渚VS颯月
陽香のありがたい忠告通り、渚は時が経つにつれてますます苛立ちを募らせていった。
「――それで、次は何をすれば良いんだ?」
それもこれも全て、この渚が何を頼んでも嫌な顔一つせずに淡々とこなす男――颯月のせいである。
◆
渚が彼に頼んだおつかい第一弾は、ご存じヨモギの採取だ。颯月は、竜禅と共に袋三つ分――およそ三キロ相当――のヨモギを入手して戻って来た。
まず渚的には、誰に何を言われずとも、のちの生育を考慮したのか根っこから採取するのではなく、葉の必要な部分をメインに丁寧に集めて来たのが面白くなかった。
――いきなり「俺、無駄なく高水準の仕事します」感出してくるじゃん。
根っこごと引き抜いてくれれば、「そこモグサにできないんで、捨てて来てください」とか「セレスティン領で山菜採取して生活してる人の事くらい考えてくれません?」とか、嫌味を言えたものを。
まあ、根っこは根っこで別の使い道があるので、捨てろなんて言わないが――渚は内心舌打ちしながら、表面上は笑顔で颯月に「わー、ありがとうございますー」と見事な棒読みの礼を述べた。
そうして次に頼んだおつかいはモグサ作りである。
モグサ作りの工程は、まず乾燥、天日干しで殺菌。葉を細かく裁断、臼などで丁寧にすり潰したら不純物を取り除くため、ふるいにかける。
すり潰しとふるいがけの工程を何度か繰り返せば、真っ白なヨモギの綿毛――モグサの抽出が完了するという訳だ。
第一の工程である乾燥と天日干しが、自然の力だけでは時間がかかって相当に厳しい。特にこの、多雨で湿度の高いセレスティンでは。
業務用の送風機や紫外線ライトでもあれば楽だったのだろうが、四重奏ハウスにそのようなものはない。
そこで頼りになるのが『魔法』である。悪魔憑きの颯月ならば、無尽蔵とも言える魔力を擁しているし――しかも、『光』以外の七属性全ての魔法を扱える。
渚はあえて事細かな詳細は伝えずに、ただモグサ作りの工程を掻い摘んで伝えた。
一、乾燥。乾燥と同時進行で天日干しに近い強力な光を葉に当てて欲しい
二、葉を細かくしてすり潰す
三、ふるいにかける
四、元の総量の二百分の一ぐらいになったら抽出完了
――これだけだ。
「二と三を繰り返せ」とは言っていないし、ふるいにかけると言ったって、何をふるい落とすのかも分からないだろう。そもそも颯月はモグサの完成形も、灸が何かも知らないのだ。
半端に「二百分の一まで減る」と伝える事によって「僅かな量しか取れないのだ」という意識を持たせれば、ふるいに残る綿毛の方を不純物として取り除くかも知れない。
そうなれば、作業はやり直し――いや、最悪採取からやり直しになる可能性すらある。
綾那のためを思うならば、時間を無駄にしている場合ではない。しかし、渚はとにかく颯月をいびりたかった。それはもう鬼姑のごとく、いびりたかったのである。
別に、綾那をどうにかできないから、代替的に颯月を痛めつけている訳ではない。これはあくまでも、颯月の人となりを調査するために必要不可欠なプロセスなのだ。断じて八つ当たりなどではない。
適当なモグサを作り上げた颯月をいびり倒す事によって、彼の本性を見極めよう――これは、崇高な理念に基づいて敢行される作戦なのである。
渚は「せいぜい答えを求めて足掻くが良い」とほくそ笑みながら颯月にモグサ作りを一任して、僅かばかりのヨモギを手に、綾那のヨモギ粥つくりに勤しんだ。
そうして綾那にヨモギ粥を食べさせ終えた渚は、四苦八苦しているであろう颯月を眺めるために上機嫌で家の外へ出た。するとそこには、謎の土壁で出来た四面の巨大オブジェができていたのである。
不可解そうな表情を浮かべる渚に、オブジェの隣に佇む竜禅が説明をしてくれた。
曰く、颯月はまず「作業音で綾の眠りを妨げたくない」と考えた。
四角四面の土でできた壁、「土壁」――これは、相当に高い防音性をもっている。壁の中で何かしていたとしても、音が一切外に漏れないのだ。
