鑑定
「ええ~それじゃあこれから、四重奏裁判を始めま~す」
「あれ、会議じゃあなくて裁判なんだ――」
一行はあれから、「少なくとも屋根はある」という理由で、四重奏ハウスの緑あふれるリビングへ移動した。陽香は裁判と言ったが、要は綾那と颯月について、今後どうするのかという話し合いである。
陽香、アリス、渚の三人は、リビングを貫く大樹の太い根に腰掛けた。対する綾那と颯月は、まるで罪人のように――緑コケでフカフカになってしまった――フローリングに座らせられた。竜禅と明臣は、傍聴人としてリビングの端で事の行く末を見守っている。
「俺は良いが、綾は病み上がりだぞ。体が冷えるのはよくない、俺の膝の上に乗せても良いか」
「オイ颯様。これ以上ナギの神経逆撫でするの、マジでやめてくれんか?」
提案を棄却された事に、颯月はどこか不服そうな顔をした。しかし、渚の公認を得ない限り、このままでは綾那に触れる事すら難しい。それがよく理解できているのか、不承不承ながらも口を噤む。
「えーまず、アーニャ。アーニャはもう、颯様以外ムリなのよな? 絶対に結婚するって決めてるんだよな」
「あっ、うん! 誓います……!」
「まだコレ結婚式じゃねえのよな~……お前ら本気で、真面目にしてくんない? ――で、颯様もアーニャを諦めるつもりはない、と」
「ああ。俺が諦めた時にはもう、綾も俺もこの世に居ないと思ってくれて良い」
淀みなく答える颯月に、陽香は穴の開いた天井を仰ぐ「も~、すぐ無理心中しようとする~~」と嘆いた。
このままでは公認どころか、渚の機嫌が悪くなるだけだ。それを察したのか、陽香に代わってアリスが口を開く。
「ええと、そもそもなんで今更こんな意思確認をしているのかと言うと、渚が颯月さんの事を――って言うか、最早綾那が好きになる男の事を、一切信用できないからなのよ。なんで信用できないのかは……心当たり、腐るほどあるわよね?」
「――あります、すみません」
「だから渚は、今までの男と颯月さんとの違いを知りたいって事。違いを知った上で安心できなきゃ、綾那の事は任せられないのよ」
「……その『違い』とやらは、具体的にどう証明すれば良い? 俺がいかに綾を愛しているかまとめた表でも作れば良いのか?」
ひと口に違いと言ったって、まず颯月は、今まで綾那が相手にしてきた男について知らないのだ。自身をプレゼンしようにも、何が正解で何がダメなのか分かったものではないだろう。
話が漠然とし過ぎていると言わんばかりに肩を竦める颯月に、腕組みをしたまま無言を貫いていた渚が、ようやく口を開いた。
「早い話が、あなたの頭の中を覗いてみても良いですか? って事なんです」
「――頭?」
「人間、口ではなんとでも言えますよね。態度だって、目的達成のためならある程度誤魔化せてしまいます。ただ、頭の中だけは誤魔化せないし……覗かれたら、何も隠せない」
「えっと、渚のギフトで「鑑定」っていうものがあるんですけど……基本は、颯月さんの「分析」と変わりません。でも、本気を出せば他人の感情――思考さえも読み取る事ができちゃうんです」
「それはまた、恐ろしい魔法だな。だがまあ……それでアンタの気が済むなら、覗いても良いぞ? 俺は、どうしても綾との仲を認められたいんでな」
颯月は、ほんの僅かな戸惑いすら見せず了承した。普通思考を読み取られるなんて聞いたら嫌がるだろうに、一体どんな精神力をしているのだろうか。
傷つきやすく繊細な面があるくせに、こと綾那が関わる時はやたらと大胆である。
渚は小さく「本当に気に入らない」と呟いたが、しかしすぐに気を取り直したように笑うと、「じゃあ、遠慮なく」と言って立ち上がった。綾那はつい不安になって颯月を見やったが、彼はどこまでも穏やかな笑みで綾那を見返すだけだ。
渚は二人の目の前まで歩くと、颯月を見下ろしながら彼の本音を探り始めた。
「――綾に優しくするのは、体目当てですか?」
その問いかけに、後ろの陽香が「一問目がそれかよ」とぼやいた。
