び上がった。

 そして、そのままの勢いでルシフェリアを抱き上げると、ハイテンションで家の外へ駆けて行ったのである。


 外で竜禅と何事か話し合っていたらしい陽香は、呆れ顔で渚を宥めた。渚と綾那は幼児期からの付き合いである。リアルタイムで幼女綾那を見ているのは、間違いない。


「何これ? こんな事ができるなら、どうして前に来た時はやってくれなかったんです?」

「あの時は無理だったんだよ、あんまり力が戻ってなかったから。僕が顕現できるようになったのって、セレスティンの街で悪さしてた「転移」もちのギフトを吸収してからの話だし」

「へー可愛いー」

「……話、聞いてないよね? まあ、僕が可愛いのは当然の事なんだけど」

「綾の姿借りてるくせに、何を自分の功績みたいに言ってんですか?」

「君って辛辣だよね」


 渚はふにゃふにゃに緩んだ表情をしたまま、しっかりと鋭い指摘をした。ルシフェリアはどこか呆れたような顔をしていたが、しかしふと辺りを見回すと、笑みを漏らす。


「とりあえず、僕のオキニは生き延びたみたいじゃあないか。皆も元気そうだし、良かったね」

「そりゃ、良かったけどよ……でも元を正せば、アーニャが死にかけたのだってシアのせいじゃねえのか?」

「そんな事はないよ、きっと全てそういう運命だったのさ」

「はいはい、アーニャを駒みたいに動かしてたくせに、よく言うぜ」


 ルシフェリアは渚に抱かれたまま、陽香に向けて女児らしくない不敵な笑みを見せた。そうして話していると、家の中から遅れて綾那がやってくる。


「い、いきなり飛び出て行くから、びっくりした――」

「やあ。挨拶が遅れたけど、元気そうだね」

「あっ、はい! ありがとうございます。シアさんがセレスティンに送ってくださったお陰で、助かりました」


 ひとつも含みのない笑顔で礼を述べる綾那に、陽香は「いや、少しは疑えよ、ゆるふわゴリラ」と呟いた。しかしすぐに気を取り直したように頭を振ると、「なあ」と口を開く。


「また、シアが「転移」で王都まで送ってくれるのか?」

「うん? そうだね、そのつもりだよ」

「そっか、それは助かるんだけどさ……ちょっとセレスティンで気になる事があるのよな――てか、もしかしてその事でわざわざこのタイミングに来たのか? お前」


 陽香が目を眇めれば、ルシフェリアは「どうだろうね?」と小首を傾げて、機嫌よさげに嘯いた。そんな二人のやりとりに、綾那と渚は首を傾げたのであった。

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