颯月は大量のヨモギと共に中に入ると、「土壁」のなかでモグサ作りをスタートした。葉を乾燥させるには風魔法「緑風」を。壁の中の採光、そして葉を殺菌するための強い灯りは雷魔法の「灯」を。強すぎる光から目を守るため、自身は「魔法鎧」を発動した。
膨大な魔力と卓越した魔力制御で瞬く間に葉を乾燥させたら、「風刃」という風魔法で葉を粉砕。その後「岩圧砕」なる土魔法で、葉をすり潰した。
そして再び「緑風」を使い、不純物を吹き飛ばした結果――思ったよりも綿毛の量が減らなかったため、颯月はまだ抽出が不十分なのだと察してしまう。
颯月はそのまま何度か「岩圧砕」と「緑風」による圧縮とふるいがけを繰り返し、渚の雑な説明だけでモグサ作りを成功させてしまったのだ。
竜禅から「こちらが完成品です」と言って、巾着に入れられた――見るからに高品質な――モグサを渡された渚は、肝心の颯月の姿が見えない事に首を傾げた。
すると竜禅がすかさず、「三キロ採取したところで十五グラム足らずしか抽出できん。これを綾にどう使うのか分からんが、量があって困る事はないだろう? そもそも、これで成功してるのかどうかも怪しい。作り直しになる可能性の方が高い」と言って、再びヨモギ採りに出かけたと説明してくれる。
聞けば、しばらく竜禅と共に森を歩いた事によって、颯月は既に「人には感知しづらい」と言われる白虎の敷いた魔法陣の気配まで、覚えてしまったのだそうだ。
渚は、「クソ面白くない」と思った。
初見どころか物に対する理解すら浅い状態で、何を一発で抽出に成功しているのだ。しかも、仮に成功したところで渚は「あれれーおかしいなー? 思ったよりも取れる量が少なかったですぅ、こんなはずじゃあなかったんですけどぉ、これじゃあ全然足りないですねー……また明るくなったら、ヨモギを採って来てもらえますかー?」なんて言って、二度手間、三度手間をかけさせて、死ぬほど弄ぶつもりだったのだ。
――だと言うのに、何を自発的に再出発しているのだ。それもこんな夜中に、白虎の魔法陣だけでなく魔物が蔓延るジャングルを一人で徘徊するなど、正気の沙汰ではない。
颯月の本性を知るためにいびり倒そうとは思っていたが、しかし、いきなり命を掛けさせるつもりはなかった。何事にも順番、段階を踏む必要があるという事がどうして理解できないのか。
もしもあの男に何かがあれば、綾那が悲しむだろう――最悪恨まれたら、どうしてくれるのだ。
渚がそんな事を考えながら巾着を握り締めていると、がさりと近くの茂みが揺れた。見れば、問題の颯月が涼しい顔をして森の中から戻って来たところだった。
彼はまた三キロほどのヨモギを採取して来たようで、「一体いつ出かけたのか知らないけど、コイツさっき二人がかりで採取に出た時よりも明らかに戻りが早いのでは?」と瞠目する渚を見るなり、僅かに目元を緩めた。
「モグサはそれで正解なのか」「まだ品質を高められるとすれば、何か手はあるか」「運搬用の袋の関係で一気にヨモギを調達するのは難しいから、しばらくモグサ作りとヨモギ採取に勤しもうと思う。何か他に急ぎの用があるなら言ってくれ」「綾のためなら俺は何でもする」
それらの言葉は、渚を苛立たせるのに十分だった。――特に、最後の言葉は。
まだ渚は、颯月の事を認めていない。だと言うのに、まるで既に綾那をモノにしているような言動が腹立たしい。
手際よく働くところも面白くない。
渚に指示を仰ぎながらも決して指示待ちで終わらず、自発的に最善の行動をとるところなど――「俺、できますけど」感が強すぎて、気に入らない。
今渚の頭を占めているのは、「なんだコイツ? 死ぬの?」である。
渚は「じゃあ、朝まで作り続けてください」と笑顔で告げて、モグサを手に綾那の部屋まで戻った。
そして歯噛みしながら綾那をうつ伏せに転がして、『風池』と呼ばれる、首の付け根にあるツボ――解熱、頭痛や咳、節々の痛みを和らげる効果があると言われる――に灸を置いて燃やす。
燃やしている間、綾那がうつ伏せで何も見えないのを良い事に、渚の顔は鬼女のような形相となっていた。