まあ、今颯月の心と頭の中は丸裸の状態なのだ――渚からすれば、わざわざ面倒な探り合いなどする必要はない。早々に核心をついて終わりへ導きたいのである。
颯月は数度目を瞬かせると、じっと綾那を見つめて――ちらりと渚を見上げた。
「――どれだけ言い繕おうとも、『目当て』の一つには違いない。綾の体に全く興味がないと言えば、嘘になるからな」
「…………うぐっ。ちょっと、具体的に考えるのはやめてもらえますか!?」
「いや、無理だ。それは……無理だ、悪い。俺はもう、相当な期間お預けを食らっている。紳士の本能は誰にも止められん」
途端に頭痛を堪えるような表情になった渚に、陽香とアリスは「颯月は今、一体何をどう具体的に考えているのだろうか」と不安になった。渚はブンブンと頭を振ると、次の問いかけをしようと口を開く。
「け……結婚できたとして、どうするつもりですか? 釣った魚に餌をやらないような男だと困るんですよね」
「――どうする?」
「ヤるだけヤって捨てられるとか、綾だけが奴隷のように尽くして一方的に搾取されるとか――そういう事にだけはなって欲しくないんです。だから……」
「綾と結婚して、まず何から始めて、何で終えるのかって話か?」
「何で終える――そう、そうですね。綾の『一生』を考えてくれないと、話になりませ――――――ちょっと待て、やめなさい! それ以上考えるのは、やめなさい……!! あなたには恥じらいというものがないんですか!?」
「――馬鹿な、俺にだって恥じらいはある、だから口には出せん。隠したいのにアンタが勝手に覗いてくるんだから、仕方ないだろう」
「な、なんて卑猥な……!! 信じられない、あなたマジで綾とヤりたいだけなのでは!?」
「――――――まあ、人間、愛と性欲は切り離せんようにできてるからな」
「哲学的な事を言って濁すんじゃない!!」
取り乱す渚とどこか気まずげな颯月のやりとりを眺めて、周囲の人間は何やら複雑な心境に陥ってしまった。
四重奏から見て、渚がここまで動揺するのはかなり珍しい事だ。つまり、颯月の頭の中はそれだけ――彼女が激しく取り乱すほど、煩悩に埋め尽くされていたという事だろう。
別に、それらを頑なに隠して綾那を騙している訳でないし、彼の愛情を疑う訳ではない。
愛情があるからこそ、その先を望むのは当然の事だからだ――しかし渚の取り乱しっぷりを見ていると、「果たして、本当に大丈夫なのだろうか」という気持ちにさせられるのもまた事実である。
ただ、颯月に盲目な綾那だけは違う。今まで綾那ばかりが彼に言い寄って、何度も困らせた。正直、綾那の肉食っぷりに引いているのではないかと不安だったのだ。
図らずしも彼の本音を知ると、綾那は白い頬を紅潮させて笑いながら、颯月の二の腕にそっと手を置いた。
「颯月さん、私はどんな事でも、受け入れますからね」
「……ああ。綾をメチャクチャにできる日が楽し――間違った……いや、何も間違ってない、全部出た。どうせ全部見られてるなら本心を隠しても仕方がないと思って、本音と建前が逆になった……」
颯月は「やらかした」と言わんばかりに自身の額に手をやると、嘆息した。周囲の目が白くなったのは、仕方がない事だ。しかし、綾那は周りの事など構わずうっそりと笑って、真っ直ぐに颯月を見上げた。
「嬉しい……早くメチャクチャにして欲しいなあ」
「……………………「魔法鎧」――!」
「――ちょっと、綾! 待って!! そいつ今、頭ん中で綾に口に出せないような事やってるし、言ってる!!」
「わあ、本当? ――どうかな渚、結婚しても良いと思う? これ以上颯月さんに我慢させるのは、精神的にも肉体的にも悪いと思うんだけど……」
「ゆ、許せる訳なくない!? むしろ、絶対に阻止する方向で固まったんだけど!!」
「えぇ~……」
綾那は唇を尖らせて、紫紺色の全身鎧に包まれた颯月にぴったりと寄り添った。
その直後、渚は頭を抱えながら膝から崩れ落ちると「アア! もう無理! 「鑑定」解除! これ以上聞いていられない……!!」と、悲痛な叫び声を上げたのであった。




